まっすぐ続く道に沿って咲く秋桜がそよ吹く風に揺れている
西日が伸ばした影を引き摺るように君の後ろ姿が段々小さくなっていく
言わなければならない言葉があると思った
大袈裟なようだけど、言わなければ一生後悔するような気がした
けれど喉まで出かかった言葉が出てこない
伝えようという思いと照れ臭さが交差する
躊躇っている間にも君の姿は少しずつ小さくなっていく…
…正午を報せるチャイムが鳴った
「昼だ~飯だ~腹減った~!」
毎度騒がしい昼休みの始まりだ
…と言っても騒がしいのは一人だけである
「おい、いつまで仕事してんだよ!」
俺の背中をバシバシ叩きながらラリ子が言った
「うるせー、まだキリがつかねぇんだよ」
俺は失敗をやらかして後始末に追われていたのだった
「腹が減っては戦は出来んぞ~♪」
唄うように節をつけてそう言うとラリ子はバタバタと食堂へ駆けて行った
…ラリ子がいなくなると職場はウソのように静かになる
(まったく、やかましい奴だ…)
俺はモヤモヤした気分をため息と共に吐き出し、再び仕事へと意識を集中させた
…終業時間が近づく頃には何とか後始末に目処がついた
「やれば出来るじゃん、エラいエラい!」
進捗具合を確かめると、からかうようにラリ子は俺の頭を撫でながら言った
「そうです、ボクはやれば出来る子なんです♪」
仕事に目処がついた安心感もあって俺はラリ子に合わせて冗談を言った
「ギャハハハ…」
一頻り大笑いをするとラリ子は職場の皆に向けて、
「ナオトの馘が繋がったのを祝して、今夜はパーッと飲もうぜー!イェー!」
と一段とテンションを上げて言った
この女は何かと理由をつけて飲む機会を作ろうとするのだ
…居酒屋は仕事帰りのサラリーマンたちで賑わっていた
が、そんな場でもラリ子は一際目立つ存在だった
とにかく声がデカいのだ
こいつは良きにつれ、悪しきにつれ、ひそひそ話など出来ないだろうな…と思った
「カンパ~イ!」
バカ笑いをしながらラリ子はジョッキをかざす
(何度目の乾杯だよ…)
俺は無視して焼鳥などを食ったりしているが、後輩たちはドツかれるのを怖れてやたらと乾杯したがるラリ子に渋々合わせている
それにしても、ラリ子のハイテンションぶりは天然記念物級だ
大人しくしてるところを見た事がない
仕事でミスをして上司に叱られてる時でさえ、
「怒っちゃ、や~よ♪」
とか言って上司を苦笑させ、その場を逃れたりするのだ
得なキャラクターだな…と、思う
俺といえばミスをした日にゃ、トイレに閉じ籠もってクヨクヨしたりするのが関の山だ
トイレの中で『負けないで』とか『TOMORROW』などの励ましソングを頭の中で奏でて気持ちを奮い起たせ、洗面所の一輪挿しの花に癒されたりして何とか泥沼から這い出せるのだ
『負けないで』も『TOMORROW』も必要ないラリ子が時々羨ましくなる
その図太さを少し分けて貰いたいものだ
…ところで、ラリ子というアダ名を付けたのは他でもない俺である
常にハイテンションなので、いかがわしい薬物でもやってるのではなかろうか?…という冗談から付けたアダ名だ
それが職場中に広まり、すっかり定着したのである
今では後輩の女子社員が、
「ラリ子さん、おはようございます」
とか挨拶したりすると、
「あいよ、おはよーさん」
などと返事をしている
そんなやりとりを聞くと妙に可笑しい
始めの頃は、
「誰がラリってんじゃ、ボケ!」
とか言って俺のコメカミあたりをグーの拳でグリグリしたものだが、そのうちスッカリその呼び名に馴染んだようだった
「ごちそうさまでした~」
夜も更けると電車の都合などもあり、一人帰り、二人帰り…
結局、最後まで残るのはいつも俺とラリ子だった
飲む時は明日の事など考えない主義のラリ子はトコトン飲む
酔っても愚痴など一切こぼす事もなく、ひたすら楽しい酒だ
いろんな意味で、飲みっぷりもラリ子は俺より一枚上手だった
…時が流れて、ある朝出社すると何となく職場の雰囲気に違和感があった
やけに静かだな…と思ったら、その日ラリ子は休みだった
オヤジさんが病気で倒れて実家に帰ったとの事らしい
いつものように仕事に取り掛かったが、何となく落ち着かなかった
静かな環境で仕事も捗るかと思ったが、そうでもなかった
ラリ子のいない職場は気のぬけたビールのようだと思った
同僚たちの様子もどことなく元気がないように見えた
仕事を一段落終え、顔を洗いに洗面所に行くと、掃除のおばさんが花瓶に一輪の秋桜を挿しているところだった
ビル管理会社からの派遣で、常駐で掃除をして貰っているおばさんだ
「おばちゃん、いつもありがとね」
と感謝を込めてお礼を言った
するとおばさんが、何が?という顔をしたので、
「花の事だよ、いつも癒されてるんだ」
と言うと、おばさんは意外な事を言った
「あ~お花ね。今日はラリちゃんがお休みだから、替わりにおばちゃんが挿しておいたのよ」
………。
愕然とした
本来、殺風景だったはずの洗面所を彩り、俺の心を和ませてくれた季節の折々に咲く花の一輪挿しはラリ子が毎日挿していたものだったのだ
そしておばさんは更に意外な事を言った
「おばちゃん一人じゃ大変だからって、ラリちゃんいつも早く会社に来てね、お掃除手伝ってくれてるのよ…」
おばさんは涙を浮かべながら、これナイショね、と人差し指を口に当てた
おそらくラリ子に口止めされているのだろう
そういえば、俺が出社するといつもラリ子は既に来ていた
社員の誰よりも早く出社し、花を飾ったり掃除をしたりしていたのだ
考えてみれば合点がいく事があった
たぶん上司だけは、その事を察していたのではないだろうか
ラリ子が仕事でミスをしても叱らなかったのは、けしてラリ子のキャラクターのせいではなく、ラリ子が誰よりも職場の事を思い、人の事を思っている部下であるのを知っているからこそなのだ
(敵わねぇな~)
と思った
(知らない事だらけだ…)
俺はまだまだケツの青い若僧なんだなぁ…
と思わずにはいられなかった
…翌週になるとラリ子は出勤してきた
相変わらずのハイテンションで職場に賑やかさが戻ってきた
「どうだ、オヤジさんの具合は?」
と訊くと、
「だいじょーぶだー、だっふんだ!」
と志村けんになった
そうくれば俺は「カトちゃん、ぺ!」をやらなければならない
そして、「アイーン」とくれば「へックショイ!」と返し、お互い「バーカ」で終わる
ともあれ、日常が戻って何よりだ
洗面所に行くと新たな花が生けてあり、俺は一人ほくそ笑んだ
そして、なんだか俺は以前よりこの職場が好きになってきたのかもしれないな…などとしみじみ思ったりもした
…それから三月ほど経っただろうか
突然朝礼でラリ子が会社を辞める事を知らされた
オヤジさんが回復をしたものの、仕事をするまでに至らず、実家の旅館を継ぐ事にしたという事だ
女子社員から悲痛な声が上がった
あまりに唐突過ぎるではないか…
みんな動揺を隠しきれない様子だ
改めてラリ子がみんなから慕われているという事を感じさせる1コマであった
…俺は黙っていた
腹が立っていた
誰に対してではない
現実という掴みどころのない何かにだ
当のラリ子も上司の横で不機嫌そうにしていた
心からこの職場が好きで仲間が好きなラリ子の事だ
ずっとここにいたいと思っているはずだ
やむを得ない事情とはいえ、やり場のない腹立ちを感じているに違いない
…しみったれた事が嫌いなラリ子は、それからの数日、いつものようにはしゃぎ、周囲を笑わせ、ラリ子らしさを崩さなかった
特別に送別会などもしなかった
ラリ子が嫌ったのだ
…そしてお別れの時がきた
ラリ子はいつも通りに仕事を終えると、いつも通りに身支度をし、いつも通りに職場を後にした
見送る事もやんわり断られたのだが、居ても立ってもいられず、俺は後を追った…
まっすぐ続く道に沿って咲く秋桜がそよ吹く風に揺れている
西日が伸ばした影を引き摺るように君の後ろ姿が段々小さくなっていく
言わなければならない言葉があると思った
大袈裟なようだけど、言わなければ一生後悔するような気がした
けれど喉まで出かかった言葉が出てこない
伝えようという思いと照れ臭さが交差する
躊躇っている間にも君の姿は少しずつ小さくなっていく…
俺は正門まで来て立ち止まった
周囲を明るく照らし続けたラリ子は、これから先も場所は変わってもそこを明るく照らしていくのだろう
そしてこの道のようにまっすぐに自分らしく自分の人生を歩いていくのだろう
もうこれ以上追うのはやめようと思った
ここでサヨナラだ
去り行く背中に向かって大声で叫んだ
「ラリ子ー!あばよー!」
ラリ子は一瞬振り向き、ニッと笑った
…その瞬間俺は伝わったと感じた
結局言葉としては言えなかったけれど、思いはちゃんと伝わったと確信した
そしてラリ子は軽く手を振るとまた前を向いてしっかりと歩いていった
ラリ子の前途に幸あれ…
心からそう思った
そして俺は最後まで口に出来なかった言葉を心の中で叫んだ
ラリ子よ…
(今までありがとう!)
(いっぱい、いっぱい、い~ぱい、ありがとう!)
…俺はすっかり小さくなったラリ子の後ろ姿に手を振ると、踵を返した
職場に戻りながら、ラリ子が照らし続けた灯りを消してはならないと思った
これからはラリ子ほどではないけれど、俺が職場を照らすささやかな灯りになろうと思った
そして洗面所の一輪挿しの花も、明日から俺が咲かせていこうかな…と、柄にもない事を考えた
end
西日が伸ばした影を引き摺るように君の後ろ姿が段々小さくなっていく
言わなければならない言葉があると思った
大袈裟なようだけど、言わなければ一生後悔するような気がした
けれど喉まで出かかった言葉が出てこない
伝えようという思いと照れ臭さが交差する
躊躇っている間にも君の姿は少しずつ小さくなっていく…
…正午を報せるチャイムが鳴った
「昼だ~飯だ~腹減った~!」
毎度騒がしい昼休みの始まりだ
…と言っても騒がしいのは一人だけである
「おい、いつまで仕事してんだよ!」
俺の背中をバシバシ叩きながらラリ子が言った
「うるせー、まだキリがつかねぇんだよ」
俺は失敗をやらかして後始末に追われていたのだった
「腹が減っては戦は出来んぞ~♪」
唄うように節をつけてそう言うとラリ子はバタバタと食堂へ駆けて行った
…ラリ子がいなくなると職場はウソのように静かになる
(まったく、やかましい奴だ…)
俺はモヤモヤした気分をため息と共に吐き出し、再び仕事へと意識を集中させた
…終業時間が近づく頃には何とか後始末に目処がついた
「やれば出来るじゃん、エラいエラい!」
進捗具合を確かめると、からかうようにラリ子は俺の頭を撫でながら言った
「そうです、ボクはやれば出来る子なんです♪」
仕事に目処がついた安心感もあって俺はラリ子に合わせて冗談を言った
「ギャハハハ…」
一頻り大笑いをするとラリ子は職場の皆に向けて、
「ナオトの馘が繋がったのを祝して、今夜はパーッと飲もうぜー!イェー!」
と一段とテンションを上げて言った
この女は何かと理由をつけて飲む機会を作ろうとするのだ
…居酒屋は仕事帰りのサラリーマンたちで賑わっていた
が、そんな場でもラリ子は一際目立つ存在だった
とにかく声がデカいのだ
こいつは良きにつれ、悪しきにつれ、ひそひそ話など出来ないだろうな…と思った
「カンパ~イ!」
バカ笑いをしながらラリ子はジョッキをかざす
(何度目の乾杯だよ…)
俺は無視して焼鳥などを食ったりしているが、後輩たちはドツかれるのを怖れてやたらと乾杯したがるラリ子に渋々合わせている
それにしても、ラリ子のハイテンションぶりは天然記念物級だ
大人しくしてるところを見た事がない
仕事でミスをして上司に叱られてる時でさえ、
「怒っちゃ、や~よ♪」
とか言って上司を苦笑させ、その場を逃れたりするのだ
得なキャラクターだな…と、思う
俺といえばミスをした日にゃ、トイレに閉じ籠もってクヨクヨしたりするのが関の山だ
トイレの中で『負けないで』とか『TOMORROW』などの励ましソングを頭の中で奏でて気持ちを奮い起たせ、洗面所の一輪挿しの花に癒されたりして何とか泥沼から這い出せるのだ
『負けないで』も『TOMORROW』も必要ないラリ子が時々羨ましくなる
その図太さを少し分けて貰いたいものだ
…ところで、ラリ子というアダ名を付けたのは他でもない俺である
常にハイテンションなので、いかがわしい薬物でもやってるのではなかろうか?…という冗談から付けたアダ名だ
それが職場中に広まり、すっかり定着したのである
今では後輩の女子社員が、
「ラリ子さん、おはようございます」
とか挨拶したりすると、
「あいよ、おはよーさん」
などと返事をしている
そんなやりとりを聞くと妙に可笑しい
始めの頃は、
「誰がラリってんじゃ、ボケ!」
とか言って俺のコメカミあたりをグーの拳でグリグリしたものだが、そのうちスッカリその呼び名に馴染んだようだった
「ごちそうさまでした~」
夜も更けると電車の都合などもあり、一人帰り、二人帰り…
結局、最後まで残るのはいつも俺とラリ子だった
飲む時は明日の事など考えない主義のラリ子はトコトン飲む
酔っても愚痴など一切こぼす事もなく、ひたすら楽しい酒だ
いろんな意味で、飲みっぷりもラリ子は俺より一枚上手だった
…時が流れて、ある朝出社すると何となく職場の雰囲気に違和感があった
やけに静かだな…と思ったら、その日ラリ子は休みだった
オヤジさんが病気で倒れて実家に帰ったとの事らしい
いつものように仕事に取り掛かったが、何となく落ち着かなかった
静かな環境で仕事も捗るかと思ったが、そうでもなかった
ラリ子のいない職場は気のぬけたビールのようだと思った
同僚たちの様子もどことなく元気がないように見えた
仕事を一段落終え、顔を洗いに洗面所に行くと、掃除のおばさんが花瓶に一輪の秋桜を挿しているところだった
ビル管理会社からの派遣で、常駐で掃除をして貰っているおばさんだ
「おばちゃん、いつもありがとね」
と感謝を込めてお礼を言った
するとおばさんが、何が?という顔をしたので、
「花の事だよ、いつも癒されてるんだ」
と言うと、おばさんは意外な事を言った
「あ~お花ね。今日はラリちゃんがお休みだから、替わりにおばちゃんが挿しておいたのよ」
………。
愕然とした
本来、殺風景だったはずの洗面所を彩り、俺の心を和ませてくれた季節の折々に咲く花の一輪挿しはラリ子が毎日挿していたものだったのだ
そしておばさんは更に意外な事を言った
「おばちゃん一人じゃ大変だからって、ラリちゃんいつも早く会社に来てね、お掃除手伝ってくれてるのよ…」
おばさんは涙を浮かべながら、これナイショね、と人差し指を口に当てた
おそらくラリ子に口止めされているのだろう
そういえば、俺が出社するといつもラリ子は既に来ていた
社員の誰よりも早く出社し、花を飾ったり掃除をしたりしていたのだ
考えてみれば合点がいく事があった
たぶん上司だけは、その事を察していたのではないだろうか
ラリ子が仕事でミスをしても叱らなかったのは、けしてラリ子のキャラクターのせいではなく、ラリ子が誰よりも職場の事を思い、人の事を思っている部下であるのを知っているからこそなのだ
(敵わねぇな~)
と思った
(知らない事だらけだ…)
俺はまだまだケツの青い若僧なんだなぁ…
と思わずにはいられなかった
…翌週になるとラリ子は出勤してきた
相変わらずのハイテンションで職場に賑やかさが戻ってきた
「どうだ、オヤジさんの具合は?」
と訊くと、
「だいじょーぶだー、だっふんだ!」
と志村けんになった
そうくれば俺は「カトちゃん、ぺ!」をやらなければならない
そして、「アイーン」とくれば「へックショイ!」と返し、お互い「バーカ」で終わる
ともあれ、日常が戻って何よりだ
洗面所に行くと新たな花が生けてあり、俺は一人ほくそ笑んだ
そして、なんだか俺は以前よりこの職場が好きになってきたのかもしれないな…などとしみじみ思ったりもした
…それから三月ほど経っただろうか
突然朝礼でラリ子が会社を辞める事を知らされた
オヤジさんが回復をしたものの、仕事をするまでに至らず、実家の旅館を継ぐ事にしたという事だ
女子社員から悲痛な声が上がった
あまりに唐突過ぎるではないか…
みんな動揺を隠しきれない様子だ
改めてラリ子がみんなから慕われているという事を感じさせる1コマであった
…俺は黙っていた
腹が立っていた
誰に対してではない
現実という掴みどころのない何かにだ
当のラリ子も上司の横で不機嫌そうにしていた
心からこの職場が好きで仲間が好きなラリ子の事だ
ずっとここにいたいと思っているはずだ
やむを得ない事情とはいえ、やり場のない腹立ちを感じているに違いない
…しみったれた事が嫌いなラリ子は、それからの数日、いつものようにはしゃぎ、周囲を笑わせ、ラリ子らしさを崩さなかった
特別に送別会などもしなかった
ラリ子が嫌ったのだ
…そしてお別れの時がきた
ラリ子はいつも通りに仕事を終えると、いつも通りに身支度をし、いつも通りに職場を後にした
見送る事もやんわり断られたのだが、居ても立ってもいられず、俺は後を追った…
まっすぐ続く道に沿って咲く秋桜がそよ吹く風に揺れている
西日が伸ばした影を引き摺るように君の後ろ姿が段々小さくなっていく
言わなければならない言葉があると思った
大袈裟なようだけど、言わなければ一生後悔するような気がした
けれど喉まで出かかった言葉が出てこない
伝えようという思いと照れ臭さが交差する
躊躇っている間にも君の姿は少しずつ小さくなっていく…
俺は正門まで来て立ち止まった
周囲を明るく照らし続けたラリ子は、これから先も場所は変わってもそこを明るく照らしていくのだろう
そしてこの道のようにまっすぐに自分らしく自分の人生を歩いていくのだろう
もうこれ以上追うのはやめようと思った
ここでサヨナラだ
去り行く背中に向かって大声で叫んだ
「ラリ子ー!あばよー!」
ラリ子は一瞬振り向き、ニッと笑った
…その瞬間俺は伝わったと感じた
結局言葉としては言えなかったけれど、思いはちゃんと伝わったと確信した
そしてラリ子は軽く手を振るとまた前を向いてしっかりと歩いていった
ラリ子の前途に幸あれ…
心からそう思った
そして俺は最後まで口に出来なかった言葉を心の中で叫んだ
ラリ子よ…
(今までありがとう!)
(いっぱい、いっぱい、い~ぱい、ありがとう!)
…俺はすっかり小さくなったラリ子の後ろ姿に手を振ると、踵を返した
職場に戻りながら、ラリ子が照らし続けた灯りを消してはならないと思った
これからはラリ子ほどではないけれど、俺が職場を照らすささやかな灯りになろうと思った
そして洗面所の一輪挿しの花も、明日から俺が咲かせていこうかな…と、柄にもない事を考えた
end