ナルシシズムの全体像を理解、把握するのは難しい。何故なら、ナルシシズムを理解する為にはある程度自分の中のナルシシズムを解消している必要があるから。自分の中にある不安や恐怖から、ある程度自由になっている必要があるから。不安や恐怖から自由になるには、自分の中のその根本的要因を直視しなければならないが、それは誰にとってもしんどいことがおおい。

 

 

 自分がナルシシズムに占拠されていれば、そのことに気づくのは難しい。問題はその問題を持った人間がどうにかなんとかその問題をクリアできる状態、力量になった時初めてその人間の前に問題として現れる。憎しみや怒りに占拠されている時、そのことに本人が気づけないようにナルシシズムに気づくのも難しい。大人になっていれば自分を合理化してしまう思考もシステム化しているかもしれない。慣れ親しんだモノを手放すのは大変だ。頭でっかちになって、エゴが自分のなかで台頭しているかもしれない。頭ばかりで考えていると、気がついたらトンデモないところにいることもある。この場合、こころを失っていることも多い。強いエゴは触れたモノ全てを破壊してゆく。本人は気づいていない。

 

 

 自分の幼稚さや自己中心性に気づくたびに薄皮のベールが剝がれて、その分他者という存在に気づいていくようになる。ナルシストとそうでない人とでは他者というものの位置付けが決定的に違う。そして視点が違う。視点が違うとは、見えている世界が違うということ。同じ状況下でも一方の人は感謝し、他方は不満に思うかもしれない。ナルシシズムの強い人とそうでない人とは別の世界に存在していると言ってもいいくらい。物理的に同じ空間にいても、こころの世界は全く別。ナルシシズムが強ければ自分が人を傷つけても 「私はあの人にひどい目にあわされた」 と周囲の人間に対して大騒ぎするかもしれない。そして本人は、その在り方を至極当然と思っている。まともな人は目を覆っているかもしれないが、そのことに思い至らない。どう考えても加害者なのに、被害者意識から抜け出れない人もいる。恨みを抱いているかもしれない。

 

 

 全く違う意識状態の人が同じ社会で生きている。そのことが少しでもわかっている人と、目に見えるものだけしか理解しない人が同じ社会で生きている。両者の見ている世界は全く違う。ナルシシズムという要素を理解しないと真実を見誤る。

 

 

【起きている現実にどっぷりと浸からないで、少し引いて見てみようと思います。自分の中で当たり前になっていることに、 「ありがとうございます。」】