母が施設に入り、実家じまいの

片づけをのろのろと始めている。

(この膨大な物整理、何年かかるんだ)

 

本読んでしまっては停滞というありがちな罠。

そこでたまたま手に取ったのが

100分で名著の「徒然草」だったんだが・・。

 

ちょっと兼好法師ぃ!!!

すっごいシンパシー感じるよ!

 

「友にしたくない人7種。身分の高い人、

若い人、無病で身体の強い人、

酒を飲む人、勇ましい武士、

嘘つく人、欲深い人」

 

わかる~。特に「無病で身体の強い人」。

弱者の気持ちが想像できないんだよ。

 

若い頃、私は偏頭痛がひどくて寝込むほどで

頻度もすごくて普通に生活するのも大変なほど

苦しんでいた。

 

それをちらっと同僚の男性にもらしたら

「おまえ、ちょっと運動したら肩こりや頭痛いの

なんかすぐ直るって」とか笑いやがった。

このラグビー筋肉バカのまったく人の

気持ちのわからん発言をいまだに覚えている。

(頭痛になったことがないというコイツが

悪いわけではない。私とは合わないだけだ)

 

そして兼好法師は

価値観のあう人と語り合いたいという。

「もしちょっとでも相手の気持ちに

逆らわないようになどと思いながら

向かい合って座っているとしたら

ひとりでいる気がする」と言っている。

 

これもわかる、わかりすぎる。

近ごろは古い知人と会う時に、政治や制度で

アンタッチャブルなことが多すぎて

気を使いながら話していることが多い。

それは心の底から楽しい感じではない。

(介護制度の政府の改悪に不満ぶちまけて、

しらっとした空気になったりね)

 

ほかにも、異性とはずっと顔をつき合わせて

いるといやになるから、通うくらいがいいとか。

いやもう兼好法師の感覚が現代人過ぎる。

 

鎌倉時代の出家したおじいさん(独身主義)と

一番話が合いそうな自分・・。

 

我々、中年ぼっち介護人に必要なのは

この兼好法師的な明るい達観なのではないかと

思ったりする。

 

いやもちろん、在宅介護中は

ときに号泣したし、ストレスで体調も崩した。

妙に認知症を明るい話にもっていこうと

する知識人に理不尽な怒りが沸いたこともある。

 

だけど、どこか号泣して物を投げている自分を

客観的に見ている自分もいたと思う。

はーって泣き終わって、ごそごそハーゲンダッツ

出してきて食べながらふてくされてテレビ観てる

自分に笑えるというか。

 

でも、そうでもないと介護における

悲劇的なことに繋がりかねない気がする。

 

あきらめながらどこか根底に明るさがある。

そんな兼好法師的生き方が、どん底の時期を

救ってくれるヒントになるのかもしれない。

 

ちょっと話はずれるけど・・

なんかね、施設に入れるのも迷うって話を

よく聞くのだけど、私も迷った。

だけど、もう入る時期なんだというその時は

来た。わかった。

 

私、会社も何度か辞めたけど、迷う時期を

過ぎると、はっきり辞めざるを得ないと

わかるときがいつも必ず来る。

 

流れがくるまで待つこともときに必要だし

そのときのために準備しておくことも大事。

 

施設のことで言えば、まだ入れたくない

気持ちがあるならば無理することはない。

だけど時が来た場合のために、

先に申し込みを各所にして置く「準備」

などはしておいた方がいい。

 

人事を尽くして天命を待つってこと

なのかな。武士じゃないが。

お手本は僧侶じゃないのか、武士なのか?