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「なんかキャラ付けが欲しいよな」

 

くたくたになった仕事の帰り、電車のドア横の手すりによりかかりながら、

私はその文章を見ていた。

 

まだほとんどの情報が作りかけの状態の物語は、

雑談によってその形を作り、大きくなったり小さくなったり

時には削られ、色々な方向に転がされながら、色付いて行くのだった。

それはまるで粘土のように。

けど、アートのために用いられる特殊なやつなんかじゃなく、

もっと安くて、触っていると自分たちの手にもこびり付き、

そこいらじゅうのゴミや埃やらがすぐくっつく上に、

鼻の奥にツンとくるにおいがする、昔図工なんかで触った事があるやつだ。

頭と文字だけの世界ではあるけど、手で触ってこねくりまわして、

形が出来てくるにしたがって、徐々に自分の体温が粘土に移って行く、

そういうもので遊んでいる感覚がした。

ちぎって繋げて皆で手をべたべたにしながら。

 

「“ロールプレイ”自体は、文章だからかなりやりやすいよ。喋るより鍵括弧をつけて喋らせた方が恥ずかしくはないし、まだ始まったばかりなんだからそんなに喋っている感覚はないし…。うん、そのうちこんな奴だーってできてくるんじゃないかな」

「いやなんかさ、せっかく作ったし、こいつら普段どんな事してたんだろーって。朝起きたら最初に歯を磨くのか、さっさと着替えるのかとか、習慣くらいはあるでしょ。進めらんない時間に…仕事中に考えたりとかしてるわけさ」

「“進められない時間”でボカしておくべきだったよ今の台詞」

「愛着が涌いて来るとさー!気になっちゃってさー!」

「生活習慣か…」

 

 

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「今日もハッピーラッキー絶好調ー」

 

起きてすぐ、自分の寝ていた冒険者宿のベッドに腰掛けた状態で、

両の手を指を絡ませる形で合わせ、聖印の痣を左手に宿し、

至極真面目で神妙な顔のまま、トレイズは言い放つ。

聖職者である彼のそれはまごうことなき“神への祈り”であり、

神の庇護下にある信徒にとって祈りとは、

その信仰心を大いなる存在に捧げるための大切な儀式…のようなものであることは、

宗教観の薄いカロルでも分かる事だ。

 

だが、トレイズがその信仰心を啓示するに用いる台詞は

 

「……朝から、何ふざけてんだ?」

 

カロルにそう言わせざるを得ない。

 

「しっ、ちょっと待っといて。今大事なとこなんだから」

 

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トレイズ@ラック

MP27→24

 

【ラック】

幸運の祈りを捧げ、自らの失敗を少なくする加護を受ける。

発動から1日の間、判定で振った2Dを一度だけ振り直すことができる。

ただし、振り直した後の出目を判定に使わなければならない。

1日1回のみ使用可能

 

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「敬虔なるル=ロウド信徒は、祈りによってその幸運を身に宿し、抗えざる運命にすら愛される…はず」

「はず?…なんだそら?」

「まあ、博打の前の願掛けみたいなもんだよ」

 

祈りのポーズを解き、ケロリとした顔で着替えを始めるトレイズは、どうみても“敬虔”とはほど遠い。

いくらカロルに分かりやすいからといって、ギャンブルに例えるのは聖職者の発言としてどうなんだろうか。

という考えが、カロルの顔面に遠慮なく現れる。

 

「いいのか、それで」

「さてね」

 

トレイズはそれだけ言うと、ベッドの脇に置いたブーツに足を入れ、紐をきゅっと結わいた。

そのまま立ち上がると、薄ぼんやりとした光が差し込む、カーテンとその奥のガラス窓を明ける。

窓から見える景色は、やはりうっすらとまだ暗い。

 

時刻は午前4時。

まだ夢心地だった、そしてなかなか起きないからと

トレイズに文字通り叩き起こされたカロルも眠たげな目を擦りながらゆっくり伸びをした。

 

トレイズは朝日が昇る直前の冷たいそよ風を浴びながら、シャツに腕を通し、

硬い革製のベストを脇腹の辺りで合わせ、留め金をかけた後、

昨日と同じ緑色のジャケットを羽織る。

 

「神様っていっても、ル=ロウドの場合は姿形さえ定かじゃないし、これといった禁忌もない。全てが自由で基本は自己責任だ。俺は今まで運命に抗うような生き方なんてしたこと無かったし、魔法で抗った運命が自分の望む結果になる保証も無い。魔法を使った結果、俺にとって“良い運命”になっても“悪い運命”になっても神様のお陰かどうかなんてのは確かめようがない。悪い結果になったとして神のせいにできる事でもない。全てが自己責任だからな。だから、これはただの願掛けなんだ」

 

長々と喋りながら最後に彼の片腕より少し長いくらいの、鞘にきちんと収まったレイピアと、

直径が20~30cmほどの小さな盾を腰から下げた。

小さく「よし」と呟くのがカロルだけに聞こえる。

 

「まるでファッションだな」

「そうかな、それでも願掛けはしちゃうんだから俺ってまだ信仰深い方だと思うんだけど」

 

遅れて支度を始めたはずのカロルだが、トレイズよりも軽装備なので着替えはほぼ同時に終わる。

すっぽりとしたポンチョのようにも見えるフード付きの羽織の下にポイントガードを覗かせ、

手袋をはめ終わった指でトレイズの手を指差した。

 

「形が決まってねぇ割には、その手についてる痣はなんなんだよ」

 

相棒の視線と指の先には、

左手の甲に刻まれている奇妙な模様…トレイズ曰く“聖印”が、

うっすらと彼が聖職者であるという主張を、そして魔法に対してはその発動の補佐をしていた。

 

「ああ…、うーん…実はこれ、まったく身に覚えが無いんだ」

「は?」

 

カロルが聞き返す。

唐突な不思議現象に思わず刺のある聞き返し方になってしまった気がするが、

トレイズはさして気にする様子もなく続ける。

 

「“他の神の印ではない”から、ル=ロウドってことになってる。いつからこれがあったかも、どうやってこんな跡を作ったのかも、さっぱりだよ」

 

カロルは思わずトレイズの左手を取って、聖印をしげしげと眺めた。

そこに印があるという事を知らず一見すると、ただの変な日焼けに見えなくもない

本当にうっすらとした模様だが、そうしてじっと見つめていると

明らかに何かの形を模しているのが分かる。

 

「…鳥…なのか?」

 

頭の無い大きな翼を持つ何かが、

後光を背に両翼を広げているように見える。

 

「“翼”はル=ロウドにとって自由の象徴なんだそうだ」

 

眉間にシワを寄せながら呟くカロルから、ゆっくり手を引っ込めるトレイズだが、

カロルはまだその“ル=ロウドの聖印(?)”に視線を移したままになっていた。

 

「その…両親とかに心配はされなかったのか?」

 

暗に、周りの反応と自分の感想を比較するための材料が欲しかったのだろうが、

 

「…せっかく授かったんなら、祈りなさいって」

 

肩をすくめるトレイズの台詞は、残念ながらカロルにとって欲しい言葉ではない。

 

「うちの両親は信仰心の厚い、本物の聖職者だからね」

「…その本物と偽物の理論には、若干納得しかけてるけどよ。それじゃ、お前はなんなんだよ」

 

視線を左手の甲からようやくトレイズの顔に移したカロルは、

相棒の目をまっすぐに見て、まるでいたずらっ子のような顔でにやりと笑う彼と目が合った。

そして、はっきりと言う。

 

「冒険者さ」

 

 

 

身支度を整えたふたりは、早朝にも関わらずいそいそと働くドリーに、

“ルーサーから”のお弁当を持たせてもらい、街を出た。

オッド山脈の岩肌よりはずっと歩きやすい平原を、一抱えもある壷を交代で持ちながらひたすらに歩き、

地平線にうっすらと森の影を見付けると、そこへ向かってまっすぐ東へ歩みを進める。

日が傾き始め、空が暗くなり始めた頃、ふたりははぐれ森に到着した。

 

太く、大きな木々が好き勝手な場所から空へ向かって高く伸びており、

森の中は外に比べて更に暗い。

大きな木に比例して地面を這うその根もかなりの太さであり。

それによって地面が隆起し、見た目からも歩き辛さを物語っている。

 

「あった」

 

森の入り口と呼べる場所に、ぽつんと白い岩があった。

恐らくこれが、広場で出会った先輩冒険者、テスの言っていた目印であることが推測できる。

カロルが松明をつけ、岩の位置から奥を照らす。

そこからは、広めの獣道が伸びており、現在ふたりのいる白い岩の位置から、

次の白い岩が見えることが確認できた。

 

「行くか」

 

カロルの言葉にトレイズが首を縦に振ると、ふたりは慎重に歩き出した。

 

岩から岩へ伝って歩いて行く。

やがて、少し開けた場所に木で作られた小屋が見えて来た。

窓からは灯りが漏れていて、人の気配がするのが分かる。

玄関と思わしき場所は質素な作りだが、丈夫な作りをしていることが伺えた。

 

思っていた以上にすっかり暗くなった森の中の探索に、

若干の緊張を覚えながら、ふたりは顔を見合わせた。

念のため、そこが依頼にあったパックなる人物の家であるかどうかを判断するのに、

カロルが足跡を調べてみる。

いくつかの足跡があったが、そこに獣らしいものも、亜人などの人外のものもなかった。

 

「とりあえず、訪ねてみるか…?」

「そうだね、…ごめんください!」

 

トレイズが遠慮がちにノックすると、

簡単な返事とともに程なくして中から老人が出て来る。

 

「おや、お客さんかな、どちらから来られたんだね?」

「夜分にすいません、パックさんのお宅でお間違いないでしょうか?」

「いかにも、ワシがパックじゃよ」

 

チューリップハットを被った背の低い老人は、深く皺の刻まれた顔をほころばせながら、

人の良さそうな顔を冒険者たちに向けた。

トレイズが(そしてその後ろに隠れるように立つカロルが)安堵からか

つられて緊張を解いたような顔になる。

 

「“蒼き雷の剣亭”のルーサーさんより、荷物を届けに来ました。代わりに“いつもの”を受け取るように託かってます」

「おお、ルーサーの小僧のところからか、待っていたよ。さあ、ふたりとも中へお入り」

「お邪魔します」

 

招かれた小屋の中はあたたかな灯りで満ちており、

最低限の家具が置いてある。

しかしながら、簡素な小屋に似つかわしくない、頑丈そうな鉄製の大きな棚、

更に奥には、これまた不自然な程大きなキッチンが目についた。

そこからは、甘い匂いが強烈に漂っており、冒険者ふたりの鼻腔を刺激する。

 

トレイズの後ろで成り行きを見守る姿勢だったカロルが、

甘い匂いに誘導されるように前に出る。

 

「わあ、良い匂いですね、何を作っていらっしゃるんです?」

 

カロルでなくても、自然と深呼吸したくなるような空間に、

思わずトレイズの感想が漏れる。

 

「ほっほっほ、これはジャムを作っておるんじゃよ」

 

若人の素直な感想に嬉しそうに笑うパック老人。

その「ジャム」という一言にいち早く反応を示したのは

幸せそうな深呼吸を繰り返すトレイズ…ではなく、

キッチンの奥へ今にも飛んで行きそうなカロルだった。

 

「ジャム!…これはもしかして、木いちごか?」

「ほう、よう分かったね」

 

目が、輝いている。

 

「この強い香りにのった独特の酸味、ひとくちに木いちごといっても種類は様々だが、これはラズベリーか?そのままだと酸っぱいが、普通の苺よりも香り高いから、ジャムやフルーツタルトなんかのスイーツにはもってこいなんだ。ここへ来る途中でも生ってたの見たぜ!」

 

そして別人のように饒舌だ。

誰だお前。

 

「お連れさんはジャムの博士かね?」

「初耳ですが…その認識でいいです」

 

楽しそうに冗談を言うパック老人よりも、トレイズの方がびっくりしていた。

 

 

「お砂糖はどこへ置いておきましょうか?」

「おお、ではこちらへ頼む」

 

キッチンの裏手には、ぐつぐつと煮込まれている大量の木いちごと、

なくなりかけの砂糖の壷が置いてあった。

古い壷の横へ、トレイズは新しい砂糖の壷を置く。

 

ゆったりとした足取りのパック老人は、その様子を見届けてから

 

「よし、じゃあ“いつもの”を用意しなくちゃな」

 

と腕をまくってみせる。

その様子を「よろしくお願いします」という短い返事で返すトレイズは

パック老人の腕に古い無数の傷跡を見付けていた。

それは、明らかに一度についたものではなく、長い時間をかけて幾度となく繰り返されて来た

幾多の戦いによるものだということが想像できる。

既に、ルーサーや、カロル・トレイズのように強く健康的な筋肉はついておらずとも

その歴戦の誇りは決して彼を裏切らず、ここまで生かして来たのだろう。

ルーサーを“小僧”と呼んでいたあたりから薄々は想像していたものの、

砂糖と木いちごに囲まれ、新しい冒険者に孫のような視線を向ける老人に

強い冒険者の面影をみたトレイズは、思わず閉口する。

 

自分は、こんな風に生き残れるのだろうか。

 

「ところでお前さん…」

 

突然トレイズの方を振り返ったパック老人が

少し困ったような、照れたような顔で呼ぶ。

遠い世界からすぐさま引き戻されたトレイズは、首を傾げながら次の言葉を促した。

ところが、老人は何かが奥歯に詰まったように言葉を詰まらせている。

そこで、ようやく自分が名乗っていないとこに気付いたトレイズが、

「あ、失礼しました」と前置きをしてから、自己紹介をした。

 

「俺はトレイズといいます。そっちの甘党はカロルです」

「お、おう、よろしく」

 

まるで初恋の人を遠くから観察する奥手の少女のような位置取りで

キッチンで煮詰まっているジャムを見つめていたカロルが少しだけいつもに調子を戻して挨拶をした。

一度頷いたパック老人がふたりに

 

「そうか、カロル君にトレイズ君か」

 

と繰り返し返事をしたあと、「よう似ておる」と口の中だけで呟いたが、誰にも聞こえなかった。

 

「ふたりとも、ルーサーの小僧に届けてもらう荷物だがね、用意するのに少し時間が掛かるんじゃよ。もし良ければその間に娘を探して来てくれんか?森の中をここから少し北へ進んだところで薬草を取りに行っているはずでの、今日はいささか帰りが遅い」

「それは心配ですね、すぐに探して来ます」

 

即答するトレイズにカロルが少しだけ抗議の目を向ける。

恐らくは愛しのジャム…の味見でも狙っているのだろう…そこから離れたくないと、

はっきりとその意思を読み取ることができた。

 

「行こう、カロル」

 

そしてその抗議を丁寧に全力で無視する。

 

(もしお前が、万が一おこぼれにあずかろうとしているのなら尚更、

この老人の頼みを聞いておいた方が、今後のお前のためになるんじゃないのか?)

 

相手が視線だけの会話を試みて来るので、試しにテレパシーを送ってみた。

伝わっているかどうかは定かではないが、カロルは何か考え込んでいる。

 

「カロル君、夜の森を娘を捜しに行ってもらえたら、明日の朝にでもとびきりのお礼をしよう。きっと気に入って貰えると…」

「もちろんだ、行こうトレイズ」

 

どうやらトレイズのテレパシーを受け取っていたのは相棒ではなく

孫の扱いの上手い老人の方だったらしい。

そんな事を思っているうちにカロルは既に出口の扉に手をかけてトレイズを待っている。

トレイズは少しだけ赤面をしてから、カロルの後を追いかけた。