大人として | 今日も、子どもたちと。

今日も、子どもたちと。

学童での出来事や我が子の話などを、思いつくままに書いていこうと思います。

 

学校でも家でも見せれない姿を見せる子どもたち。

 

 

「それは学校でもしてるん?家でも同じようにしてるん?」

 

「するわけないやん」

 

「何で?」

 

「怒られるから」

 

「じゃあ、学校でも家でもしないことを、ここではしても

いいの?」

 

「・・・・・」

 

 

こういうやり取りが、夏休みの間にたくさんありました。

 

 

学校でも家でもできない。

 

でも、学童ではやってもいい。

 

 

 

自分を出せる場所、素の自分で居られる場所。

 

 

ことばは綺麗だけど、もしその自分を出すことで、周りの

人の迷惑になったら?

 

友だちが我慢することになったら?

 

 

自分だけなら、素の自分や普段出せない自分を出してもいいと

思います。

 

けれども、集団生活の中で出して、他の人が我慢をしないと

いけなくなるのはどうなのか?と疑問に思います。

 

 

 

子どもだから、仕方ない。

 

大人になったら解ることだから。

 

その通りだと思います。

 

でも、大人になってからでは遅いこともある。

 

 

集団生活って、社会性を身につける場所でもあると、

私は思います。

 

自分の行動で、周りが嫌な想いをしていないか?

こうやったら、相手はどんな気持ちになるか?

どうすれば、みんなが居心地よく過ごせるか?

 

 

 

今、子どもたちを見ていて、自分さえよければいい。

という考え方がとても多いと感じます。

 

「あ、これ落ちてるし拾っておこう」と思える子が少ないです。

 

「自分が落としたんじゃないから、拾わなくてもいいや」と

思う子が大半です。

 

 

そういう場面で、「拾っておこう」と思える子どもたちに

なって欲しいと、私は思います。

 

誰かを思いやれる気持ちを持てる子ども。

 

大丈夫かな?と友だちを気遣える子ども。

 

 

 

そんな子どもに育って欲しいと切に願います。

 

それにはまず、大人がそういう姿を子どもに見せること。

 

人を気遣える、人に優しくすることが当たり前の姿を

見せること。

 

これが、今の私にできることだろうと思います。

 

 

 

子どもは自分の鏡。

 

子どもがやっていることは、大人がやっていること。

 

 

肝に銘じて過ごします。

 

 

 

 

今日から学校。

 

楽しんできてほしいです。