今回の城巡り旅は大洲城で終わり、また松山市に戻って同じところで一泊して帰る。時間に余裕があるので大洲の町を歩きました。

2014年、ノーベル物理学賞を受賞した中村修二博士は小学2年のときに大洲市に来て、大洲高校を卒業している。この場所は三の丸南隅櫓だが、大洲高校もすぐそこだ。

外堀は埋められてグランドになっているが、大きな城だったことがわかる。

旧大洲藩主の加藤家が大正14年に建築した住宅。映画「男はつらいよ・寅次郎と殿様」の舞台になった。
ニッポニアホテルの暖簾がかかっている。

大洲は全国で数少ない古民家ホテルのニッポニアホテルがたくさんある。

大洲高校内にある「中江藤樹邸跡」 体育館では女子バスケ部が練習していてたくさんの「こんにちは!」の声がきて恥ずかしかった。
<ウイキペディアより>
中江 藤樹(なかえ とうじゅ、1608年4月21日(慶長13年3月7日) - 1648年10月11日(慶安元年8月25日))は、近江国(滋賀県)出身の江戸時代初期の陽明学者。近江聖人と称えられた。諱は原(はじめ)、字は惟命(これなが)、通称は与右衛門、藤樹と号した
農業を営む中江吉次の長男として誕生。9歳の時に伯耆米子藩主・加藤氏の150石取りの武士である祖父・徳左衛門吉長の養子となり米子に赴く。1617年(元和2年)米子藩主・加藤貞泰が伊予大洲藩(愛媛県)に国替えとなり祖父母とともに移住する。1622年(元和8年)祖父が死去し、家督100石を相続する。
1634年(寛永11年)27歳で母への孝行と健康上の理由により藩に対し辞職願いを提出するが拒絶される。脱藩し京に潜伏の後、近江に戻った。郷里である小川村(現在の滋賀県高島市)で私塾を開く。これが藤樹書院である。1637年(寛永14年)伊勢亀山藩士・高橋小平太の娘・久と結婚する。藤樹の屋敷に藤の巨木があったことから、門下生から「藤樹先生」と呼ばれるようになる。
この後、車で大洲町の駅「あさもや」に移動して町歩き。

おおず赤レンガ館

ポコペン横丁・・・・奥は「思ひ出倉庫」


「保湖辺神社」20円でおみくじが引ける
そのほかにNHKテレビ小説「おはなはん」のロケ地通りや明治の家並みなどを歩いて、「臥龍山荘」に行きました。ここはすごくいい所だった。








臥龍窟・・・ここは氷室として使われていた。








肱川では落ち鮎漁をしてました。
今回、3泊4日を計画してたが、思ったより順調にすすみ2泊3日でまわることができた。
再び、松山市に戻り、また「喜助の湯」へ
オーバーナイト利用は会員入会しないといけない、入会すれば利用料700円で駐車場代も無料だ。


今度はカウンター席へ・・天井が開放的でいい


今度はテレビを見ないのでリクライニングシートではなく個室スペース、マットが敷いてあるので痛くならない、
イヤホン持参したのでスマホで過ごす。充電器無料貸し出しでフリーWi-Fi こんなスペースでも煙探知機らしきものやスプリンクラーらしきものがついている。

旅行から帰ってから、全国旅行支援が始まった。旅行会社を通したりホテル予約をしないといけない。
私のような気まま旅では利用は無理だ。ニュースでは宿泊施設の便乗値上げが横行しているらしい。割引の意味がない。2日間とも5000円台で済んだ。高速道路代は仕方ないが・・・・・。