街のはずれに丘があって、その頂上付近の大きな壁から太いパイプが突き出ている。そのパイプをたどると、小さな背中に行き着く。少女は、そのパイプの長さおよそ1メートルが届く範囲までしか移動することができない。いつどこで食事や排泄をしているのかは不明だが、彼女は僕が生まれるどころか、その数百年前からその丘にいるらしい。おかげで僕が初めて彼女と対面した時、なんの不自由もなく日本語で会話することができた。数百年洗っていない髪はボサボサを通り越してしなびているし、服も、厚くはない布を巻いているだけのきたない奴なのだが、妙に魅力的で僕は一週間に1、2回ぐらい彼女に会いに行ってくだらない話をしていた。
ある時、学校行事が忙しくて少しの間彼女のところに行けないことがあったのだが、1ヶ月ぶりくらいにお菓子を買って彼女の元に行くと、柄にもない爽やかな笑顔を僕に見せてくれた。ちなみにお菓子は全部食われてしまった。あの笑顔を見たときに僕はなんだか、妙に不思議な気分になって胸と顔が熱くなった。おそらく恋をしてしまったのだろう、動けない少女に。
なんでもないようなプライドと曖昧な感情で、僕の彼女への恋心は隠したままで、彼女のことをもっと知ろうと思った。しかし彼女は自分自身のことを「もう忘れてしまった。」としか言ってくれないし、学校の友達は皆気味悪がってあの少女に近寄ろうとしないので当てにならなかった。僕は少し前に都会に引っ越してしまったお婆ちゃんの家に行って話を聞いてみることにした。どうやらお婆ちゃんが子供の頃からいたようなので、何か知ってるかもしれない、という寸断だ。
予想通りいくつかの情報をもっていて、まず彼女はお婆ちゃんが生まれる前から存在しているらしい。彼女はお婆ちゃんが始めてみた時から見かけはほぼ成長してなく、格好も変わらないのでまるで彼女の周りだけ時が止まっているようだと言う。また、その昔僕と同じように彼女に恋をした男性がいたという話も聞いた。その男性は彼女を丘のふもとへ連れて行こうと悪戦苦闘したらしい。お婆ちゃん曰くその男性は村一番の秀才で、将来有望、皆に期待されていたらしいが、ある時以来彼女のことしか考えなくなったそうだ。否、思考出来なくなったそうだ。結論を言うと彼は彼女を村に連れてくることに成功したそうだ。しかしその翌日、彼は死体となって彼の自宅から発見され、彼女はまた元の場所に戻っていたそうだ。彼女に詳細を聞くと、そんな男性の存在は知らないと言う。その件以降、村の人々は怖がって彼女に近寄らなくなったそうだ。
お婆ちゃんがなにを言いたかったかというと、これ以上彼女に近寄るなということだった。当の僕としても、そんな話を聞いてしまってはこちらから勘弁願いたいというものである。しかしながら、なんとなく気になった僕は、最後に1度だけ彼女を見に行く事にした。お別れの挨拶をするつもりもない。ただ、辛辣に美しい彼女の存在を確認したかっただけだ。
木の影から彼女のいる頂上をそっと覗いてみる。正直、ワクワクが恐怖を超越していた。
しかしながら、彼女はそこにいなかった。あの忌々しいパイプごと何処かへ消滅していた。無意識にパイプが突き出ている部分に走った。そんなものは初めからなかったかのように優雅な山なりの草原がそこにはあった。僕は愕然とした。最後にどうしても一目みたかった。
しばらくそこに立ち尽くしていると、後ろに人の気配が。僕は振り向いた。妖艶で辛辣な目が二つ、確認できた。艶やかで辛辣な髪の流れがそこにはあった。この世の全ての増悪を包み込む慈愛の笑顔が僕を完膚なきまでに魅了した。
この後の記憶は僕にはないため、語り尽くすことができないのをとても残念に思う。