つづき

手術室にて
手術室には8人くらいの人がいたような気がする。「タイミングのいい時に
手術台に移動してくださいね」と言われたので、陣痛が治まった一瞬の
間に必死に移動。でも、麻酔を打たれるまではテニスボールを離したく
無かったので、持っていてもいいか聞いたら OKとのこと。
「テニスボールが陣痛逃しに効くんですって」「へー」みたいな会話が
頭上で行われていた。私みたいに、陣痛→帝王切開の人は少ないのかな?
とその時思った。

麻酔医が2人いて挨拶してくれた。「陣痛で辛いと思いますが、横を向いて
背中を丸めて下さい」と言われたので、テニスボールでお尻を圧迫しながら、
必死で背中を丸めた。そして背中に何かを付けられて、注射を
2種類(だったかな?)打たれた。帝王切開が決まった時に、看護士さんに
陣痛から早く解放されたくて「麻酔はどれくらいで効き始めるんですか?」
って聞いたら30分くらいって言われたような気がするが、意外にも5分と
経たないうちに(たぶん)、テニスボールは必要無くなった。

前夜から飲まず食わずで頑張って来たので、麻酔の効きがいいわけやね。
で、麻酔医が麻酔の効き具合をチェックしてくれた。色々な場所を
ツンツンされて「ここは冷たいですね?ここは?」「ここはチクチクしますね?
ここは?」と。普通は「冷たくないです」とか「チクチクしません」って
答えるんやろうけど、私は感じたままを伝えないと、麻酔が効かないうちに
切られるのが嫌で「冷たくはないですが、何か感じます」「触られているのが
分かります」などと、回りくどい答え方をしていたので、チェック終了までに
結構時間がかかった。感覚がゼロになるわけではないのに、感覚がゼロに
なる必要があると勘違いしていたのかな、その時の私は。

口元に酸素が送られるアレを付けられた。
「触られているのは分かりますので」「赤ちゃんが出る瞬間は押される
感じがしますので」みたいな事を誰かに言われた。それと、赤ちゃんを
取り上げてくれる看護士さんが挨拶してくれた。最後に主治医が顔を
覗き込んで挨拶してくれた。なんだかホッとした。主治医の他に、ベテラン
そうな先生が2名執刀してくれた。

元々帝王切開になる可能性が高く、貯血もしていた。それに、通常診察日の
午後だけあって、緊急帝王切開と違い、手術に立ち会う人数もバッチリ揃って
いて、安心感があった。

そして、手術スタート。

帝王切開
黙々と先生達が動き出した。お腹を切られて、皮膚をビヨーンって伸ばされる
ところが、頭上の照明の一部分に反射してわずかに見えた。結構、大きく
開かれた気がする。私の血を吸引する音が絶えず鳴り響く室内。
麻酔医が私の気持ちをほぐそうとして、「名前は決まってるんですか?」などと
話し掛けてくれていた。
私の左側にベテラン先生2名。右側に主治医。ベテラン先生達の指示の元、
主治医が「ハイ」などと返事をしながら何やらやっていた。途中、どこかの
タイミングでベテラン先生が主治医に代わって右側に移動していたが、
何の時だったのかは覚えていない。
麻酔医が「赤ちゃん、もうすぐ出て来ますからねー」と言ってくれた。

ドキドキそして、S太郎誕生ドキドキ

すぐに、部屋の壁際の台の上にS太郎が連れて行かれて、羊水を吸い出して
もらったりしていた。なかなか泣き声が聞こえないので、心配してそっちを
見ていると、「フゲェ~」というかわいい泣き声が聞こえて来て一安心。
すぐに、S太郎を私の傍らに連れてきてくれて、私は彼の手を触りながら
「よう頑張ったね」とひとこと言って、涙ぐんだ。それと同時に、旦那と
同じ顔の息子で笑えた。

麻酔医が今度は「疲れたでしょうから、麻酔でちょっと寝ますか?」と
聞いて来た。私は、本当は手術を最後まで味わいたかった。でも、私が
起きている事により、先生達が変に意識すると嫌だったので(手術に集中
してもらいたかった)、眠らせてもらうことに。

無事終了
気が付いたらまだ手術室。私のお腹は既に縫われていて、主治医が話し掛けて
来てくれた。「終わりましたよ。出血も通常の範囲でした。半年後に近所の
産科でいいので筋腫の検査をして下さいね」と言われた。私は、とにかくお礼の
言葉を伝えた。ベテラン先生達の姿はもうなかった。他の人たちもホッとして
くれていたのか、談笑していて、その中で主治医が妊娠7ヶ月だという事を
知って、私も祝福した。

手術室を出たところに、旦那と両親&義理の両親が待っていてくれた。
私は放心状態な顔をわざとしてみた。新生児室の前を通った時に、写真を
1枚撮ってもらった。その時も、わざと放心顔。

その時は、まだその後に物凄い苦痛がやってくる事を知る由もなかった。

つづく