父と激しく言い争ったのが土曜日
翌週の月曜は母の通院だったので
日を置かずにまた実家に行かなくてはならない。
朝はちょうど直通の電車がある。
それに乗っていけば30分程で実家のある駅に着く。
車だと1時間はかかるのに、電車って本当に凄いな。
私は全然電車に興味のある人ではなかったが
実家に通うようになって
この行きの電車が唯一の癒しになった。
誰にも邪魔されず
ただぼんやりと、目をつぶって座っているだけで
冷房も効いていて、
(自分の家では基本冷房は入れさせてもらえないし)
平日の朝の下り電車なのでボックス席に
自分一人で乗車から目的地まで行けることもある。
もし自分で運転して行くなら
ずっと気を張っていないといけないし
ただぼんやりと涼しい車内でくつろいでいるだけで
私を連れてってくれる電車に
本当に毎回「ありがとう、電車」って思う。
本当にこの30分だけが心休まる
自分だけの時間だ。
それと同時に
「もう着いちゃうの?まだ着かないで欲しい。
私を実家なんかじゃなく、
どこか心弾むどこかへ連れてって欲しい。
ずっと電車に乗って降りたくない」
目的地が近づくにつれて毎回そう思う。
駅から実家までは徒歩で20分強
近い方なのかもしれないが
9月になってもまだ暑いので
実家に着く頃にはもう疲れてしまう。
あいかわらず父は私を避けているし
私も父を避けている。
この態度からして、父はまだ
2日前の事にわだかまりをもっているのだろう。
当然だ。
私だってそうだ。
この日はすぐ出発の時間だったし
母の持ち物だけ確認して
もうタクシーが来た。
前回見た時
新しい何も書いていないおくすり手帳しか入っていなかったので
その前のおくすり手帳も入れておいたのに
母が出してしまったそうだ。
「古いのはもういらないから」
そういう気は回るみたいだ。
あいかわらず薬は飲んでいなかった。
母はなんだか本当に子どもに戻ったように見える。
「おなか空いてないから食べられない」とか言ってても
「今食べないと食べるときないよ」と
午前中の検査が終わって、
午後の診察予定までの間に
二人で初めて病院の外来食堂でお昼を食べた。
「うどんなんて何年ぶり!おいしい、おいしい」と食べてる。
ですぐに「なんかおなかすいちゃったね」って。
前回の受診のときもそうだった。
「おなかすいた?おうちに帰ってから食べようね」と言うと
「うーん」
でまたすぐ、「なんかおなかすいちゃったね」。
今日、新しい治療を始めるからと
先生の説明のあとに
もっと詳しい説明を薬剤師さんから受け
副作用の説明を聞いたら怖くなってしまったみたいで
嫌がりはじめた。
病院も患者の同意が取れないと無理やり始めることはないそうなので
優しく説明してくれるが
本当に子どもみたいにいやがって
薬剤師さんが「歩けなくなっちゃったりしたらね」と言ったら
母がいすに座ったまま足をバタバタさせて
私は歩けますアピールしてて
なんだかかわいく思えた。
今日の医師の説明によっては
もしかしたら手術、入院という可能性もあった。
だから私は「今日はすごくドキドキしてきたよ」と言ったら
母は「へえ、そうなの」なんて言ってるし
なんでも忘れてしまうっていうのは
夫の言うように幸せなことなのかもしれない。
かと思えば「ゆうちゃんにこんなにしてもらって
ゆうちゃんばっかり、とんだ貧乏くじだね。
ゆうちゃんが歳とったときにはお母さんは何もしてあげられないからね。
ゆうちゃんに恩返しができない」
なんて言ったりする。
母が「お父さん、ゆうちゃんを恐れてるよ。
ゆうちゃんに怒られるって言ってた」
って言うから
まさかたった2日前のあの父との言い争いの事を
忘れてしまったのかと思い、会話を再現したら
「お父さんがそんなこと言う訳ない!」と心底驚いた様子だったので
私「覚えてないの?」
母「全然覚えてない」って。
たった2日前の
あんなインパクトある出来事すら忘れてしまうのか!
母「お父さん、ゆうちゃんだってわからなかったんじゃない?」
私「わかってたよ、『いつからこんな娘になった!』って言ってたもん。」
母「男の人ってそうじゃない。
娘に落ちぶれた姿を見せたくなくて、虚勢を張ったんだよ。
お父さん時々へんなこと言うのよ。
お父さんが何かへんなことを言っても気にしないでいてあげて」
私「そう思って流すと、そういうことには敏感だから
『なんだその態度は』ってまた怒るし」
母はこうやって父と接しているのかもしれない。
母と二人で検査が終わって、診察までの間に病院でお昼を食べてるとき
色んな話をした。
母の母の話になって
昔のことは鮮明に覚えてるので
母の母は自分の家というのがなく
というか借家に母の兄と暮らしていたが
母の兄がなんというか
一切の責任を放棄している人で
母と母の弟の家で
3ヶ月くらいずつ交代で祖母の世話をしていた。
祖母は3ヶ月ごとに
私の実家と母の弟の家を身一つで移動していたのだが
以前私に一度
「みんなに迷惑かけて、早く死にたい」と言ったことがあり
私は急いで否定しなくてはと思って
「おばあちゃんは、今までずっとみんなのために色々してくれたんだから
そんなこと思わなくていいんだよ。
大いばりでいたらいいんだよ」
なんて、本当にトンチンカンなことを口走ってしまい
祖母は「大いばりなんてできないよ」と答えた。
私はこれがずっとずっと心残りだ。
祖母を安心させてあげることが言えなかったこと。
祖母が遠慮せずに、自然に暮らせるようにしてあげられなかったこと。
この話をしたら
母「おかあさん(母の母だから)は、幸せだった時期なんてあるのかな。
苦労しかしてない。
(祖父が戦死したので)ずっと一人で子供3人育てて
肩身の狭い思いして、誰かの家に住まわせてもらったり
ずっと気を遣って生きてた。
だから人に迷惑をかけることを一番気にしていたんだ。ずっと昔から。」
母「あんないいお母さんはいない」
私「おばあちゃんは立派な人だったね」って話したりもした。
で、さっきの父との言い争いの話で
私「(私の夫が)『ゆうちゃん頑張ってるよね』って言ってくれたよ、
私が一生懸命考えて、あれこれ色んな手を尽くして、
色んな手配をしても結局(両親)二人に猛反発されて、
またキャンセルの手配して、
その上に父にあんな風に言われて
かわいそうになったんじゃない?
しばらく来るのやめようって言ってくれたんだ。
だから今日は同行するけど、もう関わらないからね」
母「関わるからこうやって一緒にお昼も食べれるのに」
私「関わるから、色々心配になるし、最悪な事態にならないように
その前に色々やれることをやってあげようと
色々考えたり、手配すればするほど、二人(両親)には嫌がられるし」
母「優しさからなのにね」
私「妹みたいに関わらなければ何も知らなくて済むから、何もしようとも思わないし
心配もしないし、
いくら仏のゆうちゃんでもあれはもう無理だったから」
でも母はこれからも毎回私が病院に付き添ってくれると思ってる。
それに本当によく今まで一人で来れてたなと思う。
今日みたいに大事な決断をしなければならない時
判断能力のない患者が一人で来たらどうなるんだろう。
母は治験を始めることになった。
というか、私はそれが良いと思ったからだけど
もし母が一人で来てたらどうなっていたのかなと思った。