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Myselfのブログ

日々の仕事やプライベートの中で起こる、日常での出来事や感じた事を、綴ります。

ある人のブログ
以下


がんばることが まじめで
がんばることが 誠意があって
がんばったから うまく行って
がんばったから 成長して
がんばったから 今がある
がんばったからこそ 
身についたその経験が財産だ

だからがんばったり苦労することが
大切と思うのが、
がんばり教ですが
同じ人ががんばらなかったら
今の結果や成長を
手に入れられなかったのだろうか。

僕が今の状態になって
「がんばらない」
「苦労はやめよう」と発信すると

「でも、頑張ってきたから、苦労してきたから今があるんですよね」と言われます。

で、確かに、そういう経験をしてきたからこそできるカウンセリングや共感もあるんですが、

いま、僕が40を過ぎてからがんばる 
→ がんばらない苦労   
→ 人に頼る自分がやる
→ なんかしらんけどに任せる
迷惑かけない 
→ 迷惑かけるに切り替えてみたら、人生や体験や結果がひっくり返ったわけです。

苦労してがんばったら苦労してがんばった分が手に入るけど、苦労せず頑張らなくなったらその何倍ものものが手に入ることに気付いたのです。

結局は「本来の流れ」に逆らって泳いでいただけだったんだな、と。
逆らっているから、がんばるのをやめると落ちていく。という恐怖の中で歯を食いしばって生きていた。

苦労や頑張りの頃は
・報われない
・認められない
・愚痴
・減る
・ない

の中でずっと不平不満でもがいていた。
苦しかった。うまくいかなかった。

だから、それをうまく行かせるためには
「がんばるしかない」と思っていたのです。完全にがんばる教信者です。

で、それを止めてみると
いまの僕の状況はもしかしたら、
いままで「がんばって、苦労」してきたからこそこうなっていると思っていたけれど

もし、昔から「がんばらない、楽に楽しむ」思考でやってたら
もっともっと結果が出てたんじゃないかと思うのです。
わからないけどね。

ただ、言えるのは
がんばって、苦労してきたことはそれはそれでいい経験だったし、身になったけれどそれ「だけ」が素晴らしいと思うことは周りの空気を苦労に染めることになるんだな、ということ。

いつも、難しい顔してたもの(笑)
苦労は苦労でいい
努力は努力でいい
それを否定するつもりは、さらさらない。

ただ、「そうじゃない世界」
「真逆の世界」「分かち合い、楽しみ、楽に豊かに安心して人生を楽しめる方法があるんだよ」そして、それは「自分が今まで素晴らしいと思ってきたこと、自分が一番ダメだと思ってきたことの真逆にあるんだよ」ということを伝えたいのですが、

どう?(笑)伝わる?-----------------
そうか、だめかー(笑)
まー、昔の自分もこんなことは受け入れられんかったしなー(;´Д`)まぁ、よい。



以上ここまで。


まったくわからん。

彼を否定はしない。

ただ、虫酸が走るほどの憤りさえ抱くほどの感情に支配されている自分がいる。


彼の発信するメッセージの多くは、
ほんと分かりにくい。

TVショーに出演してる事のタレント性で、
ブログやFBなどのコメントには、
シェアします!だの
気付きをありがとうございます。だの
肯定し、賛同し、理解や共感を表現する人達がわんさか居るが、
ほんまに理解してるん?笑
ほんまに共感出来てるん?
学びとなってるん?

わかったフリしてるだけちゃうん?

ほんまに、「いいね!」と思ってるん?

ただの既読の意味でのいいね!ちゃうん?て、思ったりするほど、分かりにくく、わからん。


しかし、それに反発する自分は、
もしかしたら、潜在意識的に、
彼のメッセージが図星で、
そのメッセージの本質に対する自己の現状や過去を、自分が否定された気になって、怒りを抱いてるだけでは無いかと感じたりもするので、結局ブログや発信を読んでしまう自分がいる。


陰と陽
表裏一体。

ボクの反発感情や考えや、思考は、
もしかしたら、
そのメッセージへの憧れかも知れない、なんて事の可能性を否定しきれない自分が、ほんの僅かでもいてる事が、読み続けているという行動から逆算的に自己分析したりするわけで。

そして、
ボクの話も、他者には分かりにくい表現だったりもするわけで。
お互い様か。。


いずれにしても、
上記ブログ記事内容が
自分のアンテナに引っ掛かってる以上、

それが自分の何かしらの
課題やテーマ、或いは、
自分を取り巻く今の現状を打破するkeyなのかも知れない。


とにかく、自分は頑張り教であることに違いない。

「楽」と「楽しさ」は明確に違う。

楽は逃げである。

楽しさは充実である。と思う。

そして、充実や達成感は、
ハードルを越えた時に感じるものだ。

楽と楽しいを、ごっちゃにしてはならない。

本当の楽しいは、
夢中に取り組んでる最中の事ではなく、
夢中に取り組んでる中でつまずいた時に、それを乗り越えようと努力し、達成したときに得られる充実感や喜びが、
本当の楽しいだと思う。

これだけは、譲れない。

なので、これからも
頑張り教の教祖を目指す所存ですが、
何か?笑

ps

親や育った環境を愚弄する輩の言葉は、信用しないと決めている。

自立とは、親からの脱皮ではない。

自立とは、「自律」である。

自分を律することであり、
その中の1つの素因として
親等の育った環境があるだけだ。