今治城は日本百名城のひとつで、高松城・中津城とともに日本三大水城のひとつでもあります。
<パンフレットより>
今治城の地は瀬戸内海に面し、「吹揚げの浜」と呼ばれた砂丘地帯でした。築城の名手として名高い藤堂高虎は、関ヶ原の戦功で伊予半国20万石を領し、慶長7年(1602)にこの地に築城を開始しました。のちに高虎は伊勢、伊賀に移り、今治城には養子の高吉が在城します。寛永12年(1635)に徳川将軍家の家門である久松松平氏が3万石で城主となり、海側の郭の大改修を実施、最終的な今治城の完成をみました。


天守は史上初の層塔型天守で、現在の天守は本丸跡の北隅に昭和55年(1980)に再建した模擬天守です。

現在は内堀のみだが当時は中堀、外堀の三重の水堀で囲う広大な城でした。内堀も50~70mもあり、弓矢の射程距離を上回る広さでした。

石垣の下には地盤を強化するため「犬走り」があった。


鉄御門(くろがねごもん)

天守より来島海峡大橋が見える。

城内の「吹揚神社(ふきあげじんじゃ)」
その後、松山市内の湯築城跡へ・・

ここは何もないが、100名城のひとつだ。
中世の城郭である湯築城は、近世の城郭が持つ石垣や天守が無く、地形を利用して作られた平山城です。
中世の伊予国の守護であった河野氏が南北朝期から戦国期まで約250年間にわたって居城としていました。


今は道後公園として日本の歴史公園100選にも選ばれている。

ザクロが生っている木を初めて見た。

展望台から道後地区を見る。
公園に車を止めたまま、近くに道後温泉があるので、せっかくなので入って来ようと思った。
24歳頃に本館に入ったことがあるが、「道後温泉別館・飛鳥乃湯泉」が近いのでこちらにした。


今年の春に写真家の蜷川実花(にながわみか)が撮影した花の写真230点が設置されていて華やかだった。
3D技術でプリントされているらしい。

すごく混雑しててコロナ禍でもあり、45分ぐらいの待ち時間だった。受付を済ますとスマホに電話がかかってくるのでそれまで買い物したり散策できる。QRコードで順番も確認できるので助かる。

風呂から出ると明かりが点灯してた。

松山と言えば「坊ちゃん列車」 土日祝日のみ運行してるらしい。
今夜は松山駅前にある「伊予の湯治場・喜助の湯」でオーバーナイト

駐車場は前に1000台以上止めれる立体駐車場があって、喜助の湯利用者は4時間無料、オーバーナイトは朝9時まで無料だ。

風呂上りはここで食事、天井がむき出しなのがいい。

湯は1700mからくみ上げた源泉かけ流しです

もうすぐハロウィン、あちこちにカボチャが置いてありました。

クリスマス前に来ればよかったかな。電飾飾りできれいかも・・・・。