現存12天守のうち今度は宇和島城だ。
まだ一度も行ったことがないのは青森の弘前城だけになった。いつ行けるだろうか?仕事を完全に引退してからになるかな?ここはやはり桜の季節に行きたい。
宇和島城は、慶長20年(1615)に伊達政宗の長男、秀宗が入城後、明治を迎えるまで”西国の伊達”9代の居城でした。国の重要文化財に指定されている天守は、宇和島伊達家2代藩主の宗利が寛文6年(1666)頃に建築したものです。かつて同所には築城の名手として有名な藤堂高虎が、慶長6年(1601)に建築した天守がありました。<パンフレットより>

伊達宗利の寛文天守は層塔型の天守だが、藤堂高虎の慶長天守は望楼型天守だった。

登城口


小さい天守だが、最小は丸亀城の天守です。


万延元年に作られた天守閣模型

縮尺十分の一で柱の太さもそうらしい。

左から豊臣秀吉、伊達秀宗、伊達政宗、の甲冑・・(レプリカ)



天守より宇和島の港方面
続いて再建天守だが、木造で作られた大洲城へ向かう。

大洲城は明治21年(1888)、惜しくも天守が取り壊されてしまいましたが、4棟の櫓は解体を免れ、いずれも国の重要文化財に指定されています。4層4階の天守は、明治期の古写真や江戸期の木組模型などの資料をもとに平成16年(2004)に木造で復元されました。<パンフレットより>



大洲の町




城内にいたとき、「伊予灘ものがたり」という観光列車が橋上を通過するので旗振りの協力をお願いします、という放送があった。大洲城の思い出にのぼりを持って振ってきました。

橋の上では止まるほどのスピードで通過していきました。
伊予灘ものがたり プロモーション動画 2015 長編 ">
2022年4月の運行からは、全席が特急列車グリーン車指定席の扱いとなり、利用者は乗車区間の運賃と特急料金、グリーン料金が必要となっている。食事付が条件です。
大洲の町は古い町並みも残っていて、町歩きもしてきた。・・・・・つづく