小石泉牧師の説教集 | ☆ココロの星屑たち☆

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 美しい人


週三回透析に通い、時々入院すると、否応無く医師や看護師さんとのお付き合いが多くなります。私の通う病院のスタッフはみんな優しく、きびきびと働く彼らを見ていると美しいなと思います。人間は他人のために何かをしている時、一番美しいのでしょう。
 最近、「死の淵を見た男」(PHP出版、門田隆将著)と言う本を読みました。福島原発の所長で事故の収束にあたった吉田昌郎氏を中心とする東電福島原発のスタッフや自衛隊の人々の壮絶な戦いの記録です。
 地震と津波によって全電源が失われ、全く手の施しようの無い絶望的な状況の中から、本来は電動でする一つ一つの作業を手作業でやり、照明もモニターも無い真っ暗闇の中で、しかも、迫り来る放射線と爆発の危険の只中で必死に事態の収拾に当たる彼らの姿は驚嘆する他はありません。もしそのままにして置くなら確実に日本の半分は人の住めないところとなり、数百万、数千万の人々が死んだでしょう。それは彼らには痛いほどわかっていました。一時、東電の撤退と言う話が出てきたことがありましたが、それは現地のスタッフたちには考えもつかないことだったようです。彼らは初めから死を覚悟し、自己を犠牲とすることもいとわなかったのです。絶望すればお終いでした。
 私は考えました、もしこれがどこか他の国で起こったらどうだっただろうか。真っ先に逃げ出してしまったのではないだろうか。人類がかつて経験したことの無い巨大な怪物との戦いです。事はあまりにも重大で、方策はあまりにも貧弱でした。しかし、彼らは何とか食い止めたのです。本来なら福島を半径とする300キロ圏が無人地帯となるはずでした。しかし、ともかく30キロ圏で済んでいます。日本は彼らの犠牲と献身によって取りあえずは救われたのです。一時、世界がFukusima50と将賛したのも無理はありません。
 私は美しいと思いました。神様も彼らを手放しで放置しなかったのではないだろうか。いくつかの非常な幸運が助けたと言う話も聞いています。日本では、時々、このような自己を省みないでことに当たる人々が起こされます。不思議な国です。
 日毎のニュースは暗いこと汚いことの連続ですが、美しいこと、優しいことなどはニュースにはなりません。しかし、ふと見るとこの国には優しさ、美しさがいっぱいあります。人間は罪を犯し、汚れたものですがそれでも神の形に創造された残影はどこかに残っているのです。
 特に日本について言えば、かつてフランシスコ・ザビエルたちは、日本人の礼儀正しさ、優しさ、清潔さなどを見て「この国にはかつてキリスト教が来ていたに違いありません」とローマに書き送ったと言います。数年前、アメリカから来たゲストの荷物を沢山積んで千葉のホテルに着いたとき、一番大切なバッグを空港の駐車場に忘れてきたことが判りました。真っ青になって祈りつつ、空港まで往復2時間以上かけて戻った時、駐車場にぽつんとその荷物があるのを見て大喜びしたことがあります。ゲストたちは「そんな話は聞いたことが無い!」と驚いていました。
 人間って美しいな、と思います。その美しさを永遠まで持って行って欲しいなと思います。
ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。Ⅱテモテ3:9(口語訳)