11月17日(日) 願成就温泉道の駅から一路、島根県松江市まで約200キロ、小雨のドライブ、途中道の駅「ゆうひパーク浜田」で休憩、(ちょっと風邪気味)

午前11時半松江城に到着、武家屋敷・小泉八雲込みの共通券を買う。

松江城は、全国で現存する12天守のうちのひとつで“国宝”です。

慶長12年(1607)、二代藩主堀尾忠晴とその祖父吉晴により、宍道湖畔の亀田山(標高29m)を城地に築城が始まり、慶長16年(1611)に完成した。

 鯱

木彫り銅板張り、向かって左が雄で鱗が荒く右が雌。高さは2.08mあり(雄)、日本現存の木造のものでは最大である。
天守地階に昭和の修理の際におろされた古い鯱が展示されている。

平成24年に松江神社で国宝指定に重要な、築城時期を特定できる「慶長拾六年正月吉祥日」などと書かれた祈祷札が見つかった。2015年(平成27年)5月15日に文化審議会が松江城天守の国宝指定について文部科学大臣に答申。同年7月8日の『官報』告示をもって国宝に指定された

 

次に小泉八雲記念館へ・・

松江城北方の塩見繩手沿いの武家屋敷の西端に、小泉八雲旧居に隣接して建っている。 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、明治23年8月から1年3ヵ月の間松江に滞在したが、松江在任中に小泉セツと結婚し、出雲の地に日本の伝統文化を見出してその研究に取り組んだ。この記念館では、小泉八雲という多面的な作家を知る基本情報を遺愛品の展示と解説を通して紹介している。

記念館の隣の小泉八雲旧居

八雲は身長158cmだったが机の高さは1mぐらいあった。

それから武家屋敷

武家屋敷は、塩見縄手の名前の由来となったとされる塩見小兵衛 (しおみこへえ) も住んだ屋敷で、上級・中級武士が屋敷替えによって入れ替わり住んでいました。

塩見縄手通り

松江城天守に登ったのは3度目でした。国宝現存天守はやっぱりいい。・・・次に安来市の月山富田城へ・・近くに「足立美術館」がある。また行きたいと思うが入園料がちょっと高い。

資料館でスタンプを押す。これから雨の中の登城だ。

月山富田城の創築は平安末期とも鎌倉初期ともいわれるが不明である。城は能義(のぎ)平野を流れる富田川(現飯梨川)に面した標高197mの月山を利用した、戦国大名尼子氏代々の居城であった。

永禄8年(1565)、毛利元就に攻められ、1年半に及ぶ籠城の末開城し、尼子氏は滅亡した。その後慶長5年(1600)に堀尾吉晴が入城、総石垣造で御殿も構えた近代城郭に大改修したが、慶長16年(1611)、松江に居城を移し廃城となった。

堀尾吉晴の墓

城巡りの旅は、最後は傘を差しながらの山登り、明日は「伯耆大山」に登ろうと思っていたが断念、今夜は道の駅「大山恵みの里」で車中泊