紅葉が見頃なので昌徳宮に行こう!と思って
日曜日の朝、早起きしました。
土曜にお稽古の後にちらりと昌徳宮方向見たら、
入り口に行列!ができてたので、朝早くに行ったんですが・・・。
オープンの九時より10分くらい前に到着したのに
すでに!100人くらいは並んでる感じでした💦
たぶん後苑見学のツアーの当日券狙いの人たちかなぁ。
後苑はツアーでしか中には入れません!
私よりだいぶ前で後園のチケットは売り切れでーすと
叫んで係の人が通り過ぎていきました。
昌徳宮のチケットは3000ウォン。
日本語の案内ツアーはコロナのためにいまは中止中だそうです。
11月からはホームページ見てくださいとのことです。
後苑の日本語ツアーもこれから日本語確認してくださいとのことです。
昌徳宮の正門は「敦化門」と呼ばれます。
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Wikipediaより
Wikipediaより
正宮である景福宮に対する離宮[1]として創建された。
現在の韓国国内の宮殿の内、最も創建時の面影を残している宮殿であり、
日本の梨本宮家から嫁ぎ、大韓帝国最後の皇太子李垠の妃となった李方子(まさこ)もこの宮殿で暮らした。
正門にあたる敦化門は大韓民国最古の門といわれる。
また、敦化門をくぐった先にある錦川橋は大韓民国最古の橋とされる。
儀式の執り行われた正殿の仁政殿、国王が執務をしていた宣政殿、
王と王妃の寝殿だった大造殿など13棟の木造建築が現存している。
宮殿の北に広がる李朝時代の王朝庭園である後苑は秘苑とも呼ばれ、
園内には多くのあずまやや人工池などがあり、
韓国造園技術の極致といわれる。現在のものは1623年に再建された景観である。
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こちらは後苑のツアー入り口のとなりに
入り口があり、そこでもチケットが買えます。
チケット 1000ウオン。約100円!
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Wikipediaより
Wikipediaより
世宗元年(1419年)に建築され、最初の名前は寿康宮といったが、
成宗14年(1483年)に修繕されたのち、現在の名前である昌慶宮に変えられた。
南側には宗廟、西側には昌徳宮が隣接している。
文禄の役(1592年)において、国王の宣祖が漢陽(ソウル)から逃亡すると、
文禄の役(1592年)において、国王の宣祖が漢陽(ソウル)から逃亡すると、
豊臣秀吉軍の入城を前に朝鮮の民衆によって略奪と放火の対象となり
景福宮や昌徳宮などと共に建物の多くが焼失した[1]。
1909年11月1日、日本が純宗の心を慰めるという名目で
1909年11月1日、日本が純宗の心を慰めるという名目で
昌慶宮内の宮門や塀を壊して動物園(「京城李王職昌慶苑動物園」)と植物園を造り、
一般人も観覧できるようになり、1911年4月には昌慶苑に改名している。
独立以後にもソウル市内の第一の遊園地として脚光を浴びた。
太平洋戦争と朝鮮戦争を経ながら動物たちは皆殺しになって、
苑内の施設も荒廃化されたが、戦後1957年まで動・植物園の再建を完了した。
1983年7月、一般人の苑内の観覧が中止され
動物園などをソウル郊外のソウル大公園へ移転させ、
昌慶宮を復元・整備し、再び名前を元来の昌慶宮に戻した。
大韓民国の史跡第123号に指定されている。
大韓民国の史跡第123号に指定されている。
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中はとっても広いです!
こんな美しいところが、街のど真ん中にあるというのがすごいです。
人が結構いたとはいえ、広いので、空間独り占めできることもあって
本当にリフレッシュできました!
近いところにこんな素敵なところがあるのは
嬉しいですね。
いま夜間観覧もしているので、歩きながら予約しました!
景福宮や昌徳宮もやっていますが、
今回は初の昌慶宮。
昨日の夜の突然の雷雨で葉っぱがたくさん
落ちていないといいけど・・・。
どうかな?
あっという間にお昼になってきて
お腹空いたので、光化門のほうまで歩いて
さくっとランチして、コーヒー飲んで帰りました〰。

楽しかった~。
来週末はもう紅葉は見れないかな?
どこかいいとこあれば行ってみたいです。
どこかいいとこあれば行ってみたいです。
もう今日から11月ですね!
早い〰。
よい1週間でありますように。








