早朝出勤も気温との戦いに移行しつつある。わけても強風が吹いているときには寒さは一層感じやすくなる。午前中の仕事を終えた週末、先週賞味した大閘蟹系列のなかでも、麺料理を鍋焼きスタイルで出して戴いたアイディアには脱帽した。どうしてもその味わいが脳裡から離れられず、再び試してみたくなった次第である。
まずは席に落ち着く。今日は曇り空の中を結構歩いた。仕事場から一度中野に出向き、修理された眼鏡を引き取った後は、中野通りを青梅街道の鍋横交差点まで只管歩く。そしてその後は荻窪線で西新宿駅まで乗車、また定宿まで歩くという有様であった。こういうときには冷たい御茶の方が喉を潤すには心地よい。
松本料理長からまずは小菜が供される。本日は中華風カシューナッツに「松本醤(まつもとジャン)」である。この海老の風味がまさに香港滞在中に味わった記憶を刺戟してくれるのだ。定宿の料飲施設で紅瓜子斑を俟っていたあの瞬間に連なる香りが鼻腔を活性化させてくれる。これぞ、香港的な、あまりに香港的なプルースト効果ではなかろうか。
そしてお待ちかねの蟹黄麺、しかも鍋焼きスタイルでの真打ち登場と相成った。濃厚な蟹黄の他に蟹油もさらに添えられてある。そして火傷しないよう注意しつつ舌尖上のカーニバルへといざなわれる。舌先での味わいのみならず、喉元を過ぎる時のあの「回甘」にも似た戻り香というものもポイントとしては外せない。鍋焼きスタイルにすればいつもよりも身体が火照ってくる時間差がほとんどないことに気づく。やはり火加減というか、高温をホール席でもキープ出来るのはこの上ない口福である。麺は鍋底に沈んでいるので最初は蟹黄のみを只管賞味し続けつつ、ときどき松本醤をウエハースのように要所要所で味わう。これを無限ループのように繰り返していくと、昨今の地球温暖化で賞味時期がずれてしまったまさにこの今という時空の価値を玩味できるのだ。
やがて麺が現れてくると、蟹黄もほどよい温度に落ち着く。そこで麺を一気呵成に啜っていく。この第二段階にもまた先程とは異なる口福を体現できるのはありがたい。
そんな口福時間もやがてお開きへと進んでいく。周囲のテーブルには、中国語圏出身とおぼしきゲストの方が日本語で同道した客人と会話しているのが耳に入ってくる。どちらかと言えば、学者先生のような風情を漂わせている。質実剛健な出で立ちの方のようだ。昨今では商業施設ではなかなかお目にかかれないタイプのように見受けられた。
食事後はロビー階の様子を参考までに窺うことにしている。やがて来月になれば定宿としての宿泊滞在も俟っている。昨今は当家事情の関係でなかなか宿泊は叶わないが、宿泊部スタッフの皆様ともまたその暁にはいろいろと意見交換出来たらと念じている次第である。


