マリッカー夫人はコーサラ国パセーナディ王の妃です。その出自について諸説ありますが、高い身分の家柄ではなかったようです。王はマリッカーの美しさと賢さにひかれ王妃にしました。マリッカー夫人の賢明な判断は王が政治を行う上で助けとなることが少なくありませんでした。



ある月の美しい夜、二人は城の高い塔で月見をしていました。青い月の光を浴びながら、美しく賢い夫人に満足していた王が尋ねました。



「お前がこの世で一番愛しく思うものは何か」
王の質問は「王さま、あなたです」という答えを期待してのことでした。想い惑うような様子の夫人は直ぐに答えませんでした。王は返答がないことに苛立ち同じ質問で迫りました。

やっと夫人が口を開きました。
「王さま、この世で一番愛しいものは私自身でございます」
期待を外された王は耳を疑い、再び同じ質問を繰り返しました。
「王さま、この世で一番愛しいものは私自身でございます」

二回目の返事は確信に満ちていました。そして王に尋ねました。
「では、王さま、あなたにとりこの世で一番愛しいものは何ですか」
「無論、自分じゃ」王は少し慌てたように答えました。
しかし、低い身分から妃に取り立ててやった王は心中穏やかでないものがありました。



翌日、師事していた釈尊のところへ行き、状況を訴えました。


釈尊は夫人の答えが正しいことをお認めになり、言われました。



「誰もそれぞれ自分が愛しい。自分が愛しいゆえに、他人を害してはならない」