シナリオ1

 

太陽が真上にくる12時頃、乗り合い馬車に揺られ、

カロルとトレイズはカロルの当初の目的地であるルキスラに辿り着いた。

帝都ルキスラは非常に活気のある街であり、石畳で舗装された道が縦横無尽に走り、

大小様々な建物がところ狭しと並んでいる様は、ふたりのそれぞれの故郷とは似ても似つかないものだ。

 

“ザルツの要塞”帝都ルキスラ

齢28の若い皇帝が治めるザルツ地方最大の勢力を誇る帝国だ。

首都には約8万もの人族が住んでおり、大陸北部に位置する地方の温暖な気候や

四季のはっきりしている過ごしやすい気候によって、地方各所からも多くの人が集まって来る。

人材や資源も豊富で、蛮族襲撃に備えた戦力強化も積極的に行われており、

独自の自警団も存在している、基本的には治安の良い国である。

 

ただし、海を挟んだ北側には蛮族の勢力圏である“北の大陸レーゼルドーン”が存在し、

帝都の西側にもいくつか蛮族が栄えた地域があるため、

他の地域同様、「平和である」とは言えない状況である。

 

そんなルキスラの首都を、半ば彷徨うように移動するふたりは

歩いているうちにちょっとした広場にでた。

まだ街に着いただけなのだが、若干疲れた様子である。

何よりも、どこにいても人が沢山歩いていて、止む事のない川の流れのようで。

常にどこかで人々の喧噪や、鉄や木のぶつかるような、音が耳からは慣れず。

道を訊ねようにも、どうも皆忙しなく、話しかけにくい雰囲気を放っている。

…ように見えた。

少なくとも、田舎出身の、所謂“御上りさん”にとっては。

 

「これは…馬車でダウンするカロルじゃなくても…」

 

トレイズは少しだけ辟易した様子で、

広場のベンチにどっかり座り込むカロルをちらと見た。

馬車の中で既に蒼い顔に涙目になっていたカロルは、

外の空気と休憩場所を見付けた安心感で、今は少しだけ回復していた。

 

「はぁ…」

 

聞いていたのと似たような建物も多く、

首都初心者にとって、尋常じゃなく複雑な道を想い、

トレイズは思わず天井を仰いだ。

建物と言うしがらみに囚われない、

悠々と流れる雲が、急に恨めしく見える。

 

「トレイズ」

 

ふと、カロルの呼ぶ声で振り返る。

切れ長の鋭い目が、自分たちから少し離れた方向、

トレイズからみた背後の方向を見るように促していた。

素直に促されるまま、今度は反対の方向へ顔を向ける。

 

いくつかあるベンチ、ではなく、直接地べたに座り込んだ

ボロボロのマントを羽織る少年がカロルに負けず劣らない鋭い目で

ふたりを見つめているのに気付いた。

 

「ん?もしかして、さっきから見られてた?」

「そうみたいだな。…トレイズ、頼んだ。」

 

一目で何かを察したカロルが、

色んな事をすべてトレイズに放り投げつつも、その隣に並ぶ。

準備万端、という顔をしているが、

もしかしてこれから馬車移動の度にこうやってチャージする時間が必要なのか、

と一瞬だけ考えつつも、トレイズは口には出さなかった。

その代わりに、バッチリ目の合った少年に向かってにこやかに歩み寄る。

 

「こんにちは、この辺に住んでいる子かな?」

「…」

「えっと、少し道を尋ねたいんだけど、いいかな」

 

少年は三白眼でトレイズとカロルをまじまじと見つめ、

値踏みするようにしばらく無言でいたあと、

 

「ハッ…、人にモノを尋ねる時は、言い方ってモンがあるんじゃないのカ?」

 

語尾に少し訛りのある交易共通語でそう言った。

やれやれと言った風に肩をすくめながら立ち上がる。

ふたりの胸の高さに届くか届かないかくらいの少年は、

ニヤと意地悪そうに微笑んでいる。

 

「…おい、答えねえと泣かすぞ」

「やってみよヨ白髪。泣きを見んのはテメェのほうダぞ」

「んだと?ガキの癖に…」

 

カロルが一歩前に出て少年を威嚇している。

顔を近づけながらそうやっていると、

背が高い分まるでこちらがチンピラみたいなのだが(それも田舎の)

少年が立ち上がった瞬間、ボロボロのマントの内側に

小さく鋭い短剣が、抜き身のまま少年の腰にぶら下がっているのが見えた。

 

「まあまあカロル。ごめんね、こいつ目つき悪くて。俺たち、さっき首都に着いたばかりなんだけど、うーんと、………この辺に“蒼き雷の剣亭”という場所、知りませんカー?」

 

語尾を真似てみる。

 

「おいおい、尋ね方ってそういう事じゃ…」

「ハン、そっちのサルよりこっちの兄ちゃんの方がまだ物分かりが良さそうだな」

「はぁ!?」

「やった、通じた!」

 

思わず気の抜けた様子のカロルが小さくガッツポーズを

決めようとしているトレイズの拳を捉えていた。

 

「教えてやってもいいんだがナ…」

 

少年はトレイズに向き直り、

指を2本びっと立てると、Vサインの要領で突きつける。

 

「ピース」

 

腰を軽く曲げて、目線を少年に近づけつつ同じポーズを返すトレイズを

2人分のあきれ顔が返事の変わりに帰って来る。

 

「ボケにしちゃ面白くネーぞ。情報料ダよ、よこしな」

「やっぱそうかよ、話になんねぇ!行こうぜトレイズ」

「待ってよカロル、きっとお小遣いが足りなくて困っている子なんだよ」

「んな可愛い感じの流れじゃなかったろ!」

「情報料20G(ガメル)。払うのか払わねえノか、どっちダ?」

 

既にカロルが背中を向けて歩き始めようとしていた。

その向こうに見えるのは、果てしなく続いてる(ように見える)首都の迷路。

そちらへ向かおうと足を進める相棒と一緒にトレイズは歩く…ことはせず

おもむろに自分の財布の中身を調べた。

 

残り510G。

 

冗談抜きに、彼の全財産である。

トレイズは諦めたようなため息をひとつつくと、

 

「カロル」

 

彼の相棒を呼び止めた。

足を止めたカロルの方を見ず、自分の財布から20G分を取り出す。

 

「俺が出すよ」

「おいおい…いいのかよ」

「(まあ、俺たちが言えることじゃないけど、この子あんまり裕福そうに見えないし)」

「(…お前って、いいカモだよな)」

 

後半は戻って来たカロルだけに聞こえるようにささやいた。

各方面に多少格好つけようとしたことは否めないが、

株を上げるどころか、やっぱり呆れられてしまうのだった。

 

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トレイズ@残金 490G

 

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「まいどアり」

「あいよ。じゃあ、“蒼き雷の剣亭”の場所、よろしくネ」

「…ついてキな」

 

それからふたりは少年の後を追うように広場を後にした。

いくつかの曲がり角を抜け、少し広い通りまで出ると、

石造りで2階建ての、立派な佇まいの大きな店が見えて来る。

 

「ここが、冒険者の宿“蒼き雷の剣亭”ダ」

 

両開きの大きな扉の前で、少年は止まった。

広場からここまで、驚く程、近かった。

あくどい商売だな、とカロルは目で訴えているが、

少年は済ました顔で無視している。

 

「どうもありがとう、気を付けてかえってね」

 

トレイズだけは、対価に見合わない仕事に満足しているようだが。

そんな様子に嫌そうな顔で舌打ちをしながら、

少年がその三白眼をさらに鋭くした。

 

「ひとつ忠告しといてヤる。…あんまりお人好しが過ぎると、後で後悔することになルぜ」

「おいっ、それどういう…」

 

少年に向かって噛み付こうとするカロルが一歩踏み出すのを、

首根っこを掴んでトレイズが止める。

ぐえ、といううめき声に被せるように、

 

「はいはい、ご忠告どうも」

「…フン」

 

カロルを掴んだままのトレイズに、

最後に捨て台詞を吐いたかと思うと、

少年がするすると、それもあっという間に人混みの中に消えた。