ふたりが小屋を出て数分程歩いていると、

月の光を浴びながらうずくまって作業をしている女性を発見する。

トレイズが手に持ったたいまつを掲げると、それに気付いた女性が驚いた様子でこちらに気付いた。

 

「っ」

 

顔に焦りの色を見せながら、手に持っていたものをその場に捨て、

スキの無い身のこなしで後ずさりした。地に足をしっかり据えると、

背中に背負っていた弓を矢をつがえた状態で構える。

 

月と松明に照らされた彼女は、カロルよりも少し暗い銀髪をショートボブで切りそろえた、

褐色の肌と金色の目を持つ美しい女性だった。

ただし、その鋭い瞳孔は縦に開き、さながら猫を彷彿とさせる。

パック老人の瞳とは、まったく違った印象があった。

 

「誰」

 

警戒からか、たいまつの灯火が届くか届かないかの距離まで下がった女性は、

ふたりに向かって鋭く問いかける。

 

「こんばんは。パックさんの娘さん…ですよね?」

 

距離にして約10mほど。

トレイズは松明を持っていない方の掌を前に向けて、

敵意の無い事をアピールしながらつとめて明るく返した。

ぎりぎりと限界まで振り絞られた弓の弦が、少しだけ緩む。

 

「そうだけど」

「俺はトレイズ。パックさんに荷物を届けるついでに、あなたの帰りが遅いので探して来るように言われて来ました」

「…いけない、遅くなってしまった」

 

抑揚のない交易共通語で、彼女が空の方を向く。

夜も更けて来た森の中で、太陽の位置を確認しようとしているのなら、

よほど作業に集中していたのだろう。

ただ、焦った様子は分かるものの、声色も表情もひどく平坦なものだった。

 

「ほら、カロルも名乗りなよ」

 

余所見をする彼女の様子を見て安全と判断し、

カロルに前に出るように促す。

 

「カロルだ」

「どうも、私はエドナ」

 

両者真顔でそう挨拶をかわす。

 

「よろしく、エドナ。パックさんが心配してましたよ、一緒に帰りましょう」

「だめ、もう少しかかる」

 

エドナと名乗った女性は笑顔を向けるトレイズをきっぱり振ると、

ふたりに背を向けながら、先程彼女が取り落とした薬草の束を拾い始めた。

集め終わっても、まだ作業を続けるつもりのようだ。

 

「…あっさり振られてやんの」

「うるさい」

 

さわやかなフリをしたスマイルが張り付いたままのトレイズが

カロルのジト目にそう悪態をついた。

そのまま背中を向けて作業をするエドナにゆっくり近づくと、

彼女の手元をたいまつで照らす。

 

「薬草…ですか?」

「そう、この辺りの薬草はいい薬になるから、貴重」

「この森、あんまり遅くなると狼が出るらしいじゃねーか。危ねえんじゃねえの?」

「心配してくれてありがとう、でも今日は取れた数が少ない。もう少しかかる」

 

指先を緑色に染めながら、かたくなに作業を続ける彼女を見て、

冒険者たちは顔を見合わせた。

カロルが無言のまま首を振っている。

 

「お邪魔でなければ、お手伝いしましょうか」

 

エドナの手元を照らしていたトレイズが、

彼女に目線を会わせてにっこりと言った。

 

「…何故?」

「皆でやった方が早く片付くかと思って」

 

心底怪訝そうな顔をされるが、負けずに食い下がる。

冒険者よりも慣れている場所だろうとはいえ、そんな場所に1人だけ残して手ぶらでは戻れない。

というのが本音だが、あえて言わなかった。

エドナは少しだけ考えるような素振りを見せると、やがてこくんと頷く。

 

「わかった、よろしく」

 

言いながら、彼女の手に握られている薬草を、ふたりに見やすいように掲げてみせた。

 

「こんな感じの、あかちゃんの掌みたいな形の葉っぱ。すぐ分かると思う。葉っぱを傷つけないように摘んで」

 

短く間接な説明のあと、彼女はまた作業に没頭し始めた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

2Dの合計値により獲得出来る薬草の枚数が変化

 

トレイズ@(3・6)9

カロル@(6・6)12

 

ダイスロールのアプリには、初めて見る6ゾロが液晶画面に表示されていた。

 

「ソードワールドでは、数字が大きい程基本的に有利なんだ。ほとんどの判定が2D6、つまり6面ダイスを2つ分振った数字で行う」

「ということは、12は最大値なんだね」

「そう、それ以上が無いって言う程、良い結果が出てるってこと。こういう良い判定を“クリティカル”って呼ぶ」

「おおお、じゃあこの薬草摘みのイベントでは、かなり良い結果が期待出来るわけだね」

「うん、GMとしては悔しいタイミングだけど。逆にサイコロの出目が1と1だった場合」

「最低値だね」

「1ゾロだった場合は逆に“ファンブル”って呼ばれてる。ほとんどの判定では“自動失敗”という扱いになったり、場合によってはペナルティみたいなのが発生する」

「この上ない悲惨な結果が出てる、ってことなんだね」

「そういうこと。でもこの1ゾロは、出すと経験値が貰える」

「経験値?」

「1ゾロ1回につき50点の経験点」

「失敗が糧になっている…だと…」

「まあそういうことだな。だからファンブルが出て何か致命的な判定失敗をやらかしても、悪い事ばっかりじゃないよっていう話」

「へぇえ、まあ今回はこの上なく良い結果が出ているわけですが」

「ちい」

「こらこら」

 

―――――――――――――――――――

 

 

「こんなもんだろ」

 

そう言いながら立ち上がったカロルの両手には、誰よりも多くの薬草が握られていた。

間違いなくエドナの指定通りの薬草であり、丁寧に摘み取ったのか、傷ひとつついていない。

 

「凄いなカロル…」

 

目を丸くするトレイズに、カロルは「はんっ」とわざとらしいドヤ顔で返事をした。

 

 

―――――――――――――――――――

 

トレイズは3枚

カロルは10枚の薬草を発見しました

 

―――――――――――――――――――

 

 

「エドナ、こんな感じでどうかな」

「これなら充分。これでお爺さんの薬が沢山つくれる」

 

無表情で嬉しそうにする器用な彼女を横目に、

「これほぼ俺の手柄だろ、な」と本当に器用なところを見せつけてくれたカロルが

誉め称えるといいよという主張を繰り返していた。

 

野伏としての意外な才能を素直に褒めたい気持ちと、

このあからさまなドヤ顔で挑発を繰り返す態度との間で

複雑な気持ちを抱えながら、結局「すごいすごい」と褒める方を選んでしまうトレイズは、

密かに自分の大人の部分を自分で賞賛してあげることにする。

 

「さて、今度こそ、みんなで仲良く帰りますか」

 

トレイズは手についた土を払いながら立ち上がった。

が、声をかけたはずの二人からの返事はない。

一瞬不思議に思い、彼らと視線を合わせようとするが、

カロルはトレイズよりも遠くの方に鋭い視線を送りながら、

手に入れたばかりの薬草を急いでしまいこんでいた。

 

「待て、…なんかいる」

 

気づけば、エドナも松明の光の届かない茂みの向こう側を睨みつけながら、

弓に矢をつがえていた。

気づいていないのは技能と経験の無いトレイズだけである。

 

「あそこと、…あっちの茂みに狼がいる。気が立ってる。たいまつは地面に置いて、警戒して」

 

トレイズは彼女の言葉に素直に頷くと、松明をその場に置き、バックラーをしっかりと握った。

最後にレイピアを抜きはなち、視線と切っ先を教えてもらった方向に向け、相手の気配を探る。

 

3人が息を殺すように待ち構えていると、

ぐるるるるる…

という唸り声がはっきりと聞こえ始めた。

程なくして、茂みの向こう側から涎を垂らしながら犬歯をむき出しにして威嚇する狼が、

4匹、冒険者たちの前に姿を現した。

 

「ふたりとも、戦える?」

「大丈夫だよ」

「任せろ」

 

エドナの問いかけに、二人は同時に返事をしながら彼女の前に出た。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

魔物知識判定(知名度5弱点10)

 

トレイズ@9+セージ1+知力B3=13

カロル@8

 

トレイズが相手の正体と弱点を見抜いた

 

【ウルフ】

いわゆる“狼”である。

森や草原に生息し、2~5頭で群れていることが多い。

 

弱点:物理ダメージ+2

 

―――――――――――――――――――

 

 

「はっ、お手並み拝見だな」

「せいぜい足引っ張んないように頑張るよ」

「俺が引きつけながら戦う、お前は…」

「何かあったら回復優先だね」

 

二人は視線を狼に向けたまま言った。

戦えるという返事をしたものの、初めての相手と初めての戦闘だ。

獣のわかりやすい殺意と、緊張で、自然と顔が引き締まる。

 

 

―――――――――――――――――――

 

先制判定(目標11)

 

トレイズ@4

エドナ@9

カロル@6+スカウト1+敏捷2=9

 

先制を奪われた

 

【陣営確認】

 

前衛エリア

トレイズ・カロル・ウルフ(A~D)

 

味方後衛エリア

エドナ

 

―――――――――――――――――――

 

唸り声をあげながらウルフたちが一斉に飛びかかってくる。

その勢いと迫力に一瞬気圧される冒険者たちだが、

エドナを後ろへ隠す形で、すぐに回避と防御の姿勢をとった。

 

―――――――――――――――――――

 

●ウルフA@カロルに噛みつき(命中9)

 

カロル@回避判定

出目8+グラップラー2+敏捷B2+ポイントガード1=13(成功)

 

●ウルフB@エドナに噛みつき(命中9)

 

エドナ@回避判定

出目9(成功)

 

●ウルフC@トレイズに噛みつき(命中9)

 

トレイズ@回避判定

出目6+フェンサー1+敏捷B3+バックラー1=11(成功)

 

●ウルフD@エドナに噛みつき(命中9)

 

エドナ@回避判定

出目8(失敗)

 

ダメージ3-防護点3=ダメージ0

 

(全員初のセッションだったので、ルールの見落としがあり、

本来後衛まで抜けられないはずのウルフが味方後衛にいるエドナに襲いかかっていますが、

記録上ここではそのまま記載します。ルールに慣れるまではしばしばそういった部分がでてきます。

弱点である物理ダメージ+2も忘れられている描写が目立ちますが

やはりそのまま記載します)

 

―――――――――――――――――――

 

群で行動する狼たちは、

牙や爪を大きく振りかぶる形で冒険者たちに肉薄した。

カロルはわずかに体を逸らし、なんなく攻撃を避け、

トレイズはバックラーで受け流すように身を守る。

 

2匹の狼に狙われ、攻撃を捌ききれなかったエドナだが、

掠めた牙は彼女の装備していたソフトレザーに阻まれ、

体には届かなかったようだ。

 

「反撃するぞ!」

「応!」

 

乱戦状態の中、素早く体制を立て直す冒険者たちが、

一瞬だけ視線を交わした。

 

―――――――――――――――――――

 

○トレイズ@レイピアでウルフCを攻撃(目標9)

 

命中判定

出目7+フェンサー1+器用B2=10(成功)

 

ダメージ(クリティカル9)

(出目10)5+(出目9)4+(出目5)2+フェンサー1+筋力B3+弱点2=17

 

ウルフC(防護点1)

HP12→-4

@ウルフCは気絶した!

 

○カロル@セスタスでウルフAを攻撃

 

命中判定(目標9)

出目2(1ゾロ) 自動失敗

 

○エドナ@ウルフAにノーマルボウで攻撃(目標9)

 

命中判定

出目6+シューター3+器用B3=12

 

ダメージ(クリティカル10)

(出目10)7+(出目6)4+シューター3+筋力B2+弱点2=18

 

ウルフA(防護点1)

HP12→-5

 

―――――――――――――――――――

 

 

狼の攻撃を受け流したトレイズは、

爪よりも素早くその懐に潜り込み、

流れるような動きで何度も切りつける。

 

田舎の教会で引きこもり、

隠居生活と思われてもおかしくは無い過ごし方をしていた青年の動きでは無かった。

瞬く間に無数の傷をつけられた狼は、自身が飛びかかった時の勢いのまま

頭から地面に倒れこむ。

その迷いの無い動きと普段の彼とのギャップに、

思わずカロルの拳が固まった。

 

「おまっ、うぇえっ…!?」

 

その隙をついて、カロルに差し迫っていた狼が

再び口を大きくあけて飛びつこうとしていたが、

ドスッという鈍い音と共に、こちらも横っ面を地面に打ち付ける形で崩れ落ちる。

その喉笛には、深々と矢が刺さっていた。

 

「カロル、大丈夫?」

「しっかりしろよカロル!」

 

獰猛な狼を一撃でノックアウトさせた二人が、

呆然とするカロルを励ますように心配をしている。

「うるせえ!」と悪態をつきながら、負けじと拳を握り直した。

 

 

―――――――――――――――――――

 

ラウンド2

 

●ウルフB@エドナに噛みつき(命中9)

 

エドナ@回避判定

出目7(失敗)

 

ダメージ10-防護点3=7

エドナHP21→14

 

●ウルフD@エドナに噛みつき(命中9)

 

エドナ@回避判定

出目12(6ゾロ)自動成功

 

 

―――――――――――――――――――

 

味方後衛に侵入した2匹は、前衛で崩れた仲間に一瞥もくれずエドナに襲いかかっていた。

彼らとて、食べるのに必死である。

1匹目の牙がエドナの左腕に突き刺さり、鮮血がわずかに舞う。

 

「…っ!」

 

苦痛で顔を歪め、少しだけたじろぐ彼女だが、迫り来るもう1匹を前に上手く体をよじり、

2匹目との爪の間に1匹目の体を割り込ませ、追撃を免れた。

そのまま力任せに1匹目を振り払う。

 

「エドナ!」

「ごめんなさい、助けて」

 

防御の姿勢をとりつつトレイズの声に冷静に応えるも、

その顔は明らかに焦りの色が出ていた。

両手持ちの弓を構えながら狼の攻撃をかわすのは難しい。

狼たちは間合いを計りながら、エドナという獲物を仕留めようと体制を立て直す。

 

「カロルは挑発攻撃!回復は俺がやる!」

「やってやらぁ!」

 

返事と同時にカロルが2匹の狼に向かって素早く接敵するのを見送りながら、

トレイズは左手の聖印をまっすぐエドナに向かって突き出した。

魔法の発動と同時に質量を持ったマナがトレイズの足元から上空へ抜けて、

わずかに彼の髪を撫ぜていく。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

○カロル@10m後退、ウルフBにセスタスで攻撃

【挑発攻撃】

 

命中判定(目標9)

出目7+2+2+1=12(成功)

 

ダメージ

(出目8)3+2+2+弱点2-2=7

 

追加攻撃命中判定(目標9)

出目8+2+2+1=13(成功)

 

ダメージ

(出目7)2+2+2+弱点2-2=6

 

ウルフB

HP12→1

 

 

○トレイズ@キュアウーンズ(対象エドナ)

MP27→24

※行使判定省略

 

回復量

(出目8)4+2+3=9

 

エドナ

HP14→21(全快)

 

 

○エドナ@ウルフDにノーマルボウで攻撃

 

命中判定(目標9)

出目5+3+3=11(成功)

 

ダメージ

(出目4)2+3+2+弱点2=9

 

ウルフD

HP12→4

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「痛いの痛いの、飛んでいけー!」

 

トレイズがエドナの方へ腕を伸ばし、大きな声で唱えると、

エドナの周りの空気がわずかにマナを帯びながら傷口を癒していった。

流れ出る血液を止め、痛みを取り除いていく優しい風。

 

おおよそ神官などのセリフではあり得ない、

主に民間療法などに用いられるおまじないを唱えていた気がするが、

効果が侮れないので誰も何も言わない。

 

「こっち見やがれぇええ!」

 

一方で、弾かれたような速さで味方後衛まで移動したカロルが、

エドナに傷を負わせた方の狼に思い切り拳を叩き込んでいた。

狼は体重の乗ったパンチをもろに喰らい、意識を保っているのが精一杯といった風に

足元をふらつかせている。

 

傷の消えたエドナは、素早く弓を構えると、

もう1匹に向かって矢を放った。

致命傷にはならないものの、痛みのなくなった彼女の攻撃は正確で、

確実に狼の体力を削る。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

ラウンド3

 

●ウルフB@カロルに噛みつき(命中9)

 

カロル@回避判定

出目8+2+2+1=13(成功)

 

●ウルフD@カロルに噛みつき(命中9)

 

カロル@回避判定

出目6+2+2+1=11(成功)

 

 

―――――――――――――――――――

 

挑発の効果か、声をあげながら派手に殴りかかるカロルに攻撃が集中する。

左右から挟まれる形で狼と対峙しているが、彼は鋭い眼差しを一層ぎらつかせながら、

低い姿勢で軽やかに攻撃をかわしていった。

 

―――――――――――――――――――

 

○カロル@ウルフDにセスタスで攻撃

 

命中判定(目標9)

出目5+2+2+1=10(成功)

 

ダメージ

(出目9)3+2+2+1-2=6

 

ウルフ

HP4→-1

 

○トレイズ@ウルフBにレイピアで攻撃

【魔力撃】

 

命中判定(目標9)

出目10+1+2=13(成功)

 

ダメージ

(出目6)2+1+3+魔力5=11

 

ウルフ

HP1→-10

 

 

―――――――――――――――――――

 

トレイズは、エドナを回復するために溜め込んだマナを、

再び左手に集中させた。

髪を撫ぜていた風が止み、レイピアの細い刀身が左手から伝わるマナで淡く光る。

カロルに並ぶように素早く踏み込むと、

次の瞬間には食べることを諦めていない狼にあっさりとトドメをさしていた。

 

―――――――――――――――――――

 

#戦闘に勝利した

 

―――――――――――――――――――

 

最後の狼も倒れ伏し、

あたりは再び森の静寂に包まれている。

 

トレイズは一度だけレイピアを誰もいない方向へ大きく振ると、

刀身についた狼の血液が弧を描くように地面へ散った。

静かに鞘に戻すと、わずかに金属のぶつかるような音がした。

 

剣を持っていた左手を軽く握ったり開いたりしてみる。

戦うためにマナを纏う感覚を確かめるように2、3度ほど繰り返した。

 

ふと仲間の方を見ると、同じようにカロルとエドナも自分の武器を軽く手入れし、

戦闘の緊張が解けたようにお互いに駆け寄る。

エドナが無表情を貫きつつも、少しだけこわばったような声色でふたりを見比べた。

 

「ふたりとも、怪我ない?」

「ったりめーだ」

「平気だよ。エドナは大丈夫なの?」

「おかげさまで」

 

言いながら、狼に攻撃された箇所をトレイズの方に向けてくる。

そこには痛々しく、服の破れや、牙が肌まで到達した際のエドナの血などの跡が

はっきりと残ってはいたものの、その奥にある肝心のエドナの体には

傷跡ひとつ残ってはいなかった。

 

「おかげで助かった、ありがとう」

 

ぺこり、とエドナが二人に頭を下げた。

初対面では光の届かない場所から警戒の目を向けていた彼女が、

こうして一緒に無事を喜んでいることに思わず顔がほころぶ。

 

カロルとトレイズは一瞬お互いに視線を交わすと、

両方がそんな表情になっていたのを見てしまい、

すぐに気恥ずかしくなって二人ともわざと顔を引き締めた。

 

「いやいや、こちらこそエドナがいてくれて良かった。良い腕だね」

「よくこんな暗くて矢なんか当てられんな」

 

彼らなりの賛辞を送ると、エドナは一瞬物思いにふけるような表情になった。

くちの中だけで、「おじいさんが」と言いかけたように見えたが、

やはり短くありがとう、と返事をするだけにとどまる。

 

そして、我に返ったように一度顔をあげ、

 

「いけない、すっかり遅くなってしまった」

 

今度ははっきり、焦った表情になった。

 

いそいで帰り支度を済ませると、

3人はようやく家路につく。