ギヤングウス、おもひでのまあにい、ハラダンゴさんに聞くいろんな事情のお子さんらの話、明日ママ、くらいだけど、最近引っ掛かる共通項、アンチ家族愛
アルバァト氏の人生とゆう映画を観た。ネタバレあります。アル氏とペイジ氏をみていて、愛するということを知っているかいないかで、人生は大分違うなあと思った。ペイジ氏、素敵なひとだったなあ。仕事内容が似ているのもあって、日の名残を思い出す。不器用すぎて、痛すぎるアル氏にすごく共感したので、最終的にハッピーになってもらいたかった。この手の奥ゆかしいひとに、幸せになる権利はないのか…夢見させてくれ、映画よ…
ドア越しに好きなヒトに声をかけてもらえたことが幸せのマックスだなんて、ささやかすぎる。愛し愛され方を学ぶ機会がなくて知らなかったひとの末路として、ただただ切ない。。写真からつながるラストの流れは、よかったと思う。ただ、アル氏の浮かばれなさも際立つ…見終わって、お酒呑んで憂さややりきれなさを晴らしたくなる。お酒のまないのに、そう思わされる映画だった
これもまたアンチ家族愛のアンテナが呼んだ作品だったか。私が家族愛目線で見てしまっただけなのか?他のひとの感想を聞いてみたい
女子をこじらせてって本を読んだ。こじらせを勘違いしていたことを知った。女であることをこうゆう視点で考えているひとがいたことに驚いた。誰にも言ってないような共感できるところもあれば、全くついていけない部分、理解できない部分もあったから、途中呻いた。でも、最後まで読んで、作者がそれすら承知で、自分の経験や反省を参考にこじらせずにいってほしい、とエールを送ってくれていることと、勇気ある赤裸々描写ぶりに心から感謝の拍手を送ります
私は女であることより、自分でいたいとゆう気持ちが小さい頃から強くあるからか、作者のようには女を悩んできてない…それはそれで深刻なのかもと思わされた。そんな風に自分の性別を意識させられたのも、初めてだ
私も小さい頃、まみ、って名前に憧れていたことも思い出した。まみ、とゆう名前の素敵なキャラクターが当時たくさんいたからという理由も一緒だった。懐かしい気持ち
昨日、専門の方に、詳しい検査してないから断言はできないけど、発達ショーガイの可能性は低い、と言われてきた
自分の努力や工夫や忍耐の足りないせいで、要領悪くてなんでも不器用で、他人の話や説明が理解できないと頭が真っ白になりパニックになるってことで、もし診断されてもされなくとも、生きにくいことに変わりはなかったんだとしった
お話の流れの中で、幼少の頃のことや家族のことを聞かれ、話したらちょっと不穏な空気になった。ひかれたとゆうか。私依りの話し方すぎたのかもと、東京で出会ったひとびとにカルチャーショックを受けたことや、家族の負の話を共有してくれるなおさんの存在があることを話したら、安心されていた。精神的な支えになってくれるひとがいることは、かなり大切らしい
父に言われたことを別解釈してくださり、そんな捉え方もできたのか、と新しい視野ができた
色々わかっても、結局解決はしない。。過去の傷跡は、未来の希望にはならない。覚悟のない小心な弱い心とめんどくさがりの怠けた心をもったまま、行き当たりばったりでなにかを期待して探して素直に傷ついて泣きじゃくって癇癪起こしていくしかない
そして、たまになにかにうっとり感動させてもらったりして、ささやかに生きてこう。あ、こないだぐるぐるで欲は小さくしすぎちゃ、パワーがでなくなると言われたから、小強欲気味で
うっとりといえば、なんで食べ物文章がこんなに好きなんだろう?たまらん気持ちになれる
感受性って、なんのためにあるんだろうなあ。考えたって、しょうがないことか

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