1940年8月〜9月
 「イギリスの戦い」で独英両国空軍がイギリス上空で制空権を激しく争い、イギリスが勝利を手にしました。シシリー島の南にあるマルタ島への枢軸軍の攻撃が始まり、同島へのイギリス船舶による輸送作戦が決行されます。輸送作戦は1943年迄続いています。

1940年9月13日
 イタリア軍、英国支配下のエジプトに侵攻、同領土内数マイルのところで足場を固めにかかります。

1940年10月28日
 イタリア軍、アルバニアからギリシャに侵入しますが、進撃は捗らない。

1940年11月20日
 ハンガリー、ルーマニア、スロバキアが枢軸側に加盟しますが、ブルガリアは拒否しました。

1940年12月9日
 ギリシャ軍、反撃に転じ、イタリア軍をアルバニアに押し戻します。イギリス軍、北アフリカで機動作戦による反撃を開始します。続く2か月間でイタリア軍に大損害を与えながら、数マイル押し戻す事に成功しました。
(註)1940年以降、連合国は(主としてイギリスですが)ショックに痺れていました。アメリカは中立を唱えていまして、ソ連は第3帝国と不可侵条約を結び、ドイツ軍は無敵に見えました。「イギリスの戦い」だけが唯一の明るい材料でしたが、最強のドイツ地上軍が今後いかなる行動を起こすのか、誰しも不安に怯えました。

1941年1月10日
 アメリカ、日本に経済制裁を発動。中国への日本の侵略を阻止するため、続いて幾つかの経済的圧力が加えられる事になります。

1941年1月19日
 イギリス軍、北アフリカでの支配を取り戻す為、イタリア軍への反攻を開始します。