酷暑豪雨の今夏であるが、半年ぶりに訪台経由訪越の機会を得た。搭乗便は「老規矩」、即ちCI101である。機材はA359、座席は中央最前列だったため着陸画像は撮っていないが、ギャレー前方の乗務員の様子についてうかがい知ることができた。流石、マネージャーはテキパキと指示を出している。機内からボーディングブリッジに足を踏み入れると、早速に温泉旅館のような匂いが鼻をくすぐる。これぞ、臺灣の湿気の匂いである。「ああ、また還ってきたな」と身心共に臺灣を皮膚感覚で感じられる一瞬間であった。そのまま検疫識別カードを胸ポケットに入れてそのまま検疫をスルーする。空港床面には、各々の属性に従ってイミグレ通過ルートが明示されているが、これはわかりやすいと思った。常客證を持っているので優先通道で入境手続をする。そのまま30秒で通過。隣はクルー専用レーンである。この業務的感覚が大好物なのだ。そして「機場旅館」と明記されたルートで歩を進めるも、なんとシャトルバスはタッチの差で行ってしまったようである。次のバスまでは30分間隔があるので、この際、捷運乗車で差を縮めようと即断即決して行動開始。幸いにしてスマホケースには、「悠遊卡」を仕込んでおいたので、地下に降りてそのまま改札を通過すると、中歴方面がすぐに入線してきた。勿怪の幸いである。1駅乗車で機場旅館站に到着。土地勘はあるのでそのまま改札を抜けて出口へと駆け上がる。正味10分で到着。バスに遅れること5分まで縮めることができた。

すぐにフロントスタッフにチェックイン手続をお願いする。ハイアットポイント消化(後編も)なので、出費は原則ない。そのままカードキーを受け取って、ここでも「老規矩」、958号室へ向かう。この部屋はスイートであるが、客房部總監・林怡秀さんの御配慮で居住できる。部屋に入ると、どこに何があるかは既に身体化されているので非常に心地よい。早速、バスタブに湯を張り始める。テレビは民視(時々、民視新聞台)、またはNHKBSあたりにしておく。グリーティングカードには李さんと、イラストでEveさんが歓迎のイラストを描いてくれていた。シャワー、風呂を済ませると、同じフロアのクラブラウンジに顔を出す。女性スタッフ2名が担当であった。一番隅の窓側の席がこれまた「老規矩」の場所である。先程は機内食でそこそこ胃袋を満たしているので、臺灣ビール(金牌)、西瓜、蕃石榴、ナッツ類、チョコケーキに留めておいた。聖培露(サンペレグリノ)が殊の外美味しく感じられた。カクテルタイムも終了したので部屋に引き上げる。翌日は出発が早いので、いち早く寝ることにした。

翌朝4:45に目が覚める。早朝出勤の時と間隔は同じであるが、時差1時間なので日本時間では5:45となる。朝焼けが美しい。風呂に入ってテレビをチェックしてからはもうホテルを出なくてはならない。5:30エントランス出発の接駁車でホテル出発と相成った。チェックアウトというよりは、「9/3にまた戻ってきます」と一言告げて、ホテルを後にした次第である。バスはT2、T1と順次客扱いを進めた。チェックインカウンターではなく、中華航空総合カウンターでも用が足りるので、搭乗口だけを訊いて、そのまま常客證レーン(1號通道)を同じく30秒で通過したあとは、階上のラウンジにて牛肉麺とパックの「日本緑茶」を戴く。ラウンジ入口では、日本語の達者な男性スタッフが人なつっこくいろいろ説明してくれた。ラウンジ席は混み合っていたが、座敷席は空いているのでそこに胡座を掻く。何とも日本的な場所である。やがて搭乗時間も近くなってきた。書が掲出されているところを通って、A7へと急ぐ。ベストポジションの搭乗口であった。そのまま搭乗券チェックで例の座席に身を沈めた。

 

いよいよ、ヴェトナム・ホーチミン市へのフライトの序章となった。

 

 

コロナ禍前になるが、仕事場でヴェトナムからの留学生の面倒をみたことがある。そのときの印象が非常によかったので、ヴェトナム訪問したかったが、すぐにコロナ禍になってしまって計画は凍結を余儀なくされた。だが、その後、ようやく訪越の機会を得ることができたので、早速ホーチミン市のSAIPH  、Park Hyatt Saigonに宿泊滞在したので報告する。

 

搭乗便CI781はほぼ定刻通りタンソンニャット空港に着陸した。最終降下着陸態勢に入った時、眼下に見えるのは予想以上の大都会であった。機内からボーディングブリッジ、そしてイミグレまでの通路は整然としている。程なくしてファストトラック同道スタッフと落ち合う。ここから予想以上の展開が始まる。なんとクルー専用レーンを使ってよいとのこと。誰も並んでいない。しかも、パスポート提出して30秒で入境のスタンプを押してくれた。そのまま再びスタッフと同道しつつ到着ロビーに出ると、程なくしてホテル専用車が到着した。ドライバーのフイさんは少し日本語ができる。ここはヴェトナム語、英語、日本語を必要に応じて使い分けていく。ヴェトナム語は俄作りの独学に過ぎないが、声調の把握、そして忠実に発話することに気をつけて発音することをまずは念頭に置く。仕事で使っている中国語(含・漢語方言)の応用動作でもあるが、こちらもそのあたりは現場実践でいろいろ身につけていきたいところだ。

 

市内中心部である1区へは25~30分程度で到着とのこと、空港・市内相互の高速道路はないので、幹線道路を只管走行する。途中、踏切を渡るも、日本とは違って一時停止義務はない。そのまま減速気味に通過するのみである。統一鐵道にも思いを馳せてみる。車内はおしぼり、水もセットされており、空調の効き具合もフイさん(Nguen Thanh Huy)は気に掛けてくれている。中国語圏よりもヴェトナムは日本的なおとなしさがあるのかなと推測してみるが、後にこれが大凡そういった傾向にあると理解できたのは何よりであった。

 

やがて、ホテルエントランスに到着する。なんと、宿泊部長のMr. Patrik GROBさんを始め総勢5名の幹部級スタッフがお出迎えの栄誉に浴した。初めての訪問ではあるが、こうした接遇はやはりホテル側の意気込みを感ずる。そして、インルームチェックイン対応には、Duy/Janieさん(アシスタントマネージャーゲストエクルペリエンス)がいろいろと説明してくれた。宿泊・料飲のみならずホーチミン市内の主要な街路や両替に関しても伺えた。今回の訪問は国慶節連休のために銀行は全面休業となる。また、市内の両替店を覗くのも時間的に難しかったので、今回はおとなしくホテルで両替することにした。

 

今回の客室はラムソンスイート、401号室である。本来はかねてよりプールアクセス付きのデラックススイートへの宿望を抱いていたが、8/31を以てプールが改修工事に入ることを現地で初めて知った。ああ、だからラムソンスイートにアサインされたのか、と合点がいったが、その後はそれ以上の機能性のみならず風水上もベストな立地であることを知ることとなる。ラムソンスイートの各階(○01号室)は辰巳の方角に面しているが、パークデラックススイートは戌亥の方向を向いている。となれば、プールも同じ方角に立地していることとなるが、なるほど、宿泊部長のMr. Patrik GROBさんの御配慮に改めて謝意を表する次第である。もしかしたら、以前の宿泊部長であるMr. Leon Mendelsさんからの御聯絡も入っていたかもしれない。また、果たせるかな、客室の内装、調度品、家具などを見渡しても、どことなく臺北の華國大飯店に酷似しているのには驚嘆した。臺北の嘗ての定宿は残念ながらコロナ禍で結業を余儀なくされたが、インターコンチネンタル時代から30年余りに亘ってお世話になった。定宿中の定宿であった。臺北は今ではTAIGHにお世話になっている。今回は期せずして、華國の雰囲気を纏った客室に滞在できたのもそこになにがしかの機縁があったものと考えたい。居間、寝室、水廻りと一通り点検してみる。テレビも付けてみた。NHKワールドプレミアム、HTV9(地元局)の2つに絞って視聴することとした。日本との時差は2時間なので、中国語圏とは異なり、さらにゆったりとした感覚で過ごせる。外の景色も樹木が目に入るところは、3Fのパークデラックススイート希望を考慮してのことであろう。却ってその方が自宅部屋から外を眺めるのに似ているので身心が落ち着くこと請け合いである。宿泊部長からの手書きメッセージ、ウエルカムギフトも殊の外多い。こうなれば昼食はパスしてこのギフトを戴く程度で済みそうだ。その分、朝食はしっかり摂って、夕食はかねてからの宿望を果たすために胃袋の調整に向けた方がよいであろう。調度品の引き出しからの匂いも木製のあの匂いが立ち上ってくる。臺北華國の1010号室で体験した匂いと全く同じである。そして、風呂・シャワーを使ってみる。水圧はどうか、温度変化はどうか、また身体を洗うときのハンドシャワー、レインシャワーとの切替は旨く動作するか、いつもの「儀式」でもあるのだ。水廻りも申し分なし。これなら充実した風呂が愉しめそうだ。

 

やがて午後になり、プールに下りてみる。プールアクセスには、カードキーのタッチが必要だ。宿泊者以外は使えない仕様となっている。プール担当スタッフがすぐにカバナを整えてくれる。不意のスコールに備えるためだという。実際、プールに来る直前に部屋からもスコールが来たのが確認できたが、これなら昨今の都内ゲリラ豪雨の方が凄まじいくらいだ。熱帯地方の雨は寧ろ湿気の度合いが緊密化しているように思う。プールの水深は1.4mである。ゲストは自分しかいないのでいわば貸切状態である。悠然として西貢(ホーチミン市の旧称漢字表記)を観るような境地へと誘(いざな)われた。

 

プール堪能後には、館内パブリックスペースを歩いてみた。フランスマンションの面影を至る所に残しつつも現代風にアレンジされている。エントランス横の喫茶部はピアノの生演奏が流れている。皆、思い思いに午後茶を愉しんでいるのであろう。ビジネスセンターにも顔を出してみる。利用者はいなかったが、スタッフの人がアート作品も観ていってくださいね、と声を掛けてくれた。さらに、Square One の所在も確認した。フロアは「M」表示なので、中二階という扱いなのであろう。朝食会場となるOperaは「L」、即ちフロントのあるロビー階に立地している。

 

さて、ここで街歩きを開始する。ホテルエントランスのレロイ通りからコンチネンタルホテルのところを左折する。オペラハウスの正面に出た。そのままドンコイ通りを歩く。マックティブーイ通りに入ってから大音響が聞こえてきた。国慶節連休イベントであろう。グエンフエ通りに面している広場である。少し南東方向に歩くと、大手書店FAHASAグループ経営の大型書店があった。街歩き第一弾は、萬年暦の所在をコンシェルジュに訊いて書店に行きたかったことを最優先した次第である。コンシェルジュの青年は、「It’s  easy, easy」と余裕で調べてくれた。萬年暦がそんなにたやすく見つかるのか、こちらも訝しく思ったが、書店店員に同じく尋ねると、「これだ」とすぐ見つけてくれた。そのコーナーには「FENG  SHUI」(風水)と書かれていた。そのコーナーには客はなかったので、算命学にも連関のある風水についての書籍も各々チェックしてみた。このときはまだ両替もしていなかったので、書籍の所在と値段を先に調べてから、其他のフロアも参考までにみてみた。2Fは紀伊國屋書店が入っていたが、品揃えは臺灣や香港の日系書店に比べれば見劣りがするのも否めない。同じ漢字文化圏でも漢字の運用が一部に限られたヴェトナムでは致し方のないところであろう。そして来た道をまた戻りつつ、ホテルに帰ってきた。

 

いよいよ夕食時間到来である。18:00開始であるが、臺灣トランジット滞在もあったとはいえ、都合2時間時差であるから、腹時計は妙に正直な反応をしてしまう。ともかくも、スタッフの案内を受けて、席に着く。初日はヴェトナムコースである。GCC経由であれこれアレンジをお願いするも事前決済を要求されたので、ひとまず席のみの予約ということで3日連続での夕食となる。Hoangさんがサイゴンスペシャルを気持ちよく注いでくれた。ヴェトナムビールはこれまで333しか飲んだことがない。サイゴンはやはり軽めのテイストであった。まずはアミューズから始まる。このあたり、やはり当世風の出し方である。銀座のNAMIKI667とスタイルは同じである。主食のパンはバゲットとソフトタイプと2種類とした。ヴェトナムに来て気づいたことの一つに、フランスパンのバゲットが東洋人向けというか、カサカサしているフランス本来の食感に加えて、もっちりしている部分も感得できるのが何よりも嬉しい。ヴェトナムはバインミーもあるのでパンの美味しいところだと即時認識する。前菜はソフトシェルクラブである。ビールのアテには絶好の風味である。都内で味わっているソフトシェルクラブよりもさらにふんわりしていて、ジューシーな感じが非常によい。次にアントレはフォーであるが、蝦アレンジで捻りが利いている。これも一口サイズで味わうには非常に小気味よい。味付けは些か濃いめに整えられている。主菜はガルーパの蒸し物である。これは粤菜でいうところの「清蒸石斑魚」であるが、ソースがヴェトナム風味を演出させて魚醤の塩味も取り込めているあたり、これもまたビールが進む逸品である。香港で賞味するタレはあっさりしているが、ヴェトナムのソースは味わいについてはさらにはっきりと輪郭が感じられた。となれば、ここで「Heart of Darkness」という地元クラフトビールに乗り換えるのが妥当であろう。Tiepさんが注いでくれた。どことなく大学院生の風貌である。話し方も理知的であった。一口含むと、なんと、静岡のわびさびビールに風味が似ている。これは六本木TYOGHの10F常備のビールであるが、ホーチミンで同じようなテイストに巡り逢うとは・・・・・!後々のことであるが、このSquare Oneは三年連続ミシュラン獲得、そして訊けば、日本からの食材(魚介・肉類)を結構な頻度で取り寄せているという。ヴェトナムにおいてなんとも贅沢な食材の引き具合である。購買担当も仕事は大変ではないかと想像する。このタイミングでソムリエのTran Duc Thangさんが御挨拶に見えられた。名刺を戴いたが、店舗名は書いていなかったので、料飲全体を統括する立場でもあるのだろう。西新宿TYOHRでは、嘗て小笠原さん(日本ソムリエ協会エグゼクティブ級幹部)がちょうどそうした任にあったことを思い出す。そしてグラニテがスポットもので登場した。最後には、ココナッツパンダンケーキで締めくくる、と思いきや、その後には、さらにお休みチョコレートも最後に出してくれた。何とも至れり尽くせりの接遇である。部屋に戻ってからは、先程のお休みチョコレートをと思っていたところに、今度は部屋にも客室係からお休みチョコレートが運ばれてきた。なんと、なんと!そして夜も更けてくる。空調設備は寝ているときは止めるのが自分の習慣であったが、冷房は止めないでくださいとスタッフから注意がきた。何でも翌朝の稼働に時間がかかり、冷房の効率が落ちるためという。そのあたりはヴィンテージ物のフランスマンションの宿命であろう。居間は19℃設定、寝室は20℃設定とした。就寝してから一度目が覚めた。時計を見ると、2:30である。ああ、これは早朝出勤4:30起床の時間だなあと一人合点がいった。やはり身体にとって時差はあまり関係ないようである。そしてまた蒲団に潜った。

 

さて、翌朝である。4:45に起床する。ということは日本時間に換算すると6:45である。NHKを点けると、「おはよう日本」がそのまま放送されていた。東北地方の線状降水帯など、熱帯のホーチミンでも考えられないような雨量となっているようだ。朝のお清め(「鷹匠湯」=最初はぬるめで入浴開始、徐々に温度を上げていく手法)で身支度を調えると、1FのOpera(朝食供応料飲施設)の入口に佇む。開場5分前であった。何故こうした所に気を遣うかというと、アングロサクソンのゲストほど、早朝に並ぶ傾向があるのは、西新宿、六本木でもおなじみの光景だけに、少々覚悟したものの誰もゲストはいなかった。開場時間となってスタッフから窓側の席を勧められる。外の植物も観られて、なおかつ朝の陽光が愉しめるところがよい。室内とテラス席との境界上に立地する絶好の席である。ビュッフェ台、といってもオープンキッチンとのアクセスを考えた設計になっているのみならず、飲食アイテムがかなり充実している。まずは一通りどこの朝食会場でも味わうアイテムのみに絞ってワンプレートで盛り付けてみた。パン類も驚くほど充実している。バゲットはフランス風とヴェトナム風と二つあるので両方自分で切ってみた。そしてベトナム料理アイテムは全てオーダー式のものをお願いしてみた。LGLO会員ならば全て無料である。となれば、ヴェトナム料理のフィールドワークも兼ねて片っ端からオーダーしてみる。フォー、バインミー、ブンボーフエ・・・・やがて胃袋のことも考えねばならない。そこでスタッフに訊いたら、「麺抜き」も可能とのことで、早速、「蕎麦前」と洒落込むことにした。とはいえ、無論、一献傾けるなどと酔狂な方面には行かないが・・・・・・。ともかくも、フォーガーの麺抜きをお願いした次第である。魚醤、蝦醤と味変は事欠かない。ヴェトナム麺料理の別添えトッピング野菜も充実している。そしてライムを搾ってすっきりした味わいに自分で仕上げていく快は忘れがたい。ヴェトナム珈琲の他、蓮茶、レモングラス+ジンジャーティーも味わってみた。デザート類は、西瓜、メロン、バナナ(ずんぐりしたねっとりタイプ)、ヤクルト、チェーである。チェーのマイクロタピオカが非常に上品であった。西瓜はジューシー、メロンはサクサクと、日本では味わえないような食感と味わいである。こうして朝食に2時間掛けてじっくりと愉しめたのはやはりホテルステイの醍醐味の一つであろう。ちょうどフォーガー(麺抜き)を味わっているところに、OperaマネージャーのTran Thanh Triさんが御挨拶に見えた。まさに微に入り細に亘って御配慮を戴いているだけに、こちらも頭の下がる思いである。ヴェトナム式飲食アイテムについては、全てオーダー式で承りますと非常に気を遣っていただいたが、一般ゲストはビュッフェ台の麺コーナーであれこれやりとりをして厨房スタッフに作って貰うのだという。

 

一度部屋に戻ってから今度は両替である。まずは10,000JPYで様子を見る。ホテルレートなので、1,580,000VNDではあるが、国慶節連休のことを考えればこれは致し方のないところであろう。宿泊部長のGROBさん、アシスタントマネージャーのDuyさんも交えて総勢5名で撮影もした。また部屋に戻る。客室フロアの廊下も、やはり臺北華國に似ている。同じようなアコモデーションに初回訪問という感じが余りしない。早速街歩きである。昨日下見をしたFAHASA書店に出向く。この日の朝は地下鉄入口探索も兼ねて昨日とは違う通りを歩いてみた。そして書店では目的の萬年暦を2種類購入する。結構な大きさでハードカバーであった。帰宅後はHTV9を観る。小休止の後は再び、街歩きである。地下鉄駅Nha Hat Thanh Phoの入口を下りていく。ピアノが置いてあって自由に弾ける。「エリーゼのために」が聞こえてきた。ここでショパンが聞こえてきたら、臺北MRT松山線を彷彿とさせられるであろう。接近放送がショパンなのは臺北であるが、東京の無機質な接近放送よりは本当に救われる思いがするのが臺北である。ホーチミン地下鉄の接近放送は香港MTRに似ている。交通系ICカードは未だないので、毎度毎度切符を買わなければならない。慎重に見極めて購入する。隣のBen Thanhまでなので、22,000VNDである。出てきたのは一回使用のカードチケットであった。デポジット分は払い戻し可能とのことであったが、今回は記念に戴く。改札はクレジットカード対応も完備で、こういう点は日本よりも同じか進んでいることが多い。後発組の新興国は一気呵成に技術が現代化していくのが特徴である。これまで中国本土で何度も経験した。ホームに下りる。なんと上下線二層構造であった。都営地下鉄三田駅、都営六本木駅の構造と同じである。電車に乗り込む。やはり日本の技術で作られただけあって、都内の地下鉄に雰囲気は似ているものの、ドア開閉サイン音や車内アナウンスは香港MTRに似ている。やがて終点Ben Thanh駅に着く。そのまま出口に向かって改札をタッチする。切符は自動的に手許に残る。3番出口はCho Ben Thanh、ベンタイン市場直結であった。市場の中身はこれまでyoutubeでもみたことがあるので、パスしてレロイ通りをオペラハウスに向かって杜甫で進む。ここにも書店はあったが、充実度はグエンフエ通りの方が断然上である。そしてBac Hoの銅像を見学してから、ホテルに帰ってきた。部屋に戻ってみたところ、なんと、氷が取り替えられていることに気づく。こうした細かいところにも配慮されていることに、改めて感謝の気持ちを持ったが、別の用件でスタッフを呼ぶと、いつも顔を合わせる男性スタッフとまた会うことができた。名前を伺うと、Huynh Hoang Huanさんと分かる。職位はバトラーであった。こちらの滞在中の習慣や好みは事前に会員履歴で把握していたという。通りで仔細に渡るお気遣いを戴けていたわけだ、とすぐさま納得した次第である。

 

部屋で『地球の歩き方』をみていたら、CDなどを売っている店の紹介記事があった。一応、コンシェルジュに訊ねてみたが、「今はCDは売っていないはず。ネットの配信主体だから」と言われたものの、ダメ元で近くのヴィンコムセンターに行ってみた。結構な人だかりがエントランスにできていた。地元ショップがテナントで入っているビルである。耐震構造にしなくてもよいのか、建物やエスカレーターがフロアぶち抜きで見た目は壮観ではあるが、耐用年数はどうかと思う。確かに今はCDショップの痕跡すらなかった。さらにグエンフエ通りにまた出て歩いて行く。途中広場になっているところに、みずほ銀行とANA全日空の支店があった。いざと言うときにはこういう所もチェックしておいた方がよい。その後はネット上で掴んだ蓮茶の店舗があろう場所を訊ねてみたが、そこには茶荘らしき建物はなく、フォーを食べさせる店ばかりが並んでいた。気を取り直してホテルマジェスティックを見学した。古色蒼然とした面持ちではあるが、どことなくくたびれた印象であった。嘗ての中国にあった戦前からのホテルのようであった。一度、上海の和平飯店に泊まったことがあったがそのときの印象に似ている。クオックグーの対聯が逢ったので画像に収めた。ドンコイ通りを進み、オペラハウスのところを右折してホテルに戻った。ドンコイ通りは思ったほど賑やかではなかった。

2日目の夕刻となる。Square Oneに顔を出す。今度はホテルスタッフが満面の笑みを浮かべて昨日と同じ席に案内してくれた。オープンキッチンなので厨房スタッフ銘々にも頭を下げて挨拶した。すると、厨房スタッフもお辞儀をするではないか!こういうところは中国語圏とは異なって、日本的な感覚でいられるのがまた何とも落ち着ける。これはちょっとした発見でもあった。今宵は「Heart of Darkness」から始める。このクラフトビールの香り、そして深みのある味わい、そして何と言っても静岡のわびさびビールに似た味わいである。今回はフレンチコースである。アミューズに始まり、北海道産帆立、コールラビ(愛知産の浅蜊もアレンジ)、なかなかに日本直輸入の食材を使っていることもあって、なじみ深い味わいであった。メインはロンアン産のダックの胸肉である。このロースト具合が絶妙な食感であった。今はタイニン省と合併したが、旧名のロンアン(隆安)省で充分通ずる。ダックの皮はかの北京ダックよりも薄くてクリスピーであった。またメインの肉部分も胸肉ながらジューシーで噛めば噛むほど味が出るスルメ状態で戴けた。これはビールも進む逸品であろう。そしてグラニテ(赤い果物の味わい)の後は、パヴァロアで〆ると思いきや、またまたお休みチョコレートがさらに増えて5種類となった。このときにはLe Ngo Song Hoangさんが冗談も交えてまさに至れり尽くせりの奮闘振りであった。日本が大好きで、いつか渋谷にいきたいという。アニメなどサブカルに相当の興味があるようだが、その方面の話題にはついて行けないので、日本人なれど専ら聞き役に回った次第である。部屋に戻ると、再度風呂に入る。鷹匠湯は何度も試すのがよい。窓の外に浮かぶ夜景を眺めながら、いつしか眠りに落ちていた。

 

翌朝、3日目の朝である。とはいっても、4:45起床ではあるが外はまだ真っ暗である。まるで冬の日本のようだが、ここはヴェトナムである。2時間の時差はこういう所に現れるようだ。バスタブに湯を張って、テレビを点ける。そして洗濯物をお願いする日でも有るので、伝票カードに必要事項を予め記入しておいた。やがて6時前には白々と夜が明けていく。開場3分前に階下のOperaに下りていく。スタッフに先導されて、いつもの席に着く。ビュッフェ台のアイテムはさらに精選するが、その分、ヴェトナムアイテムはオーダー式のものを充実させていく。ヴェトナムコーヒーは今日はハノイ名物のエッグコーヒー(ホットのみ)とした。バインミーは2種類ともフルサイズで来てしまったが、そこはそれ、チャレンジする価値は充分にある。フォーボーは麺ありで、フォーガーは麺抜きで、そして、西瓜、メロン、バナナ、デザートのチェへと進み、茶は蓮茶、レモングラス+ジンジャー茶で締めくくった。やはり2時間掛けて朝食を愉しんだ。蓮茶は冷茶にもしてみたが、これはこれでまたよし、であった。スタッフに訊くと、蓮茶にはあまり氷は入れないのだそうである。

 

そして部屋に戻る。家具の猫足が気になったので、画像に収めてみた。猫足の家具は臺北でも馴染みがあった。こうした雰囲気はやはり好きである。また引き出しの匂いもやはり好きなので、こうしたところも画像に収めてみたが、匂いばかりは保存できない。どことなく酸味がかったような、揮発性の高い匂いは印象に残るものである。渡航先では意図もそうであるが、プルースト効果からなのか、かなりの確率で既視感ならぬ「既臭感」には注目している。そして今朝も両替する。同じく、10,000JPYである。レートは同じで、1,580,000VNDに変わった。ヴェトナム通貨は桁数が多いので、1,000=1Kと置くのがやはりよい。1,580Kとして暫時記憶に留めておく。やはり端数は切り上げてくれた。何ともありがたい。

 

昨日コンシェルジュが教えてくれた蓮茶を扱う茶荘に出向く。こればかりは地下鉄では行けないのでタクシーを頼むこととなる。多少の「授業料」も覚悟して、GRABアプリは使わずにホテルスタッフが探してくれたタクシーで行ってみた。案の定、まっすぐ行かずにベンタイン市場を経由したりするのであったが、この際、土地勘を少しでも養うために、ドライバーと話しながら、そしてFM放送をカーステレオで聴きながら、車の流れを観て一つ気づいたことがある。所謂「大阪方式」で主要道路であっても全面一方通行運用となっていたのである。またそれとなくドライバー自身も撮影して(本人は動じない)、目的の場所に着いた。やはり言い値で200,000VNDと言ってきたが、まだまだ値段交渉できるほどのヴェトナム語はできないので、少なくとも「領収書をくれ」といってみた。そうしたら、手書きで書いてはくれたが、0が一つ足りない表記である。すかさず、「これは間違いだ。0を書き足してくれ」といったら、それはそれで書いてくれた。但し、少し斜めに書いているところがミソであったが、まあ、通りもあちこち観られたし、幹線道路と抜け道にしている道路も走ってくれたので、「授業料」としてはまあよいということにした。目的地は結構遠くではあったが、それにしても時間はそんなにかかっていないのが何とも不思議であった。これは地元運転手の妙技かもしれない。

 

そして茶荘訪問となった。ガイドブックは当てにならない。こういうときはコンシェルジュに相談するのがやはり最上であろう。茶荘の店員さんは大学院生を思わせる風貌で、非常にテキパキと説明してくれた。また試飲は大歓迎とのことで、早速、最高級の西湖蓮茶を試飲する。なんだ、これは!こんなにも甘い蓮茶があるのか、と一発で旨さを感じた。これまでの蓮茶と言えば、タンスの匂いがするものだと認識していただけに、やはりコンシェルジュに地元密着の蓮茶を扱う店を訊いておいて本当によかったと思う。しかも、複数電話をかけて国慶節当日でも営業しているところを入念に調べてくれたので、本当に頭の下がる思いである。また、ヴェトナム緑茶のスタンダード、ミディアム、ハイクラス(蓮なし)、そして最高級(蓮入り)と4種類試飲してみたが、スタンダードは狭山の釜煎り緑茶に味が似ていた。等級が上がるにつれて「回甘」がきちんと認められるのは、やはりこれまで中国茶、臺灣茶を嗜んできた経験で咄嗟の判断ができたところである。長い時間を掛けて試飲した後は、商談を纏める段階となる。最高級蓮茶2罐(200g×2)、スタンダード、ミディアム、蓮なし高級茶各々100gを購った次第である。最高級以外は全て比較研究用である。

 

帰路はGRABアプリでタクシーを呼んでみた。相手から電話がかかってきたので、店員さんに出て貰う。地元ネイティブのヴェトナム語を傍らで訊く限り、さすがに発話スピードは速く感じるが、こうしたところも見逃せない。意味は掴めずとも、会話の流れ、トーンの山・谷など努めてこちらも把握しようと心がけた。いわば会話のテンポやノリである。タクシーが配車されてきた。おとなしいドライバーである。GRAB配車の場合は臨機応変に道路変更はできないようだ。混んでいても、最短経路とおぼしき道を忠実に走っていく。時間はかかるが、その分、土地勘を養うには好適と解釈してそのまま乗車した。ホテルについて、運賃は事前決定の60,000VNDであった。こちらは往路よりも遥かに安い(運賃としては復路がスタンダード)が、なるほど、今となっては配車アプリでタクシー利用というのが簡便で何よりトラブル回避といった手合いとなる。但し、GRABの場合、領収書は出ない。ホテルに戻って小休止してからはまた地下鉄利用を試みる。国慶節当日なので、本日は運賃無料である。どんなシステムで乗れるのか興味を持って地下鉄駅まで歩いてくると、改札前でQRコード付きの紙を配っていた。それを貰って、改札にかざすと入れる仕組みである。また1駅、Ben Thanh駅まで乗車したが、今度は探検も兼ねて、1番出口2番出口から地上に出ようと考えた。遠回りは先刻承知である。たしかに、近郊行きのバス乗り場や大きい道路の交差点の近くに出てきた。ベンタイン市場は3番出口が圧倒的に便利だが、2番出口からは裏口になるので地元人しか使わないと思う。そのままレロイ通りを進み、病院やサイゴンスクエアを通って、高島屋に出た。高島屋はやはり日系デパートで地元でも人気の商業施設と見受けられる。国慶節当日と言うこともあって、異常に人が多い。参考までに蓮茶を探してみたが、やはり目ぼしいものはなかった。ただ、両替屋があったのであるが、幾分、ホテルよりはレートがよい。日本円換算で、10,000JPYあたり12円くらいの違いがある。蓮茶についてはパッケージばかりが立派で外華内貧の域を出るものではなかった。ただ、所謂スーパーマーケットの機能としては、青山の紀伊國屋のような品揃えであった。また、日本食のイートインやレストランは思った以上に充実していたが、お値段も「一流」であった。東京とあまり変わらない値段でとんかつ定食が食べられるのは、ある意味駐在の人たちにとっては救われるのではないだろうか。地元富裕層か、日本人駐在員、または帯同家族が利用するような店舗ばかりであった。屋上にも出てみたが、ほぼ誰も来ない場所であった。熱風は日本の酷暑よりも幾分温度は低いものの、湿気の気密度は遙かに関東を凌ぐ。やはり熱帯地方の湿気、恐るべしといった手合いか。そのままレロイ通りを杜甫でホテルまで帰ってくる。途中、地下鉄の駅入口があったが、ベンタイン駅入口とオペラハウス駅入口とが、まるで新宿三丁目駅と新宿駅のような近さであるのには吃驚した。各々に立地する新宿三丁目駅近接の伊勢丹、ベンタイン駅近接の高島屋という比較はこれはこれで面白いと思う。

 

さて、3日目の夕食である。Square  Oneにも慣れてきた頃である。夕刻の口開け時間に伺うと、接客担当のPhan Huynh Minh Anhさんが席への先導のみならず、生簀の様子についてもいろいろと説明してくれた。この日はFISH TANK、生簀から魚を出して調理する手法で「チョウザメのサイゴンスタイル」を選んでみた。自分一人でも完食できるように街歩きをして「精進(=胃腸を整えること)」してきた。本日は食材・調理法優先なので、アルコールはオミットする。一度料飲に下りてはみたが、調理に30分以上かかるので、それならば、と再度部屋に戻って待機することとなった。部屋でテレビを観ていると、やがて客室の電話が鳴って「できた」とのこと、早速M階に下りていく。そして出てきた2種類の調理法、スープとグリルと、それはそれは、なんともこれは充分に賞味できる逸品である。早速スープから戴くことにする。味わいは淡泊で出汁が利いている。なるほど、淡水魚でも中国で言えば「江団」のような味わいに近いと感じた。そしてグリルの方は塩の利いたサイゴン風調味料を箸先に付けてから本体の身を賞味したところ、これが後を引く旨さで、スープ⇒グリル⇒スープ⇒グリルといった往還を十二分に味わえた次第である。途中で味変させてスープを味わう余裕まであった。非常に満足のいく生簀料理であった。ただ、ここで料飲の会計システム障害が発生。なんと、空白の伝票に自分で精算金額を書いてサインするというある意味で非常にマニアックな体験をすることとなった。この後、すぐにチェックアウトのための事前精算するので・・・・と伝えたら、少し時間を置いてからフロントで精算してくださいとのこと。こういうときの「少し」というのは言語文化や生活習慣などで大分受け取り方が違うために、どうなることやらと気を揉んだが、一度部屋に戻ってフロントに出直してみたところ、会計上は既に先程の料飲利用は入っているとのことであった。あとはフロント頼みの請求書を打ち出して貰えばよい。そこで部屋に帰って一度精査してみたところ、初日はハイアットポイントで無料宿泊になって居るはずなのに、何故か課金されてしまっている。これは即時訂正をしなければと思い、フロントで再度交渉してみた。そうしたら確認が取れたのでそこは抹消して貰う。再度、一本一本確認していくと、これでやっと精算金額が確定したので、再度また部屋に戻って現金(日本円)とクレジットカードとを併用する精算方法でフロントに臨んだ。こうした決済方法はいつものことである。特に海外では併用することで、ある種の信用もしっかりと担保できるということを経験から学んだ次第である。そしてチェックアウト(会計・精算)は無事完了した。この場面においては、Nguyen Vu Kim Kaさん、そしてChuong Thi Thuy Vyさん両名(いずれも職位はフロント付のホスト)であったが、お互い納得のいくまで会計処理について確認していただいた。これで決済手続は全て完了である。あとは部屋でゆったりと寝ることで身心を整えていけばよい。国慶節の夜の花火も部屋から堪能できたのでそれもまたよし、ということでそのまま眠りについた。

 

翌朝、4:45に目が覚める。NHKおはよう日本は既に放送している時間である。天気概況では、臺灣に颱風が滞留している天気図が目に入った。これはどうしたことか、と気を揉んでいても始まらない。まずは本日の行動スケジュールをチェックすることがやはり大事である。バスタブに湯を張って、朝の鷹匠湯の準備をする。そのまま風呂とシャワーを使って、リビングに戻ると、日本時間7時のニュースが始まっていた。現地時間はまだ5時である。「広範囲で大雨の恐れ」とのニュース項目もある。これはよいタイミングでホーチミンに滞在できたな、臺灣、日本と段階を踏んで帰るのも悪くはないな、と再度考え直して自らを鼓舞した。Opera朝食、開場時間2分前に到着。扉が開いて、スタッフに先導されていつもの席に着席する。今日は1時間のみの朝食時間となる、と予めスタッフに伝えておいた。ビュッフェ台アイテムはさらに精選する。本当に必要最小限に留めてフルーツも含めてワンプレートとした。そこへ、ヴェトナムアイテムをオーダーして俟つ。フォーボー(麺抜き)、ブンボーフエ、バインミーミニサイズ2種類、ヴェトナムコーヒー(練乳入りアイスタイプ)、このあたりである。ブンボーフエはやはり日本の饂飩にも似ているせいか、美味しく戴けた。ただ汁なし麺なので、どうしても汁物が欲しくなる。そうしたあたり、麺抜きの効用は計り知れない。やはり「蕎麦前」は大事な流儀なのだ。すいかは切り方盛り付け方が非常に絶妙でよい。手を汚さずに綺麗に味わえるこの手法は日本も見習うべきだと思う。1時間で切り上げて、スタッフと少しお話をしてみた。南部弁の発音を教えてくれたスタッフとは仔細にわたりいろいろと話ができたので、こちらも大変勉強になった。また料飲のマネージャーについても、Square One とOperaと双方のマネージャーとも挨拶ができたのはよかったと思う。部屋に帰って最終チェックである。颱風18号が福建省の厦門から広東省潮州に書けて滞留している予報円には臺灣もバッチリ入っている。これは覚悟だぞ、と半ば褌を締めるようにした。併せて颱風24号は沖縄あたりをうろうろしている。いずれにしても颱風銀座に当たってしまったようだ。天気も臺北29℃、東京30℃、いずれも単軌は雨、ホーチミンは34℃、曇りであった。部屋を出発する最後の「儀式」、部屋の入ったところで鞄と荷物とを両側において靴を中央において、部屋全体に合掌しつつ真言を唱えて感謝の意をお伝えすることを必ずこなすようにしている。ベルスタッフが8時丁度にドア前にやってきてくれた。そして、フロントスタッフのPham Phuoc Taiさん(ゲストサービスマネージャー)と地元人向けの茶荘を紹介してくれたコンシェルジュのDang Doさん(「D」はいずれも横棒付きの表記)と一緒に画像を撮ってから専用車に向かうと、ドライバーは、何と、往路でお世話になったフイさんであった。専属運転手を伴った気分はやはりよい。そしてエントランスでは先程のスタッフ2名の他、バトラーのHuynh Hoang Huanさんも併せてお見送りをしてくれた。タンソンニャット空港までは、この日は平日に戻ったために渋滞予測も気になるとフイさんに話したところ、市の中心部から離れる方向だから気を揉むような渋滞はないとのことであった。たしかに、上り方向は完璧な渋滞である。空港高速はないので幹線道路(下道)を走る以外にないが、熱帯地方の楽天的な考え方に救われた思いがした。そしてまた踏切を渡る。このときは列車移動も興味ありと話をしたら、ハノイまでは相当かかるぞと言われ、これまで日本や中国でも鐵道の旅は続けてきた旨を話したら、そうかそうかと納得してくれた。車は思いのほか早く空港に着いた。空港では往路と同じスタッフが待っていてくれた。フイさんとお別れして、空港の建物に入るや、荷物の梱包サービスを利用した。多少の金額は仕方なしということで渡航先から日本に戻る時には、御当地で金額の多寡には目をつぶっても梱包作業はやはり必須である。往路は黒鞄一つで通勤スタイル、帰路は現地調達でホテルロゴのショッピングバッグを重ねて、いわば「仮状態」(=未発之中)にしておく。そして空港で全てをパッキングするといった順番である。さらにタンソンニャットでは同道スタッフがいるので、こちらもチェックイン、ファストトラック、そして同道の下にイミグレ通過できる一連の行動には行列に並ぶ必要がない。CIチェックインカウンターでは地上ハンドリングはVNスタッフであった。中国語で話しかけると、苦笑いされたので、簡単なヴェトナム語と英語で対応する。パラゴン会員用のところでごくごく自然にチェックインしたが、託送荷物も10kg未満ということで、自分にとっては重量超過によるその場の交渉をしないという前代未聞の体験であった。Cクラスなら多少消化してもそこは交渉で切り抜けられるのが海外キャリアの恩典である。そして、安全検査ではクルーと同じレーンを使えるということで、周囲を見渡して、ベルトを外してそのまま通ろうとしたら、「靴!」と言われ、またX線を通すという有様である。直後のパイロットが「ここに載せていいよ」と親切に提起してくれた。中国語圏であれば、大凡あり得ない場面である。

 

総じてヴェトナム訪問滞在では、先回りしていろいろと配慮してくれたり、日本人にも通じる、一歩下がった謙譲の美徳といった風合いを如実に感じられた。中国語圏では、環境音も含めて声高に自己主張して切り抜けるのが常道であるが、ヴェトナムでは寧ろ日本的な立ち居振る舞いでも、そこそこに行動できることを実地で学べたのは大きな収穫であった。

 

さらば、サイゴンよ、また来るまでは・・・・・。暫し別れの涙がにじむ・・・・・。

 

(後日譚)

 

この文章を書き終えようとしていたら、あとから「もう一つの旅」が始まった。今回の渡航前、5月頃と記憶するが、Một Ngàn Nỗi Đau - Văn Mai Hương(文梅香)の美しい旋律に魅了されて、ヴェトナム語の魅力にまたさらに魅せられていった。歌詞については「研究ノート」も作ってみた。折に触れて何度も聴いているうちに、自分でも自然とHươngさんの歌声に唱和するようになっていった。

 

SAIPH滞在初日、部屋にも漸く馴染んだところで、為替レートについて確認した後にパブリックスペースで、Duyさんと何となくこの曲を口ずさんでいた。互いに歌っているうちに、ふと「なぜ11時11分なのだろう?」という話になった。また、別のタイミングにはなるが、Square Oneのテーブル席でAnhさんにもこの歌について、まずは歌い出しからサビの部分にさしかかる手前のこのフレーズ、そしてサビ部分について――

 

――Mỗi đêm em nhớ về anh vào lúc 11 giờ 11 phút Nhưng chắc anh chẳng nhớ em đâu         

 

Vì em vẫn chỉ là người đến sau  Vẫn mang trong mình một ngàn nỗi đau  Và có lẽ chắc giờ này  Anh đang hạnh phúc bên người・・・・

 

そこでDuyさんに「ヴェトナムでは11:11に何か意味があるのですか?」と尋ねてみた。また、別の機会にSquare OneでAnhさんにも同じ問いを投げてみた。すると、Duyさんは「そのときは孤独でいても、やがて夢が叶う時間」と答え、Anhさんは「異なった価値観の二人が、一瞬だけ共感できる時間」と答えた。二人に共通するのは、いろいろと頭の中で言葉を探しているような仕草が観られたことだ。そして出てきた二人の説明は同じではなかった。聞けば、11:11はヴェトナムの若い世代の間で語られている、いわば都市伝説のようなもので、定型化された「正解」があるわけではないという。面白かったのは、女性スタッフのお二人がそれぞれ自分の言葉で答えてくれたのに対し、男性スタッフに尋ねると、この手の話はどうも今ひとつ要領を得なかったことである(笑)。

 

そのときはホテルで交わした何気ない会話だった。

 

ところが帰国後、久しぶりに「Một Ngàn Nỗi Đau」を聴き返してみると、11時11分という歌詞とともに、あのときの会話まで鮮明に蘇ってきた。現地で聞いた二人の異なる「11:11」が、今度は自分の記憶の中で一つに合組されているような、不思議な感覚である。

 

旅先で拾ったものは、必ずしもその場では意味を持たない。帰国して時間が経ってから、別の記憶と結びつき、初めて一つの意味を成すことがある。今回の「11:11」も、その一つだった。

 

狭山茶と臺灣茶と西湖蓮茶を一杯にして味わうように、旅の記憶もまた、心の中で少しずつ合組されていく・・・・・・。

――これもまた、帰国後に始まった「心の中の合組」なのだろう。

 

ヴェトナム、西貢の滞在記はここまでとする。外の雨はまだ降り止まないが、脳裡にはラムソンスクエアのフランスマンションの瀟洒な佇まいに熱帯の陽光が燦燦と降り注いでいる―――。

 

 

ヴェトナム初訪問を無事完了して、CI782にて桃園まで戻るフライトもいよいよ最終降下着陸態勢に入った。蓬莱島の島影は雲に覆われていて分からなかったが、やがて雲の隙間から溜池が見えてきたのであと数分で着陸である。天気は雨。台風の影響は否めないものの、それほど重大なものではなくほぼ定刻にタキシングしていた。やがて青天白日旗がはっきりと目に飛び込んでくると、いよいよ機内を離れる準備となる。検疫はヴェトナムからの飛行なので、X線検査は必須である。大陸、香港、マカオもそこは同じである。東南アジア諸国は全ての国家が対象となる。そして常客證を持っているので自信を持ってレーンに入り、窓口でパスポートを提出したときに、突如として事案発生。事前オンライン登録が出てこないという。否、必ずオンライン入境申請はしたはずだ、と回答するも、当局の電脳には引き当てられないという。ここで正邪の区別を声高にして大立ち回りをしたところで、相手は入境係官である。ペルソナノングラータとされてしまっては本末転倒だ。そこで、再度その場で入境登録を自分のスマホで再度行う。その間、常客證レーンには誰も並んでいなかった。登録完了した時点で係官もすぐ判子を押してくれた。いやはや、こういうこともあるのだな、とやはり紙の申請書も残しておいてくれればよいのに、と思う。電子処理が全て完璧とは限らない一幕であった。と言うわけで、ここでもシャトルバスを逃してしまった。気を取り直して、捷運利用に切り替える。例によって、悠遊卡はスマホケースに仕込んでおいたので、慌てることなくそのまま改札通過。勿論無料範囲内なので安心して機場旅館站まで利用する。そしてエスカレーターを登り切ったところで定宿はすぐに入れる位置にある。今回も前回同様、ハイアットポイント消化で決済は発生しない。フロントスタッフからカードキーを貰って部屋に直行する。前回同様、958号室である。ああ、還ってきたなあ、という安堵感が身心を満たしてくれる。机上には林怡秀客房部總監直筆のグリーティングカードが添えられていた。テレビは民視新聞台にして、バスタブには湯を張っておく。やがて、シャワー・風呂を利用して全身を清めた。

夕刻のカクテルタイムにはまだまだ時間があるので暫し部屋で休憩する。テレビを観たり、空港の様子、タキシングしていく様子はなかなかにわくわくさせてくれるものだ。乗り物趣味の醍醐味であろう。やがて時間となったので、同じフロアのクラブラウンジに顔を出す。今回は、陳冠鈞さんが出迎えてくれた。陳さんは非常に精緻な服務態度で一つ一つ対応してくれた。こちらが好きなものを口にすると、「では厨房で確認してきます」といって、本来はビュッフェ台に並ばない食材まで、丁寧に持ってきてくれたのは吃驚した。蕃石榴、そして豚皮の蒸し物、この2種類がそれである。そして臺灣ビールもどんどん追加してくれる。いやはや、これはまた凄いことになってきたぞ、と驚嘆すること頻りである。また、その間、盛紹宣フロント統括副経理も御挨拶に見えた。やはりLGLO会員の様子が気になっていたのであろう。供応時間を過ぎても陳さんからは不足の点はないか、と気に掛けてくれる。残したものを纏めてテーブルを片付けていると、「折角だから部屋に持って行ってあげますよ」という。本当に頭の下がる思いである。部屋に戻って、再度鷹匠湯に浸かる。身体を休めるにはこれが一番だ。夜も更けていくが、翌日はヴェトナム行きとは異なり、少し時間は遅い。しかも「老規矩」CI100ときている。部屋を暗くして、鄧麗君の日本語・中国語の歌唱、城達也の影ナレ、李登輝総統の演説と、「空港」を前にして独酌の妙を愉しむには最高の贅沢であった。翌朝5:00起床、朝のシャワー・風呂も終えて、一度、ロビー階の朝食会場に顔を出す。入口スタッフに部屋番号を告げたのに、一向に要領を得ない。恐らくフロントとの聯繋が不備だったのであろうが、まあ、こういうときもあるさ、と自分はあまり意に介しない方である。加えて、華航クルーもこのホテルは宿泊所として利用しているので、あまり立ち回りはしない方が賢明なのだ。アイテムは西瓜、蕃石榴、炒蛋、油菜、冷緑茶、拿鐵に留める。そして部屋に戻って最終チェックをしてから、ロビー階に降りる。朝食前に決済なしかどうかをフロントで確認して貰っているので、そのままシャトルバスに乗る。予定よりも30分繰り上げてシャトルバスに乗車した。前回よりも乗客は多い。やはり日本線搭乗客が多いからであろう。そしてバスを降りて、CIチェックインカウンターを目指す。いつもなら、葉っぱの葉さんかあるいは陳さんがそのまま出発ロビーに車を横付けしてくれて、「宅配通」の梱包を手伝ってくれるのであるが、今回は託送荷物は臺灣からは発生しないので、そのままチェックインカウンターを目指す。ここで一つ分かったことがある。スロープになっているエスカレーターが上りきったところの目の前が、なんと、CI中華航空の上級会員・上級クラスのチェックイン入口なのであった!これで漸く謎が解けた。今までは何で台車をあちこちに動かさなくてはならないのだろうと思っていたが、13番カウンターはこういう配置の中にあったのか、と合点がいった。7:15にはチェックイン完了、そのまま安全検査、そして常客證レーンによるイミグレである。ここでも30秒で通過!いつものように、中華航空ラウンジを目指す。確認作業後はいつもの地下奥にある麺コーナー横の席を陣取る。まずは皮蛋入りの麻醤麺、そして担仔麺を試す。飲料は、御茶園、そして葡萄汁がなかったのでヤクルトにした。壁面の書もいつもどおり観賞する。搭乗時間の変更アナウンスが入った。8:10⇒8:50変更とのことである。地下から上がってきてしまったので、そのまま職員兼用の待合でまた時間を潰す。こっちの方が人も居ないので優雅に感ずる。D5搭乗口から機内の人となる。

 

――雨の空港 デッキに佇み 手を振るあなた 見えなくなるわ・・・・・

 

まさにこの日は雨の空港であった。臺灣は水にも恵まれた島でもある。フライトで淡水の観音山は雨で見えないけれど、また再び蓬莱島の定宿に住まう時刻(とき)を望みつつ、茲に擱筆する。

梅雨明け以降には酷暑日が突如として連続する日々が続いている。仕事との同時並行ではあるが、六本木滞在の機会を得たことは非常にありがたい。そうした思いを胸に秘めつつ、早朝出勤よろしくまずは六本木駅からエントランスを目指す。

1Fフロント廻りにはスタッフ2名常駐するも、ゲストの直接の問い合わせが殊の外多い。後に西原さん(グランドクラブマネージャー)に伺うと、以前から夜勤は2名体制だそうだ。時にデューティーマネージャーもフロント廻りのサポートに入るとは言うが、デューティー担当も2名のみなので実質上はフロント2名のみで対応する。この他、フロントサービススタッフの若手もフロアに常駐している。グランドクラブは朝7時から開場となるため、暫しここで時間調整する。程なく、フロントサービススタッフ同道の下、10Fグランドクラブに向かう。ラウンジでは、西原さんを始め担当スタッフの出迎えを受ける。チェックイン記帳を済ませてそのまま朝食とする。元々は会議室スペースがお気に入りであったが、実際に会議が設定されているとのことで、スタッフ廻りの近くのテーブル席を使う。この日の朝食時間はゲストもあまりみられず、ビュッフェ台の動線も落ち着いていたのは大助かりであった。朝食を摂っていると、西原さんより御提案を受ける。本来の客室が整うまでの間、「待機部屋」のアサインを受けた。こうした応用動作は大いに歓迎する。いつもの流れにこちらも安堵感を覚える。海外現地でもこうした応用部分はいつものことだ。

まずは1201号室に自分で向かう。鞄は既に部屋入れされているとのこと、こうした細かい部分についてもスタッフの気遣いに感謝する次第である。「○○01」号室は自分にとっての待機部屋としてアサインされているのだが、これもいつものことである。そのまま試験採点作業に入る。よく作家がホテル滞在の折に原稿と格闘するエピソードは夙に知られているが、これに準じた段取りとして今回は宿泊滞在しているようなものだ。もともとはこれとは異なった目的で予約を入れたのであるが、瓢箪から駒といった塩梅で非常の合点のいく感覚を覚えた。暫く作業を続けていると、部屋の電話が鳴った。クラブラウンジの田口さんから、本来滞在するはずの客室が整ったとのことである。ならば、即時引越をすることとした。フロントサービスの亀山さんの到着を待つ。1201号室のカードキーを渡すと同時に2020号室のカードキーと交換する。そしてスタッフ同道の下、2020号室を目指す。

ついに帰ってきた。ディプロマットスイートキングの客室である。前回は1820号室であったが、今回は2020号室である。建物の設計としては、この「○○20」と「○○02」とがプレミアムスイートのカテゴリーに属する。前回は客室利用に当たり、「心の初期設定」に時間を掛けたものであるが、今回は前回の経験値をそのまま利用可能であるが為に、どこに何があるのかは大凡見当が付く。こうしたあたりも、やはりホテルステイには重要な要素として自分はいつも念頭に置いている。早速にも客室内プレミアムWi-Fi接続を設定した後に先程の試験採点作業を続行する。気分転換に浴槽に身体を沈めつつ、ホテルステイで試験採点とは、なかなかに乙なものであると心得たが、何にも増して作業が捗っていく快は忘れ難い。滞在中はランチタイムはオミットする。というのは、身体の経年変化で必要としなくなるからだ。ホテルステイを始めた20代の頃は兎に角食事については、三度三度、否、それ以上の回数で食事を愉しめたものではあるが、今となっては過去の甘い記憶となっている。

やがて午後茶時間となるも、採点作業優先で作業を進めた結果、午後茶時間の遅めなタイミングで10Fラウンジに下りていく。スタッフが忙しそうにゲスト対応、それから事務作業に没頭している。スタッフのお勧めに従い、御茶と軽食アイテムを揃えていく。さらに夕刻の一献開始時間を再度確認して、また部屋へと戻る。部屋ではカクテルタイムの心の準備も必要なのだ。香港で貿易業を営む高井さんのところでいつも分けて戴いている「解樹」を熱湯で御茶を作るように抽出する。客室で作ると、やはり優雅なローズピンクの水色がまたよい。無味無臭ではあるが、これが体内でのアルコール分解に一役買うこととなる。そしてまた全身を清めてから、時間前に先に10Fへ下りていく。ラウンジでは西原さんが待っていてくれた。今宵はやはりあのミーティングルームのいつもの席で一献と洒落込みたいものだ。スタッフと一緒に、会議室の会場作成、否、原状回復を手伝うこととする。殊の外、テーブルは重く感じた。中央の太い脚のみでテーブルは支えられているとはかくも威風堂々とした家具であるなと感じ入った次第である。カクテルタイム開始には少々フライング気味ではあるが、早速一献と相成った。最初はシャンパン(スパークリング)で一献の開始の儀式とした後は、静岡のわびさびクラフトビールで続けていく。このクラフトビールは香り、喉越し、そして味わいも少々渋みを感じるが、それが却って心地よい。一般の量販商品とは異なった感覚で、しかもこのラウンジの「奥之間」で味わうタイミングに大いに意味を見出している。このときには、ドバイから転籍されたManuel Nogueraさんから直接御挨拶を受けた。職位はフロントオフィスマネージャーである。最初は英語でやりとりしていたが、スペインのご出身とのことで、こちらも若いときにスペイン語に取り組んだときのことを思い出して言語をコードスイッチングしたところ、大いに盛り上がった。本人の弁であるが、日本語は4つの文字体系があるのでその使い分けが難しいとのこと。留学生もたしかにそうした感想を述べるものもいる。非漢字圏出身の留学生にとっては日本語を学ぶ上での「本音」でもあろう。そうしたやりとりをビュッフェ台に立ってフードアイテムを取り分けつつ、お互いの言語対応となった。配膳に勤しむ厨房スタッフにも挨拶するが、動線は特に気にしなくても問題ないゲストの数である。料理は和食中心に選んでみた。仕事を抱えての滞在では、何かと疲労感を覚えることも少なくない。そうした折には、やはり日本料理、特に幼少の頃から慣れ親しんだ味付けが最上と思う。こうしたあたりも、いよいよ還暦も秒読みかと覚悟する今日この頃の実感である。中国語の表現を借りれば、「清淡」な味わいに和風クラフトはしっくりくるといつも舌鼓を打っていて思う感受である。またそこにアミューズとして並んでいたアイテムの中に、コーンチップス(メキシカンタコス風味)を遇ったものがあった。このコーンチップスの塩味がボトルを並べれば並べるほど、非常に舌尖上のカーニバルを演出してくれている。こういう味わいの手法もあったのか、とまた新たな味わいを得た次第である。この間にも、宿泊部門ハウスキーピングの藤田マネージャーとも再会を果たして、今回宿泊している客室の空調や水廻りに関して意見交換をした。さらには、藤田さん自身も西新宿三丁目のTYOPH勤務時代の話も聞くことができた。三丁目の方は開室30周年の折に、大規模改修工事で休館して去年12月に営業再開した経緯もある。その際に嘗て大学で教えた学生がそれまでクラブオンザパークのコンシェルジュとして勤務していたこともあった。藤田さん自身も双方の客室担当として様々なご経験を積んだことと思う。また六本木滞在の際にはお話を伺いたくなった。そしてカクテルタイムもお開きになったところで一旦部屋に戻るも、アイスクリームを賞味したくなった。ルームサービスの内線はビジー状態であったので、ウエストウォークにあるナチュラルローソンに出向く。そこで、おにぎり2種(熟成辛子明太子と熟成たらこと見繕った)、ハーゲンダッツ2種(バニラと杏仁との2種類)、それと醤油味の海苔巻き煎餅とを購った。部屋に戻ると、各々味わいながら、やがて定番行動にはなるのだが、六本木之夜景を堪能すべく部屋全体のダウンライトを消灯して、「夜の静寂(しじま)の何と饒舌な」雰囲気を演出する。とくれば、城達也のあのナレーション(影ナレ)を合わせるのは定番であろう。昭和50年代当時から慣れ親しんだ「ジェットストリーム」の世界へと洒落込むこの一瞬間にこそ、ホテルステイの醍醐味があるといつも確信している。また、丁度来月の今頃にはPark Hyatt Saigon滞在も予定していることから、ヴェトナムの実力派歌手VĂN MAI HƯƠNG(文梅香)による『Một Ngàn Nỗi Dau』も併せて聴いてみる。

――Mỗi đêm em nhớ về anh vào lúc 11 giờ 11 phút  Nhưng chắc anh chẳng nhớ em đâu……

まさに茲に歌われている「11:11」の時間表現にも思いを馳せてみる。

ここで今回ホテルステイの目的でもあったLeon Mendelsさん(元TYOGH宿泊部長。その前はSGNPH宿泊部長)にもお会いしたかったのであるが、転籍人事発令でクアラルンプールのハイアットに赴任したとのことであった。なんと、なんと。これは機縁が広がったと大いに解釈したい。失望するよりも、新たな機縁として受け止めるべきである。凹んでいる暇はないのである。今回、Leon Mendelsさんとの再会は叶わなかったが、人生において全てが満たされた状態を求めることが必ずしも最善とは限らない。算命学においても、欠けを孕みながら次なる時を待つことの重要性を学んできた。太極図の高速度回転に思いを馳せればよい。未完成であることは、決して不足を意味するものではなく、次なる展開へ向かうための留白(精神的余白部分)でもある。今回の出来事もまた、新たなる機縁へ向かうための一つの余白として受け止めたい。三更に垂んとするこのタイミングで東京タワーを見つめながら、次の一手を考案せねばなるまい・・・・まずは西原さんに再度確認するのがよいか・・・・と思いつつ、そのままベッドに向かった。

翌朝を迎える。あれ?とまず身体の違和感を覚えた。昨晩の一献はアルコール分解が以前よりも難儀したようである。たかだかクラフトをやり続けた程度ではあるが・・・・身体の経年変化はもうそこまで来ているのか・・・・・普段は通勤で車も使うので宿泊がなければ外で飲むことは先ずないこともあり、ほとんどアルコールは口にしない毎日ではあったが・・・・それでも思念を集中させて身体の原状回復に取り組む。朝の鷹匠湯、そしていつもの朝支度をゆっくりと進めているうちになんとかラウンジに向かえるようになってきた。朝ラウンジ開始よりも1時間遅れで朝食に取り組めた。西原さんに御挨拶して、アールグレイを作って貰う。いつもとは順番が逆になるが、フルーツ盛り合わせから始める。やがてコールドミール、そしてアントレから見繕って取り皿に並べていく。すると、どうであろうか、胃袋の具合が急速に原状回復してくるではないか!これぞまさしくホテル朝食の効用であるといえよう。またこのときは8時過ぎに着席したため、インバウンドの家族連れが結構多く、子どもたちの賑やかな声と共に活力を戴いた格好と相成った。やはりパブリックスペースの効用とは、静寂を享受することのみにあるのではない。人々の営みそのものが活力となり、自らの身体を目覚めさせる契機ともなるのである。このとき、その効用について一つの「頓悟」を得た思いがした。さらに、ラウンジスタッフがスムージーを持ってきてくれた。試食も兼ねてのことなのかどうか、これもいただくと摩訶不思議なことに胃袋が目覚めていく感覚を味わうことができた。なんともありがたいことである。さらに和食アイテムも戴くこととする。身体の疲労改善には先にも書いたとおり、やはり日本料理なのである。ここまで書いてくると、「朝食論」としても対照的な朝を連続で迎えることとなった点に注目したい。初日の朝は到着時ということもあり、通常通りの朝食アイテムの組み立てであった。しかし翌朝は、前夜からの身体状態を踏まえ、いわばゲネプロの如く、自らの身体との対話を意識しながら、まずフルーツから始め、徐々にコールドミール、アントレ、そして和食へと進めていった。この順序が、結果として身体再起動の契機となることを実感した。

ここで嘗て埼玉女子短期大学勤務時代に、飯倉のホテルオークラにて料飲一筋30年のご経験を積まれた高松先生より伺った言葉を思い出した。先生曰く、ディナーとは静謐な空間の中で料理と会話を愉しむ場である一方、朝食とは一日の始まりとして、人々の気配や活気を感じ取る場であるとのことであった。食器やカトラリーの音、スタッフの声掛け、厨房スタッフとのやりとり、そうした一つ一つの営みが朝食空間を形成するのである。今回の六本木滞在において、まさにその意味を身体感覚として再認識することとなった。パブリックスペースの効用とは、静寂を享受することのみにあるのではない、といつも思っている。ゲストによって望む朝の過ごし方は異なる。ホテルはその多様性を受け止めるべきである。もしも朝食会場の賑々しさを忌避したいのであれば、朝食アイテムの部屋入れ――ルームサービスを時間指定でリクエストすればよい。バスローブのまま部屋で朝食を愉しむのもホテルステイの醍醐味であろう。またビジネスユースであれば、朝之貴重な時間もパブリックスペースで無駄にするのは何とも口惜しい限りである。ことほどさように斯くの如く思うところとしては、かつて料飲一筋のご経歴を持つ高松先生より、朝食空間は一日の始まりとして活気を演出する場であるとの教えを受けたことがある。今回、まさにその意味を身体感覚として再認識する機会となった。自分自身が此まで紡いできた「ホテル文化論」の中心に据えておきたい貴重な経験でもある。まさに「禍転じて福と為す」といった手合いだが、身体技法を用いて得た重要な教訓でもあるのだ。人が動き、人が声を掛け、人が一日の始まりを作る――その生命感こそがホテル空間の価値である。「ホテルが自分をもてなしてくれた」という一方向ではなく、「ゲスト自身もまた、自分の身体と向き合いながらホテル空間に参加している」という視点、ここにこそ、ゲストとホテルスタッフとの双方向の交流・接遇の妙味があるといえよう。

さて、部屋に戻って採点作業の続きに入る。今回持参した答案は7冊。全てやりきれればとの思いを強くしつつ、作業に取り組む。只管没頭する。時々は身体をベッドに横たえてみる。また鷹匠湯に浸かる――ホテル滞在において自分が特に重視しているのが、この「鷹匠湯」と称するバスタイムである。最初はややぬるめの湯に身体を委ね、浴槽内で少しずつ湯を足しながら水温を高めていく。この過程は身体への負担を考慮しながら循環を整える意味でも有効であり、同時に温泉を愉しむ時にも似た非日常感を味わうことができる。ホテルステイにおける一石二鳥の愉しみ方である。さらには、ルームサービスのスタッフから飲料用の氷を代えて貰う。それも大きいバケツ(ワインクーラーの脚のないもの)でスタッフに持ってきて貰うのが最上である。日本は水質がよいことをいつもこのときに身を以て感じる瞬間である。海外の場合は同じことをすると、ともすれば結構な時間を掛けないと上質な氷は届かないことが多い。それも時と場合にはチャージが発生することもあるのだ。部屋のスペースが大きい分、いろいろな情況に身を委ねることで気分転換を図りつつ、なんとか無事に採点作業を完了できた。また鷹匠湯で全身を清める。そして午後茶時間を堪能すべくラウンジに下りていく。今日は昨日よりは早めの時間にいけそうだ。昨日と同じく、スタッフから飲食アイテムの供給を受ける。

いよいよ会計の時間が迫ってきた。滞在も締めくくるタイミングとなった。再び部屋から正装に着替えてクラブラウンジで会計をお願いする。このときは当日滞在のためのチェックインのゲストが1組であった。会計はいつも通りの現金・カード併用とする。スタッフにはまた次回、と御挨拶をして部屋に戻ってきた。荷物整理も整えて、部屋の再度確認をしてから、部屋を出る際の「儀式」として荷物と靴とを並べる。部屋全体に一礼をしてから2020号室のドアを閉めた。そのまま1Fのフロント廻りと料飲施設「フィオレンティーナ」スタッフにも挨拶をして、エントランスを後にした。帰路のエスカレーターでいつも通り、今回の滞在を脳裡に蘇らせつつ、六本木駅へと帰路の通勤客よろしく地下鉄に乗車した次第である。

 

 

立夏直前の土用期間ではあるが、仕事の合間に六本木宿泊滞在した。まずは早朝出勤も兼ねて、朝6:45~7:00にエントランスに到着する。流石にこの時間はフロント廻りも若手スタッフが一人常駐するに留まる。事前に日比谷線乗車のタイミングで電話してGCCに滞在計画を聯絡した通りの行動パターンであることも併せて伝えておいた。

まずはフロントに到着するとチェックイン登記のためのドキュメントが準備されていた。そしてデューティーマネージャーの坂井さんから御挨拶を受ける。ベルスタッフ同道の下、10Fクラブラウンジに上がる。

ちょうど朝食時間開始のタイミングでグランドクラブマネージャーの西原さんより御挨拶を受けて、自分がいつも使用する奥の間(ミーティングルーム開放)に通された。早速朝食準備のため、ビュッフェ台に向かう。ここ最近はどのホテルもライブキッチン或いはエッグステーションの設置が通常設備となってはいるが、六本木は恐らく消防法のこともあるのであろうか、未だそうした動きは見られずに卵料理はバックオフィス(厨房配膳部分)から適宜ピストン輸送状態で補充されていく。カテゴリー8となったTYOGHとしては、この点、弱点部分となってしまったのは否めないであろう。後刻になるが、この点は西原さんにお伝えしておいた次第である。朝食は申し分ない。まさしく海外渡航した時のことを思い出しつつ、HKGGH、SHAPH、PEKGH、TPEGHの朝と同様に若手スタッフのサポートも受けながら、朝食時間も比較的落ち着いて過ごすことができた。伺う限りは宿泊の稼働率も落ち着いた塩梅で、なおかつゲストの動線がスクランブルになることもない。このあたりは客層の違いもあるのであろう。

そして西原さんより御提案を受けた。まずは待機部屋をあてがわれてはいるが、9:00前後を見込んでプレミアムレベル、ディプロマットスイートにアップグレードとの旨、即時快諾する。此までの滞在では高稼働のこともあってか、マネージャークラスのアサインをもってしても、待機部屋を渡り歩くといった状態だっただけに、二階級特進以上のサポートを受けることとなった次第である。これは予想以上の展開であった。これぞまさしく、海外渡航気分はいやが上にも盛り上がってくる。そうした想いを内に秘めつつ、まずは待機部屋(クラブアクセス・ゲストルーム・ツインタイプ)へと向かう。ルームキーをかざして入ると、それでもなお、広めの部屋だなという印象だ。東京タワービューではあるが、まずは荷物を広げずにバスルームを使うに留める。西原さんには再度確認したが、部屋の設えは随意使用して構わないとのこと、ウォークインクローゼットは使わず、窓側ソファー廻りに荷物や着衣を置くに留めつつ、早速風呂に入る。シャワー、バスタブの水圧も問題なしである。2003年開業の建築ではあるが、開業25周年の暁には、水廻りもメンテナンスが必要であろう。高層階はどこのホテルでも感じることであるが、水圧の維持管理については実際にゲスト側からスタッフに伝えていかないと行けないといつも思っている。バスタブも大きめのもので身体を浴槽に沈めた瞬間、まさに海外渡航滞在の時と同様の安堵感が脳裡を埋め尽くしていく。まさに至福の時間である。待機部屋でさえもことほどさような感覚である。引越前のはやる心を抑えつつ、テレビを観ながらその時間をじっくりと待っていた。念の為、グランドクラブに引越可能かどうか電話で伺うと、ちょうど準備が整ったとのことである。ならば、ベルスタッフ同道の下に引越も併せてお願いする。ルームキーもここでチェンジすることとなる。やおらベルスタッフが入室してくる。このタイミングでルームキーを交換する。そして1613号室から1820号室へと引越作業と相成った。エレベーター廻りも落ち着いており、他のゲストと交わることもなく、そのまま18Fへと上がる。そして廊下を歩いてしまったが、不覚を取った。1820はエレベーター直近のコーナールームの位置ではないか!自分自身、1813かなと勘違いしてしまった。ベルスタッフからも失笑されてしまう(笑)。思い直して1820へと戻る格好となった。

解錠して入るや、これは非常に使い勝手のよい広さも余裕と奥行きのある設えである。いっぺんで気に入ってしまった。台北か、香港か、いつも使用するスイートの感覚が即座に蘇ってくるが、ここは東京である。こうした重層的な想念が展開されていこうとは!ベルスタッフと少し談笑したが、○○○GHとの比較ではこうですね、と話すと、スタッフは二人とも吃驚していた。まずはルームの設え理解と共に、心の初期設定が必要である。ウォークインクローゼットも特大である。ここだけでも居住できるのではないかといった按配だ。セーフティーボックスに貴重品を入れて、鞄は今回はリビングに置いたままとし、着替えやスパ利用の水着などをクローゼットに置く。エントランスからリビング部分、ベッドルーム部分、そしてバスルーム部分を何度か歩いて部屋感覚を入念に掴んでいく。このときには此まで現地滞在した時のスイートとの比較を頭の中で反芻する。そうすると、初めてのルーム利用でもだんだんと馴染みの空間に変化していくのだ。そしてまたバスルームを使い始める。鷹匠湯としてどのホテルでも自分自身としては風呂の使い勝手についてはこだわりを持っている。この点、日本人だなとしみじみ思う。そしてリビングルーム設置のライティングデスクの使い勝手をいろいろ試しつつ記憶に留めていく。ソファー部分にも全部座ってみて落ち着き加減をチェックしていく。テレビもその國のデフォルト放送局をいつも流しておくが、となればNHK総合第1チャンネルとなろう。こればかりはここはやはり東京だなと現実を受け入れる。あとは各部屋の電気スイッチの類いをチェックしていくのと同時に、全部電気は付けてみてダウンライトの故障がないかどうかも併せて確認していく。こうしたあたりもゲスト側の利用状況から客室サイドのマネージャーには報告をいつもしている。

リビング共通の設え部分には、ボトルウォーター、ネスプレッソマシーン、氷、茶器、電気ポットを並べられているが、早速御湯を作ると同時に、ゲストサービス経由で氷を持ってきて貰う。ゲストサービスの部署は、ゲストからのリクエストを一括して預かるところであるが、ルームサービス同様に、ゲストのリクエストの順番通りに対応していくのが本来の筋なので、ゲストからのリクエストが集中すると、時と場合によってはかなりの時間がかかることもある。そのあたりも見越してゲストサービスの連絡を早めにしておいた。やがて氷が運ばれてくると、安堵した次第であった。

窓の外の景観は、東京タワー、三田方面、麻布の中国大使館、そして、清掃局の煙突と並んで富士山も望める絶好のロケーションである。麻布十番方面には高層マンションが建ってしまい、どうしても圧迫感はあるのであるが、今後は眼下の六本木地区についてはこれ以上再開発はさせないよう念じるばかりだ。

暫時部屋で心の初期設定を続けていく。客人用のトイレ部分、自分用のトイレ部分、腰掛けてみると、客人用のトイレの方が幾分大きめの便器が使われていることがわかった。こうしたあたりも非常に大事なことである。エントランスにあるオブジェも陶磁器がライトアップされているものが設置されているが、ここの電気は制御できないようで、自然採光による陶磁器の色は結局わからずじまいであった。

午後茶時間を迎える。10Fグランドクラブに顔を出す。喫茶アイテムを一通り試飲試食する。また夕刻直前には三田任務のため、館内を離れる。往路は銀行経由都営大江戸線、復路は三田東門からタクシー移動してみた。仕事帰りのタクシーは洵に上機嫌となること請け合いだ。所要7分で六本木に帰宅できたのは何よりも僥倖を言わねばなるまい。

いつもは利用することない車寄せ部分にタクシーが到着すると、ベルスタッフのお出迎えを受ける。いつもご苦労樣、と労をねぎらいつつ、エントランスからエレベーター廻りに向かうが、いつも利用する料飲施設も気になっている。あとで声かけしようと思いつつ、部屋に戻った。そして鷹匠湯に浸かってから、今度は夕刻のカクテルタイムを気に掛けつつ、10Fクラブラウンジに顔を出す。西原さん、そして若手スタッフの皆さんが迎えてくれた。いつもの奥の間は取っておいてくれたようで、午後には本来のミーティングルームとしての利用があったようである。奥の間の会場作成(デフォルト復元作業)の途中であったが、そのまま入室していつものテーブル席に腰を落ち着けた。西原さんとはいろいろ話の続きをしつつも、飲食アイテムを各々取りに自分からも出向く。食材アイテムは随意平皿に自分で並べていくが、ドリンクについては、シャンパン、クラフトビール、赤ワインをチョイスする。ここのタイミングでもマネージャー御自ら料飲スタッフ同様のプロ仕様によるサーブを受ける。気分はますます現地渡航のラウンジに居るかのようであった。併せて、「解樹」も銀製ティーポットに作っていただく。此ばかりは心臓のこともあるのでアルコール摂取時には必須となる。

ちょうど奥の間に腰掛けた瞬間にハウスキーピングマネージャーの藤田さんも御挨拶にお見えであった。まさに久闊を叙する格好となった。16F、18Fの水圧や空調設備、ダウンライトの稼働状況、其他、客室内を利用して得た印象などをお伝えした。連休期間ではあるが、客室稼働は落ち着いているという。インバウンドもアングロサクソンゲスト中心に利用されており、殊に家族利用も目立っているのがこの時期の特徴である。普段の平日はやはりビジネスユースが卓越しているが、客層の広範な取込もいつも以上に重要であるとの共通認識を得た。また、カテゴリー8に昇級した殊に伴い、無料宿泊アワードについてもLGLO会員向けには8も使えるよう提言した次第である。

一献傾ける時空は滞在気分を盛り上げてくれると同時に、此までのホテル利用の来し方行く末に想いを馳せることにも繋がっていく。さらに、今夕においては西原さんとこれまでの六本木スタッフによくしていただいた時の話題も共有した。自分自身も仕事柄、ホテル業界に学生を送ってきたが、若手スタッフの離職についてはいつも心を痛める次第である。就職して3年目、4年目あたりがどうも何か境目となっているかなと思っている。マネージャークラスからの叱咤激励といって悪ければ、ソフトな指導といったあたりもOJTではさらなる改善が必要となっているかと愚考するのだが、実際はゲスト対応同様、最終的には「人対人」であるだけに、その当たり所といったあたりにも思いを巡らせる必要があろう。

カクテルタイムのラウンジはいつもながらゲストが殺到することも多く、またアルコールも入ることもあってか、担当スタッフの気苦労も並大抵のことではない。ヴェテランスタッフはこの点、ゲストに対する応用動作は手慣れたものであるが、若手スタッフは飲み手の心理を理解しているとは言い難い側面もちらほら散見することがある。このあたりは、一献傾ける習慣を持っているか否かといった人間的な側面にも想いを馳せていかねばならないであろう。

かくして、カクテルタイムは洵に以て優雅な時空となった。流石に奥の間にまでゲストが入ってくることはなく、ほぼ貸切状態で過ごせてしまったのはまたこれもスタッフの皆様に頭の下がる思いである。

部屋に戻る際には乾き物とバナナとを戴いてエレベーターを上がった。部屋では解樹摂取に留めつつ、やはりアイスクリームが食べたくなったので、ルームサービスに内線を入れると、ちょうど多忙な時間となっているようであったので、自ら隣のウエストウォークにあるローソンまで出向く。このときはフロアが同じ高さではないことに注意したい。アイスを三種類見繕ってまた部屋に戻ってきて味わっていく。リビングのソファーエリアに座ってテレビを観ながら過ごしていると、どことなく自宅で寛いでいるかのようなある種の「錯覚」に陥入してしまった。初めての部屋利用ながら、ここまで馴染むことができたとは!やがて、部屋を真っ暗にして外之夜景をメインに堪能しつつ、iPadで音楽を愉しむこととした。こうした使い方ができるのもまさにスイートルームの醍醐味である。夜景から飛び込んでくる仄かな灯りに時空はまさに過去へと誘われる。これまでのホテル滞在で得た経験、そして昨今の科研費渡航で経験したHKGGH、TPEGHでの夜景堪能経験ともオーバーラップしていく瞬間はこの上もない境地である。そしてここは六本木再開発の象徴とも言えるエリアであることにも想いを馳せていく。戦前は日本陸軍の第一聯隊(赤坂區)、第三聯隊(麻布區)、そして陸軍大學もあってまさに軍隊華やかなりし頃に六本木は賑わったことであろう。そして麹町區には近歩一・二が駐屯していた。今の武道館があるあたりである。

夜の世界は時間軸にこだわらず縦横無尽に想いを馳せることができる。いつしか身体をベッドに横たえて睡眠を取ることとした。自分がいるのは台北か、それとも香港か、はたまた上海か、北京か・・・・・。

早朝にはいつもの時間に目覚めてしまったが、まだ早いのでまたそのままうつらうつらしていると二度寝してしまったようだ。惰眠を貪る至福もまた乙なもの、と自分にいいわけしつつ、6:45には床を離れて、外からの太陽光線を浴びることにする。翌朝は見事な快晴、東京タワーもくっきりと見える。昨日は雨に煙るタワーではあったが・・・・。そして富士山も少し霞がかってはいるが、しっかりと眼前に聳え立っている。非常にブリリアントな朝を迎えることができた。また朝一番の鷹匠湯に浸かる。こればかりは流石東京である。水質についてはやはり日本に軍配が上がるのも宜なるかなであろう。NHKニュースをテレビでチェックするあたりはやはりこれも東京滞在を再確認することとなったが、8時過ぎには朝食のために10Fクラブラウンジに顔を出す。

ちょうど10Fにエレベーターから降り立った瞬間に別のエレベーターからはアシスタントフロントオフィスマネージャーの髙森さんと偶然にも再会を果たした。1Fフロント廻りでお話をして以来、もうだいぶ御無沙汰ではあったが、そこはそれ、非常にフランクな感じでそのままグランドクラブラウンジに一緒に入った。朝の打ち合わせか何かであったろう。

また、西原さんとも挨拶を交わしつつ、いつもの奥の間へと向かう。その間、グランドクラブスタッフもラウンジ運営に忙しそうであったが、また奥の間のいつもの席に陣取って朝食を堪能する。昨日もそうであったが、朝食ながらシャンパンの用意もある。流石に朝なので、ミモザにして貰う。こうしたあたりは、嘗てのJLやCX、または往時のNWのFを思い出す。今となっては離陸前のシャンパン供応は廃止されてしまったが、90年代からしばらくはゲストサービスでも一般的であった。またこうしたところで往時のキャビンクルーとの一コマを思い出している。仕事から解放された日となったので、朝食もいつも以上にフルサービスでお願いしてみた。週末の朝ということもあり、食材の補充もシェフが頻繁に往来を重ねている。シェフにもその都度挨拶を重ねていく。昨今はどのラウンジにも洋食・和食の通常アイテムの他に、朝カレーが準備されている。これもまた愉しみの一つである。味わいはどちらかというと、アングロサクソンの好みとする濃いめでスパイシーな味わいだ。これもまた、以前の空港地上ラウンジや小腹が空いた時のFクラス供応のためのカレーの味わいを思い出す。Fキャビンでは90年代当時ほとんど常客としての軽食アイテムとして麺類やカレーの供応が一般的であった。通常ミール以外にも飲食は充実していたが、昨今は経営合理化で廃止されてしまい残念ではある。

部屋に戻って念の為メールチェックをする。仕事場からのものはなかったので安堵する。少しベッドで横になりつつ、身体を休める。やがてNagomiに行ってみようと思い立ち、水着・バスローブ着用にて階下に下りていく。ゲスト利用はほとんどなく、ロッカールームもプールやジャグジーも理想的な感覚で利用出来た。ここだけは撮影禁止エリアなので画像記録はしていない。非常に伸びやかな時間を過ごすことができた。ロッカールームの奥の間にある浴室は利用したが、サウナは心臓のこともあって見るだけに留めておいた。

御昼過ぎに部屋に戻って再度メールチェックをする。仕事場からのメールは着信していない。ほっとまた胸を撫で下ろす。また暫時部屋で寛ぐ時間とする。ネスプレッソマシーンから珈琲を作るが、これは部屋のアロマ用としてそのままテーブルに置いておく。

鷹匠湯で身体を休めた後に、この日は少し早く午後茶時間を体験したくなり、10Fクラブラウンジに向かう。やはり殊の外、ゲストはそんなに見えていることもなく、飲食アイテムを見繕ってみる。ハンドメイドアイスクリームもあったので、チャレンジしてみたが、また不覚を取った。コーンが欠けてしまい、ヴァニラアイスの中に砕け散ってしまった。仕方なく、若手スタッフにやって貰うことにした。なんとかその場を切り抜けていつもの奥の間で戴くこととしたが、この時間は太陽光線の角度がフルスペックで当たる時間であった。他のエリアは遮光されていたが、奥の間はそのまま太陽を浴びることにして、スタッフと午後茶時間運用の様子を窺うに留めた。

やがて荷物整理もしなくてはならないことに気づき、一旦部屋に戻る。そろそろ出立の準備にも気を向けなければと思い立ち、部屋全体についても再度確認しつつ、荷物のパッキングをしていく。そして会計(チェックアウト)をする時間となり、また10Fクラブラウンジに出向く。このときは若手スタッフ2名常駐であった。幹部級スタッフは部署毎のミーティングかなと推測する。

そして部屋に戻り、荷物を纏めつつ退房する。これまでよくしていただいたことに感謝しつつ、また1Fの料飲マネージャーの伊藤さんにも「お詫び」を入れつつ、後ろ髪引かれる思いで館内を後にしたのであった。ウエストウォークを出てつかの間の戸外の空気を浴びたが、夏日そのものの空気感と同時にGWの週末だなあといった雰囲気に想いを残しつつ、地下鉄駅へと吸い込まれていく。またこの次も機会あらば、東京「渡航滞在」してみたいと思っている。

TYOHR、TYOGHとくれば、次はTYOPHである。以前六本木にて御活躍であったF氏もTYOPHへ転籍されたという。併せて感謝の意味合いも込めて、西新宿三丁目にもいづれの御時にか、宿泊滞在してみたいとも思っている。ハイアットも昭和から平成、そして令和へと時の移ろいと共に変化してはいるが、古き良き雰囲気については「不易流行」両面の価値判断は続けていってほしいと切に願う..やはりいつも思うのは、ホテルにおけるホスピタリティーは最終的には「人対人」である、という理之当然にして無為自然の境地であろう。