子供のころ、水泳が苦手で体育の水泳の時間がイヤだった。裸になって無防備になることや、人と肌が触れ合ったり、日によっては冷たかったりする水の中に入るのもできればしたくないし…。
不自由な水の中で動きが取れないと、水への恐れや、鼻に水が入って痛かったり、水を吸い込んでしまってゲホゲホすることなど、全てが居心地悪い。
その子その子の進級度合いに応じて分かれて練習するなどの配慮はあるものの、あからさまに否応なくできる人との比較を突き付けられている感じで、苦手意識や劣等感は増すばかり。取り組む姿勢、上達する意欲までなくしてしまう感じで、ホント、良い思い出がない。ずっと水泳が苦手な意識のままきた。
大学に入って、水泳が ‟やらなければいけないもの” じゃなくなったとき、 「水の中に入ること自体は、イヤなワケじゃないし、自分のペースで無理なくできるのであれば」 と思い、近くのプールに通ってみた。
本を買って、水中での体の動きを覚え、部屋でイメージトレーニングしながら頭と体を連動させつつ、実際水の中に入る時は、それに息継ぎすることも加わってくるわけで、それを人に見られつつやるというのは、もともと私にとっては無理なことだったんじゃないかと今考えれば腑に落ちる。
でも、自分のペースでならできる。できなくても自分も他人もガッカリしないし、前回より少しでも前に進めば良い訳だから、自分の中のハードルはそんなに高くはない。
自分の満足というなかでやることは楽しく、水泳の時間とは全く違った体験。干渉も教えられることもなく、できてもできなくてもいい。それで今でも、得意や上手とはかけ離れているかもしれないが、一応プールでは泳げるようになり、自分の中の水泳に対するネガティブな位置づけやイメージも変わった。
コロナの影響で学校に通えなかった生徒の皆さんが、タブレット端末で好きな時に自分のペースで学習できるようになったと知って、とてもいいことだと思った。
考えてみれば、全ての科目を周囲の皆と同じペースで学んでいくことはあまり合理的でないのかもしれない。進むペースは人それぞれで、最初からそうであれば特定のことに苦手意識や劣等感を抱かずに済んだかもしれない人がたくさんいたであろうことを考えると、なんだかかえって良かったのかもしれない。