先日出演したYouTubeチャンネル『ユクサオ』で

モーツァルト初演に出演した頃の話をしたことを知り

あの当時、どれだけ心を痛めて

どれだけ涙を流したのだろうかと思い

何とも言えない感情が込み上げて来て

喉元が熱くなりました

 

本当にジュンスさんやファンの

努力や頑張りの積み重ねで

今があると言う事あらためて感じました^^

 

韓国記事より(翻訳機使用)

 

 

'公演を続けながら老いていきたい'···キム·ジュンス

ミュージカルスタート→所属事務所設立に真心
イ·スヒョン記者承認2024.05.02 11:38
 

(トップスターニュースのイ·スヒョン記者)

歌手兼ミュージカル俳優のキム·ジュンスが

ミュージカルの開始契機と会社設立の理由を話した。

1日のユーチューブチャンネル「ユクサオ」には

「他の修飾語が必要でしょうか? この方がいらっしゃいました

ㅣ称賛地獄 EP.12キム·ジュンス

ㅣパク·ミソンキム·ホヨン」映像が掲載された。

該当映像でキム·ジュンスはパームツリーアイランドを

設立した理由について「一人立ちを決めて出てきたが

親しかった同僚たち、ミュージカル俳優の方々の中に

ちょうど会社がない方々がかなりいらっしゃった。 

(同僚たちが)『会社したなら行くよ』

というふうに」と話した。

パク·ミソンが

「どうやってミュージカルをしようと思ったのか」と尋ねると

キム·ジュンスは「その時は私もまたすごく途方に暮れた。 

どうやって始めるべきか途方に暮れていた」と口を開いた。

続いてミュージカル「モーツァルト」の

キャスティング提案が来たとし「最初は断った。 

なぜなら私が今までよくやってきたアルバム

または歌手としての活動さえも

「どうやって私がうまくできるだろうか?」

このような色々な負担と心配、気がかりが

いっぱいだったが今までやってもみなかった

新しいジャンルでまたデビューするのだ。 

そんなスタートが怖かった」と打ち明けた。

彼は「そして新しく始まるこの時期に

負担が大きくて感謝するが

申し訳ないと断った」と伝えた。

拒絶にも関係者が一度だけ会おうと言ったとし

「拒絶してもとても感謝して顔を見て

拒絶をしなければならないという気持ちで出て行った。 

断ったが(関係者が)やらなくてもいいから

一度だけ聞いてほしいと歌詞とCDをくれた」と

当時の状況を話した。

キム·ジュンスは台本を見なかったとし

「ただ机に置いて約1~2週間経ったかな? 

することがあまりにもないのに、その台本が見えた。 

CDを流して歌詞と台本を見た。 

「黄金の星」という歌の歌詞を見ながら

音楽を聞いていると、突然涙が出た。 

あの日、あまりにも泣いた記憶がある」と話した。

それと共に「私の立場を表現しにくく

私がなぜそのような選択をしたのかについて

言葉で表現できなかったが、その歌詞を見ると

『そう、私はこの理由のために出てきたのだ』

(という気がした)」と付け加えた。

キム·ジュンスは「うまくやり遂げられなくても

このナンバー、この演技、モーツァルトの配役を通じて

このセリフをやりたかった。 私が言いたかった話だった」と

ミュージカルの開始理由を明らかにした。

また「ミュージカルを始めた時は

それなりに歌手の方から歌が上手だという話を聞いて

そんな気持ちで来たが、練習初日から

『私はこれをどうしてやると言ったんだろう』と思った」

と言って笑いを誘った。

彼は初公演をした日、とても覚えている」として

「心臓が口の外に出てくると思った」と当時を回想した。

続けて「前に5万人の前で東京ドーム公演をしていたので

そのようなことがあまりにも慣れているのに

その時の震えは天地の差だ」として

「私一人でするコンサートならば

私がミスをした瞬間、私だけが被害を受ければ良いのに

私によって他の俳優、この作品自体が

被害を受けるのではないかという心配」をしたと明らかにした。

この日、ジュンスは音楽的な悩みがあるかという質問に

「音楽的な悩みというより歌手であれ

ミュージカルであれ、今受けている愛を

ずっと10年後にも20年後にも受けるという保障もなく

それを望まないが、それでも益々小さい公演場になるかもしれないが

ずっと公演をしながら老いていきたい」と答えた。

1986年生まれで満37歳のキム・ジュンスは

03年、SMエンターテインメント所属グループ

「東方神起」でデビューした。

現在はミュージカル俳優、歌手として活動している。

[出典|Topstarnews]