実家片づけはまだまだ続く・・。

 

家に小銭が山のようにあるので

小銭入れに入れて

出かけるたびにちまちま使っている。

(いま銀行に入れようとすると

手数料取られるから・・)

 

お金にざくっと手をつっこんで掴む

なんて、「長靴下のピッピ」気分。

あっちは金貨でこっちは小銭だけどね。

 

実は、親が認知症かも・・?

と気づくいくつかのサインのうち

「小銭がたまる」というのは

初期のあるあるとしてわりと重要では

ないかと思っている。

 

まあ今は老人もキャッシュレスの時代

だから当てはまらなくなってるかもだけども。

 

認知症になるとレジでうまく小銭が払えなく

なってきて、お札ばかりだしてしまうのだ。

小銭がよくわからなくなりまごまごするのと

細かいことが面倒になるのだと思う。

 

母の場合も、気がついたら小銭が

リビングの入れ物にあふれかえっていた。

 

あともう一つは、料理。

私が覚えているのは「ナツメグ」事件だ。

 

いつものように台所で料理を作っていた母。

ふと見ると、かたまっている。

確かお味噌汁か煮物か‥何か作っていて

次に入れる物をじっと考えているようで。

 

で、次の瞬間、手に取ったのが「ナツメグ」。

「えーい」と言いながらふり入れようとする。

 

まてまてまてまて。

「ナツメグ」いれるような料理じゃないだろ。

ハンバーグ以外で入れるの見たことないでしょ。

 

「もういいのよっ」と本人は投げやり。

もはやこの頃には料理の手順がかなりあやしく

なっていたのだ。

 

冷蔵庫にいくつか同じものが買ってあるとかも

認知症の人のやってしまいがちな現象として

よく聞くけど、それは普通の人もやりがちだし

うちみたいに生協だったりするとそんなに

やらかさないから、わかりにくい。

 

それよりやはり、「小銭」と「料理」である。

見かけてひやっとする。

それがサインだと思う。

 

それでおや?と思ってからどうするか。

親の介護、第一歩として乗り越える難関は

本人を認知症の病院に連れて行くという

ことだと思うんだけど、これには私も悩んだ。

 

嫌がる人も多いし、本人を傷つけるのも

かわいそうだし。

 

前にも書いたけど、うちが取った作戦は

自治体から診察券が送られてくる

健康診断に連れて行くときに

脳の検査もさもその一環のように

当たり前みたいに伝えることだった。

 

「70歳も過ぎたら

みんな健康診断と一緒に脳の検査も

一応やっておくみたいだよ~」

とか軽い感じで、みんなとりあえず検査

してるみたいよーという体にする。

 

もうちょい踏み込めそうだったら

健康診断にデフォルトで付いているかの

ように段取りしてしまう。

 

で、事前に病院に電話しておいて

うまいことやってもらう。

当日は健康診断の血液検査や身体測定から

流れるように認知症検査へ。

 

健康診断を脳神経も見てくれる

内科の病院でしないといけなくなるので

いい先生を見つけるのに

ちょっと苦労するんだけれど

口コミなどを見て探すしかない。

 

親のそれぞれの性格とか

認知の度合いとかケースバイケース

だとも思うんだけど、うまくいくことを

祈っております。。。

 

 

さて今日、「ナツメグ」を久しぶりに買った。

一人なもので豪快な料理に挑戦したく

平野レミさんの「食べればコロッケ」を

作ろうとしたら、ナツメグが必要だったの。

 

なくても作れるんだけども

レミさんの料理は意外にも食材を

はぶいたり置き換えたりしないで

きっちりレシピ通りにつくると失敗しないで

ビシっとその通りの味に決まるのだ。

(料理ベタな私は他のレシピだとその通り

作ってもなんだか微妙な仕上がりになる)

 

一見、雑っぽく見えるけど実は繊細で

とても緻密な料理をする頭のいい人

なのだと思う。素敵だなあ。

 

食べればコロッケも期待した通りの味でした。