娘が職場復帰・孫が保育園入所待機児童となったので、やむを得ず『我が家保育園』となった。

この地域が謳う
待機児童ゼロ
は「カラクリ有」と身をもって知る。

でもこれが孫が独自に持つ「目には見えない命運によるリズム」なのだろう。

目には見えない命運のリズムとは、合理的ではなくともその者と周囲に必要不可欠な流れだ。

孫と孫を慈しむ私たちに必要な経験が積めるのならこの時間はとても貴重で、当人も周囲にとっても何より大切にすべきだと私は感じている。

ただし、私は江戸時代なら立派な中老で全然若くはなく・持病があるは で、気合いと薬が必要になる。


お散歩
公園巡り
お昼寝
三食・オヤツ
入浴付き
十時間〜十二時間保育

もしかしてこれは⋯育児再来では?


今まではやんちゃの極みの銕三郎だが、孫が登園すると銕三郎は孫から片時も離れない。

それは孫も同じで、例えばお外に行きたい意思表示は銕三郎のハーネスとリードを持ってきて銕三郎に装着することを要求し、そのリードを私に身にまとってくれと要求する。(肩掛け仕様のリードということを孫は理解している)

オヤツも食事も共に並んで食べ、昼寝は共に眠る。

そして銕三郎の寝息が横にあると孫は深く眠る。

その間に私は家事をこなしているのだが、その時ふと『四半世紀前もこんなふうに生きていた』と思うのだ。

外の物音や不穏さを察知した銕三郎が目覚め吠えるのだが、真横で吠えられても孫は眠り続ける。


孫にとって銕三郎のその声は『守護の音』

目覚める必要の無い声

怯える必要の無い安心の声

それを孫は眠りながら判断している


我が家で育つ子どもたちはみんなそう。



親と長時間離れることを認識した孫は、一気に人見知りを発動させると同時に『白蛇とてって(銕三郎)は安全基地』に昇格させた。


人間の思考とこころの成長が手に取るように見える気がする。


周囲の関わり方により成長は大きく変わる。


その成果が数十年後に開花するのだとしても。


私や銕三郎がその頃もういなくて

孫が何もかも忘れ

覚えていなくても。



あらゆる経験に熟されて

こころの土になってくれたら⋯


銕三郎と私と過ごした日々には

十分な意味がある。