友人と岐阜県にある「大桑(おおが)城跡」に行こうと思ったが、山城のため、登山口までもが積雪のため行けず途中で断念しました。(スリップし50mほどバックした)
雪が珍しい地域のため「雪景色」は明るくてうれしいが、またリベンジ、次に明智光秀の「桔梗塚」に行きました。

山県市中洞地区は、明智光秀が生まれた地とされています。
この地区の伝承によると、光秀は土岐四郎基頼と、中洞の豪族である中洞源左衛門の娘との間に生まれ、その後、明智城主明智光綱の養子となったと伝えられています。
誕生にまつわるものとして、中洞白山神社境内には、光秀の母が産湯の水を汲んだという井戸が残されています。また、地区内を流れる武儀川には、光秀を身ごもった際に母が「生まれてくる子が男の子であれば、たとえ三日でも天下を取る男子を」と祈ったという行徳岩があります。
光秀はこの地で生きていた!?
中洞地区の伝承では、本能寺の変(家康が「伊賀越え」を行う要因となった事件)のあと、山崎の合戦で討ち死にしたのは影武者であり、中洞に落ち延びて住んでいたと伝えられています。
光秀は郷里の中洞に落ち延びた後、山崎の合戦で討ち死にした影武者・荒木行信の忠誠に深く感銘して「荒」と「深」をとって、自ら荒深小五郎と名乗り、この地で暮らしていました。その後、慶長5年(1600年)、関ケ原の合戦に参戦しようとした道中、増水した藪川(根尾川)で馬共に流されて亡くなったとされています。
中洞白山神社の林の中に光秀の墓とされる「桔梗塚」があり、現在まで地元の荒深氏一族によって大切に守り続けられ、年に2回(4月第2日曜日、12月第1日曜日)供養祭が行われています。<ネット記事より>
ほかに滋賀県坂本にある「西教寺」、高野山奥の院参道にもあるが実際のところはどこでしょう?


そして私の行きたいメモにある「モネの池」

実は根道神社前にある「名もなき池」・・・この季節やはり期待外れ、睡蓮が咲く6月~7月ぐらいに来ないといけないです。
単なる「貯水池」がSNSによってクロードモネの「睡蓮」に似ていると評判になり、いまや第4駐車場まである人気スポットとなりました。

最初に目にした池(えっ、ここ?)

でもそれらしき・・

錦鯉がいるとちょっといい感じ



雪も降ったせいか、透明度もイマイチ・・ここもまたリベンジです。

根道(ねみち)神社は村社で「神社名鑑」にも載ってないそうだ。でも「モネの池」のおかげで知られるように・・


このあたりも30~40センチぐらい積もったみたいです。

ここから16分ほど北上したところにスベスベの「板取川温泉」があり、あったまってから帰りました。<ネット画像拝借>