売られたショックから立ち直れないトレイズを無視して、

リリアは冷めつつあるミルクをぐいっと飲み干し、

どっかりと深く椅子に座りなおした。

 

「あら、悪い話だけじゃないはずよ。だって、自分では気付いてないかも知れないけど、あんたは磨けば私よりずっと強くなる。腕が磨かれたあんたは、将来的に必ずこの件に必要になってくるって断言できるわ。それに、いざって時にしたい事をするための選択肢は多い方がいいのよ」

「むうう…」

「ま、最後のはセロンの受け売りだけどね」

 

ただし当時、幼いながらも化け物じみた力をもつ彼女に対する「慰め」に使われた言葉だが、

リリアはあえて言わなかった。

 

「セロン兄ちゃんか…どんな人なんだろう。ナイトメアだったんだよね」

「ええ、角は帽子で隠してたけど。あたしたちと同じ黒髪で、身長はあんたと同じか少し高いくらいかな。色白でガリガリだし、非力でもやしよ。10歳のあたしに腕力で負けてたから間違いないわ」

「…ちなみに10歳の姉ちゃんと今の俺が腕相撲したらどっちが勝つと思う?」

「どうだろう、どっこいどっこいじゃない?」

 

(腕力は普通くらい…と)

トレイズは声に出さずに記憶した。

 

「あ、あと、右の掌にアステリアの聖印が書いてあったわ」

「俺のル=ロウドみたいな感じ?」

 

トレイズは自身の左手の甲を机の上に置きながら言った。

そこには、風来神ル=ロウドを象る聖印の痣が薄く刻み込まれている。

両親との信仰と違うそれは、同じ神を崇める姉や、自由を求める冒険者への憧れであり、

しかしそうやって密かな願望を満足させる為の手段であったりもした。

普段両親の手伝いをしている間は、手袋をして隠している。

 

「右掌のアステリアと、手の甲のル=ロウドじゃ、まるで印象が違うかもしれないけどね」

「そうだね、…ますます、人殺しとはかけ離れてる印象の人だよな…」

 

トレイズをル=ロウド信仰へと導いた元凶がミルクのお代わりを要求しながら言った。

最後の方はもはや独り言のように呟きながら、トレイズは注文されるがまま要求に応じる。

 

「分かってるとは思うけど、今の話はカロルには内緒よ」

「当たり前だよ、万が一にでも身内が加害者の立場ならどうするの。俺担保として破綻しちゃうよ?」

「………時々思うけど、あんたの順応さにはほとほと感心するわ…。うん、さすが私の弟ね!」

「そりゃどうも…」

 

話がまとまりかけた頃、

部屋のドアが軽くノックされる音がした。

リリアは短く「どうぞ」と返事をすると、

先程よりも顔色が良くなったカロルがややバツが悪そうに部屋へ入って来る。

 

「悪い、世話かけた」

「気にしないで、これからたっぷり2人で支え合ってく仲じゃない」

 

そういって、カロルにトレイズの隣に座るように促した。

切れ長の目が、ちら、とトレイズの顔を確認すると、

ハの字眉毛だった男とばっちり目が合った。

彼は視線に気付くとやんわり微笑みながら、「お茶入れて来る」と言いつつカロルと入れ違いに席を立つ。

トレイズが立ち上がったことで空いたスペースへ一度椅子を引き、

リリアのナナメ向かいへ、すぐにカロルの分のお茶を入れて戻って来たトレイズが

慣れた手つきでリリアの正面、カロルの隣へ腰を下ろす。

 

「それで、話はまとまったのか?」

「ええ、そりゃもうバッチリね!さっき調度言いくるめに成功したところよ!褒めて良いのよ!むしろ褒めろ!」

 

胸を張ってふんぞり返る姉を無視しながら、トレイズが隣へ手のひらを差し出した。

 

「そんなわけで、今日から相棒させてもらうトレイズです。宜しくカロル」

「ああ、こちらこそ。よろしく頼む、トレイズ」

「カロリン、トレイズはね、こう見えてプリーストの心得があるの。回復手段の無いあんたにはもってこいなのよ」

「リンはいらない…」

 

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トレイズ=シュルツ

 

種族:人間

性別:男

生まれ:冒険者

冒険者レベル:2

 

【技能】

フェンサー:Lv1

プリースト(ル=ロウド):Lv2

セージ:Lv1

 

HP:24

MP:27

生命抵抗:5

精神抵抗:5

 

器用度:16

敏捷度:18

筋力:19

生命力:18

知力:22

精神力:21

 

【戦闘特技】

魔力撃

 

【言語】

交易共通語 会話/読文

汎用蛮族語 会話

 

【装飾品】

武器:レイピア

鎧:ハードレザー

盾:バックラー

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「カロル、当面は実力をつけることになりそうだけど、武器は?」

 

カロルと握手しながら、トレイズは、ほぼ手ぶらの状態のカロルを不思議そうに眺めた。

その視線に「ああ」と一言漏らしてから

 

「剣は使わない。俺の武器は拳だ」

 

顔の前に右手を掲げ、ぐっと握ってみせる。

よく見ると、両手に拳を補強する丈夫そうな指ぬきグローブのようなものを着けていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

カロル

 

種族:人間

性別:男

生まれ:冒険者

冒険者レベル:2

 

【技能】

グラップラー:Lv2

スカウト:Lv1

 

HP:25

MP:16

生命抵抗:5

精神抵抗:4

 

器用度:16

敏捷度:17

筋力:14

生命力:19

知力:10

精神力:16

 

【戦闘特技】

追加攻撃

投げ攻撃

挑発攻撃

 

【言語】

交易共通語 会話/読文

 

【装飾品】

武器:セスタス

鎧:ポイントガード

盾:なし

 

 

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「さあできた、紹介状よ!」

 

いつのまにかしばらく静かだったリリアが握っていたのは、

カロルが持っていたものよりも大分綺麗な便せんだった。

少しだけ煌びやかな装飾がついている。

 

「ルキスラについたら、『蒼き雷の剣亭』のルーサーに渡して。そこを拠点にできるように取りはからってあげる」

 

冒険者たちは基本、拠点となる冒険者の宿に席を置き、

仕事の斡旋をしてもらうものらしい。

件のルーサーについては、昔リリアが初心者冒険者だったころ、

主に住や食といった部分で大変世話になったとか、世話してやったとか。

(8割自慢話が入ってなかなか進まないが、時々連絡を取る知り合いであることは分かった)

 

ルキスラはここディザから1日北上した場所にあり、

商人や冒険者が行き交う街道を徒歩で、比較的安全に移動できる距離にある。

お膳立ては済んだから、あとはふたり仲良く冒険しなさいな、とリリアは楽しそうに笑った。

ルーサーという名に、懐かしそうに目を細めている、ようにも見える。

ふたりは何気なく、その紹介状に目を落とした。

 

【紹介状】

「この子たち、私の弟分だからよろしく!

追伸:いつぞやのツケはこの子らが返済するから心配しないでね(ハート)」

 

「じゃあ、あたしそろそろ行くから!」

 

カロルとトレイズが仲良く紙面を確認し終えた頃には、

リリアは小屋を飛び出し、ここまでの道中で散々乗り回していた魔道バイク

“ブラックホーク”に再び飛び乗っていた。

光る車体に、「ぶるるるん」をいななく音が耳に障る。

 

「ね、姉ちゃん、この“ツケ”って何!いくらツケたの!」

 

室内からいななきに負けないように大きな声を出すトレイズをよそに、

リリアは余裕かつ不敵に返すのだった。

 

「ちょっと言えない程度よ」

 

そして容赦なくバイクを発車させる。

ぶるるるるるると鼓膜を刺激する音を撒き散らし、

瞬く間にブラックホークは見えなくなった。

 

「あっ、こら!」

 

咎める暇もなく、

聞く耳を持たず、

理不尽に輪をかけて自由奔放な姉が再び見えなくなる。

 

「…」

 

トレイズは、カロルの横であからさまに肩を落とした。

 

「じゃあ、行こうか、…借金返しに」

「借金の方にまで俺を巻き込むな」

 

かくして、ふたりの冒険は始まったのだった。