とても長いタイトルです。「無線・慣性センサー式モーションキャプチャシステムのフィギュアスケートでの利活用に関するフィージビリティスタディ」この論が早稲田大学リポジトリで公開されており、このサイトからダウンロード可能です。卒論そのものでなくて、修正、加筆したものだそうです。

完全な卒論ではない模様。というのは、発表されたものはその一部を加筆したものにすぎないと考えられるからです。

 

 

いずれにせよ、発表された部分、あちこちでかなり話題になっています。

卒論が一部にせよ、全体であるにせよ、学術論文に記載されるのは普通、ないのですが、次の学術誌編集委員長の編集後記を読んでなるほど、と思いました。


論じている内容
1, フィギュアスケートにおける審査の正確さ向上
2. 選手が自信の技術向上のためにモーションキャプチャを使う可能性

この二点を論じた上で
a.現時点で何が出来るのか
b.現時点では何がむずかしいのか整理

という構成として紹介されています。ざっと読んだ限りでは、2はわりとさらっと扱われているように思いました。1が主眼になっているのかな、という印象です。それが、下のような記事がでる余地をつくったといえるのじゃないでしょうか。

 

 

 

実際に論文には次のように書いてあります。

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ループジャンプは右足で遠心力を利用しながら
ジャンプするが,飛び上がるまでに遅い,つまり,
離氷せずに回転数を稼いでから離氷するようなジャ
ンプを行うスケーターらがいる。これは正しい技術
ではなく,稚拙なジャンプであるが,これを現ジャッ
ジングシステムでは減点対象であると明記してある
のにもかかわらず,離氷を判定する基準がないため,
これの適用がうまくできずにいた。しかし,稚拙な
ジャンプが現在,広く普及しており,ジャンプの難
易度自体が大きく変わってきている。減点措置が行
われていないため,これをよしとし,稚拙なジャン
プを推し進めているコーチも存在する。
(p.4 右側第3段落)
ーーー

ここだけ切り取るとたしかに批判しているようにみえます。「稚拙なジャンプ」という言葉はなかなか痛烈ですから。

だけどそもそも「稚拙なジャンプ」という表現は羽生君オリジナルじゃなくて、ISUのガイドブックの日本語版にある表現です。この点を、知っている人なら誤解しないけど、知らない人なら、批判ととってしまうかもしれません。たぶん、ですけど、ISIがジャンプの採点基準を書いた文書でその基準をみたしていないジャンプを「稚拙なジャンプ」とよんでいるから、そのまま論文で使われただけじゃないでしょうか。


それに対してよくない、とする考えはあるでしょうけど。羽生君もクリケはこの話題をオープンに論議しているはずです。論文には次のように書かれています。

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筆者は,カナダに拠点をおいて練習を積み重ねて
いるが,ルールに対して試行錯誤したり,大会の結
果を見てはどのようにジャンプを跳んでいくべきか,
どのようなジャンプを跳ぶべきか,どのような技術
が必要かという議論をしている。
(p.2 左一番下の段落)
ーーー

たぶん、議論しているのはジスランとかブライアンあたりでしょう。他のコーチもまざっている可能性ありますが。ジスランがスイスで教えたときにチートなジャンプはしないように、という言葉を使ったということです。cheat という表現を使ってカナダ/クリケでは議論しているのでしょう。ついでにいうと、私の語幹では稚拙よりcheatのほうが悪い気がします。稚拙だと、幼稚で下手、ぐらいの意味じゃないですか?だけどcheatは「幼稚、未熟だから下手」というより、相手にごまかしや不正をを働くとか、詐欺とかでもっときつい意味じゃないですか?意図的によくないことをして、得をしようという意図があるというか。

つまり、「稚拙なジャンプ」といういいかたは、ISUが使う一般的な言葉として望ましくないジャンプに使っているわけで、別に不正でずるをしている、というニュアンスはないのじゃないかと。ここに特に悪意はかんじません。日刊ゲンダイがいうような、「回転数を稼いでから離氷する選手を《稚拙なジャンプ》と斬り捨て」という態度でいるのかは疑問です。

また、日本語はいわゆるhighly contextual languageです。つまり、同じ言葉を使っても、その意味は文脈でまったくかわってくる言語です。

実際、上の「これをよしとし,稚拙なジャンプを推し進めているコーチも存在する。」のあとには、次のような文章がきます。

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この重心を
表示する機能を使用すれば,どの地点まで離氷して
いないのかが簡単にわかる。また,これを数値化し,
離氷前のエッジの角度の基準を設定し,時間などを
コンピューター上に設定する事によって,数値とし
て,人間の目ではなく,公正な判断基準で判断する
ことができるようになる。これは今のフィギュアス
ケート界において,非常に大きな発見であると考え
る。(p.4 右3段落)
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つまり、よくないジャンプが行われている状況だけど、無線・慣性センサー式モーションキャプチャシステムを使うことで、ジャンプ技術の善し悪しが簡単にわかり、公正な判断基準ができ、それによってフィギュアスケートが進化する、という趣旨の論文ではないかと思われます。

恨み節どころか、具体的な方法を模索することで、非常に明るい将来をうみだし、フィギュアスケートを発展させよう、という試みのようにみえます。

つづく、かな???