さて、前回に続いて小学校時代の経験を語っていこうと思う。
小学校4年生の夏休み、俺は日能研という中学受験専門の塾の夏期講習に参加した。
別に中学受験を最初から志していたわけではない。
当時俺が1番仲の良かった友達が「塾」というものに通いだしたっていう情報を聞いたんだ。
「え?塾?何それ?楽しいの?」
こんなノリで親に「俺も塾に行ってみたい!」とお願いすることにしてみた。
親はまさか俺が勉強好きなんて思いもしないから、
「とりあえず続くかわからないし、夏期講習だけ行ってみて、続きそうだったらやってみな」
こんな風に言われて、夏期講習に通うことにしたんだ。
ある意味、これが人生最初の環境変化だったのかもしれないね。
結論、塾がとてつもなく楽しかったんだ。
学校の授業とはけた違いに、先生の話が面白いし、科目ごとに違う先生が登場するのにカルチャーショックを受けた。
(ほら、小学校って全科目同じ先生が教えるでしょ?
そうじゃなくて、例えば国語の先生、算数の先生、、みたいに違う先生が登場してきたし、それぞれ個性溢れる先生でめちゃくちゃ感動したのを覚えている)
夏期講習が終わった後も親に即答だった
「是非日能研に通わせて!!!!」
そんな感じで、週2~3日、放課後に塾に通うという生活が始まったんだ。
この塾も階層わけされていて、確か全部で5クラスくらいレベル別にわかれている。
当然、最初は1番下のクラス。
それはいいんだけど、、、、
水泳の時と同じで、ずーーーっと1番下のクラスだったんだ(笑)
小4の2学期から通い始めて、1年くらいずっと1番下のクラスを維持(笑)
例によって後から入ってきた生徒にどんどん抜かされる始末。
けど、またまたある時、突然コツをつかみ始めて、成績が急上昇し始めるんだ。
確か小学校5年生の夏くらい。
入塾してから1年くらい経過してようやく芽が出てきた。
それからはテストを受けるたびに成績が伸びていき、最終的には上から2番目のクラスにまで上がる。
あと一歩で1番上のクラスまであがれる・・・ってところで勉強をさぼり始めちゃったのが反省点(笑)
とんとん拍子で成績が伸びていっていたのに、肝心の小学校6年生の時に、本気で勉強せずに、勉強したつもりになってしまったんだ。
言い訳をさせてくれ。
俺は埼玉の田舎出身。
中学受験なんて学年で3~5人くらいしかしない。
都内だとそこそこ多くの生徒が中学受験したりするって言うでしょ?
けど、埼玉の田舎なんて当時は中学受験する人なんて異端児扱いされていたんだ。
そうすると、自然とクラスのやつらとも会話が合わなくなってくる。
俺の居場所は小学校ではなく、塾にシフトしていたんだ。
けどさ、、、、
まだまだ当時の俺は小6。
ガキだったんだよね。
そりゃ遊びたい年頃。
塾に行くと気の合う友達がたくさんいるから、塾に遊びに行っちゃったんだよね。
本来の目的の第一志望合格ではなくて。
だから好きな科目(社会)の勉強ばかりしていた。
本当は苦手な国語や算数の偏差値を上げないといけないのに、得意な社会にばかり逃げていた。
結果、当然ながら第一志望は落ちてしまう。
中学受験って1月に埼玉の私立が受験開催して、滑り止めとして合格を確保するんだよね。
んで、ゆーて俺はそこそこ成績は良い方ではあったから、滑り止めは問題なく合格したわけよ。
さて、本番は2月1日に始まる。
多くの難関校は2月1日に受験をセッティングして、2日・3日・4日まで実施される。
2月1日の第一志望は不合格。かすりもしない。
2月2日の学校も手ごたえなし。
もう滑り止めにしか行けないのか・・・・
そう思っていたら奇跡が起こるんだ。
なんと2月3日に受験した学校の国語の試験で、
知っている文章が試験に出たんだ。
当時、俺は国語が大の苦手。
にもかかわらず、国語で知ってる文章が出題される。
それでいて、得意の社会と理科で得点を稼ぐことができたため、見事第二志望には合格するんだ。
晴れて埼玉の田舎の少年は、中学から東京の私立中学に進学することになる。
この当時の喜びはおそらく人生TOP5に確実に入るだろうな・・・・
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この中学受験で反省点や学びがあるとすると、
結局のところ、自分の苦手な分野から逃げてしまってはいけないってこと。
俺は国語や算数の勉強を避けて、得意な(好きな)社会や理科ばっかり勉強してた。
確かに社会や理科の点数は高かったけど、受験の主要科目は国語と算数。
苦手から逃げてしまうと、大切なことを見失う。
それは今後の人生も同じはず。
自分の苦手な分野、伸ばさなければいけない分野を見て見ぬ降りをするのではなく、しっかり向き合って克服しなければいけないよね。