イタリア イタリアがドイツの同盟国として第2次世界大戦に引き込まれてしまったと多くのイタリア人が知りました時、ムッソリーニとそのファシスト政権に対する密かな政治抵抗運動が生まれました。ムッソリーニのファシスト政権は、ドイツのナチの様な警察国家による突撃隊の性格はなく、政権への公然たる反対も大目に見られてました。イタリアのファシストはまた、ナチ程有能でもなく、血に飢えてもいませんでした。
 こうしましたイタリア政府の性格から、1943年7月、国王が政変の工作を始める事が出来、ムッソリーニは政権を追われました。その頃にはドイツ軍はナポリ以北のイタリアを占領し、反ドイツ派を益々容赦なく取り締まりました。ここで武装抵抗が生まれ、ファシスト反対のイタリア人パルチザンとドイツ軍との間で戦闘が2年近く続きました。
 また、ドイツを支援する親ファシスト武装グループもいました。ムッソリーニ自身は政権を追われました直後にドイツ軍コマンド部隊に救出されますが、その後1945年に親共パルチザンによって逮捕され、その場で処刑されます。これでムッソリーニの政治的影響力が終わった訳ではありません。1990年代初め、彼の孫娘の1人がネオ・ファシスト党公認へでイタリア議会に当選していますからです。