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『死んでも終わらん』
働く意欲も気力も無くした無精髭の、痩せた中年男が車の中でただボーっとしている。
白いスプリンター・セダン、14年目の車検が来年7月にやって来る。
空は灰色の冬雲が覆い隠し、時折り太陽の光りが眩しく覗いては、又すぐ消える。
平成12年11月23日午後3時。
午後5時頃にはもう日没が始まる。
木枯らし吹き、早めの冬景色の中、大川 河川沿いに桜並木の車道が延々と続く、その上流の堤防駐車場に、その車は静止していた。
〇〇県、〇〇市郊外の工業団地裏。
工場労働者達のレクリエーション用だろうか、草野球のグランドみたいな空き地が見える。
私服に着替えた高校生らしき男女達が自転車で、二人、三人、やがて五人ほど集まって来た。
二人喫煙の後、スケボ-やボ-ル遊びをしながら恋談話か今後の進路談議でもしてるのだろうか・・・
彼にもあんな時代が有った、確かに有った、希望の時代が。しかし彼は、今すぐ死にたい!と願うリストラ中年の一人であった。
彼の名前は岩崎伸二46歳、表面は温厚で静かなお人よし、内面は神経質で優柔不断な、バツ2の独身中年逸れ者である。
29歳で一度結婚し、その三ヶ月後にスピード離婚!家業の飲食店の後を継ぐ事も諦め、又放浪の旅をするも情けなくなり、ここらで人生変えてみようかと35歳の冬の事、〇〇市郊外のホテルへ入社した。
これまでにも彼には波瀾万丈の人生が有った、しかし死にたい!なんて考える程の事は多分なかった・・・
さて、心機一転!新たな気持ちでサラリーマン生活。
元来調理師しか経験のない彼だったが、配属を受け仕入管理課と業務育成管理課の役務に就いた、兼務である。
これまでの借金を返済しながら、細く永く地道に生きて行こう!と心に決めて、ゆっくりと穏やかな生活を送るつもりの再出発でした
〇〇市、山の手の小高き丘の上に静かに佇むホテル。
大川の最上流に〇〇橋と言う赤い橋在り、傍らに神社、山野辺には絶景のゴルフ場、
山は〇〇山『〇〇温泉』からの流れ川と〇〇山ダムから流れ来る、山谷の川のせせらぎに、春は鯉の吹き流し、夏には花火大会・灯籠流し等、風光明媚な立地である。
仕事も熟して35歳の夏、
高校生の塚原早紀が〇〇県の〇〇市からやって来た。夏休みの間、住込みのアルバイトである。
父子家庭で二人住まいだが、父親の文太がDrug常習者で暴力が多く、この夏休みに逃げ出して来たと言う。
また、その文太から逃げて来た愛人純子が、ホテルの総務課に勤務していた。
しかし早紀はこの愛人を特に頼って来た訳では無く、母親面する純子を疎ましくも思っていた。
早紀は遣り場の無い心境を持て余すかの様に、無謀に働き無謀に遊ぶ17歳だった。
純子が批判し注意をするあらゆる不良行為を早紀は毎晩強行していた様だった。
総務課と管理課(経理と仕入)と言う事もあり、純子から相談を持ち掛けられた伸二は、男と女の違いは有れど自分の境遇と似たものを感じ、早紀の相談役を引き受ける事にした。
伸二は母子家庭で兄二人は離婚した父親の籍へ、
早紀は父子家庭で姉二人は離婚した母親の籍へ、
勿論伸二の母親にも愛人がいる。
しかし17歳の早紀には父親の愛人としても許せないでいる純子の、
私が早紀の母親でございます!のその態度や意見が死ぬ程嫌いでたまらなかった。
早紀は純子の、ホテルの寮に同居したが、早紀は殆ど寮で寝泊まりする事がなかった。
夏休みも終る頃、純子はホテルを退社し市内にアパートを借り寮を出て行った。
彼女も又、文太のDrugや暴力に苦しみ悩んでいたのかもしれない、しかし別れる事の出来ない女の性を伸二は見ていた・・・
同じ寮住まいの伸二は、度々相談事に訪れる純子にプロポーズした事があったのだ。
夏休みの間ホテルのプールが一般客にも有料開放される為、アルバイト要員が補強される。
造波プールやスライダープールは子供達に好評で、チャペルガ-デンのBBQコ-ナ-も9月まで営業を続けアルバイトの数も多い。
そんな仲間達と早紀は働き夜遊びもする中で、南君と言う高校三年生のボ-イフレンドが出来た。
早紀は母親似なのか端正な顔立ちで、年齢よりも大人の女に見えた。
境遇が産んだ宝石みたいで、その美形は大人になる程磨かれて行く原石の様にも思えた。
伸二は、こんな娘を抱いてみたかった?なんて気弱だった昔の自分を嘆いてみたり言い訳したり、
昔に戻れたら・・・等と苦笑いしながら早紀を見ていた、又見ていられる事が楽しかった。
南君は背が高く色白の細身でジャニーズ系のイイ男でお似合いのカップルだ、
純子が去った後の寮室で二人は毎夜遅くまで若い恋を育んでいた。
彼が来なかったり帰宅した後、孤独な夜に耐えられないのか早紀は伸二の寮室へ度々訪れる様になった。
つづく・・・