取材の裏事情が興味ぶかかった。
全体を通してよむと、真実というより、作者が主に母への取材から得た家族の情報を想像力でつないで出来た、この事件の原因の仮説。タイトルに想いが込められている。ここまで直感と主観で動けるのがすごいな、と冷ややかに読むことも出来るし、自然と事件への好奇心や犯人への強い怒りが沸く姿や、母親に言いすぎたと後悔したりもする作者に、マスコミの人も人間だったんだなあと思い出させてもらったり
親の愛や優しさが蓄積して子供が事件を起こすなんて、まさか親は考えないから無条件に庇いたい。無意識の中に、育てた自分が間違っていたと認めたくない気持ちもありそう。家族ではない他人としては、事件を肯定するようなまねは理解できないから、罵倒したい気持ちになる。いろんな立場の人の気持ちになることが疲れるから、重大な事件は起こってほしくない。
この事件は警察にもすごく腹が立つけど、女の子が奇跡的に生きて戻ってこれたことだけが救い。これから一生、辛い目に遭わないで、毎日幸せになってほしい
この家族を外から見て感じる違和感から、作者は母親に取材を進めていくのだけど、違和感は作者の感覚なのか、社会一般の共通な感覚なのかよくわからなかった
たとえば、小中通して、友達や親友と呼べるものがほとんどいないことが恐ろしいことだ、と書いてあるところを読んだ時、え、恐ろしい?そんなに重要事項?じゃ私も犯罪者の素養あるやとどきっとした。父親を見下していたとか、母親に甘やかされたとか、現実と向き合った途端に善悪の区別も含めて思考停止とか、独善的な結論を繰り返して現実世界から遠ざかるとか、私と犯人は被るようなところたくさんあるかもと、強く言い切られる文章に、しゅんとした。
でも、決定的に犯人と私が違う点は、裕福ではなかったので親にたかることをしなかったことで、そのお陰で私は今シャバの空気を吸えているのかもしれない。そう考えると、貧乏は恥ずかしいことじゃない、私は貧乏だからよかったんだ、貧乏をありがとう!と思えてきた
そうなると、私の親孝行は、凶悪事件を起こさないで、ずっと迷惑かけないでいること。孫の顔見せは無理でも、こっちはがんばれる
この本を読んでこんな感想って、いかがなものか。自己中だわ
古米じゃないはずなのに古米のような玄米がどうしても食べきれなくて、近所に精米機がないかダメ元で探したら、意外にもすごく近所にあって、喜び勇んで鼻息荒く部屋を飛び出した
5キロなかったから、割高になったけど、初精米機体験、頼もしくて面白かった。終わってから、アメリのように手を入れてみたら、むきたての米はほんのりあたたかかった。これで多少は美味しく炊ける
調べものは、ご近所さんよりインターネットだなあ。お陰で私でも都会で一人で暮らしていけるけど、人からもらうネタって、正確さに欠けても共有できるのが楽しい。今のところ、トラブルが発生しないと近所付き合いがないし、それもその場かぎり。袖触れ合ったのに他生の縁が育たないのはさびしいけど、それが現代上京独り者たちの常。おばあちゃんになったら、市役所の人、仲良くしてくれるかなあ?

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