九代藩主、幸教が、義母 貞松院の住まいとして1864(元治元年)に建築した松代城の城外御殿で当時は「新御殿」と呼ばれていました。

 

文武を奨励した八代藩主、幸貫が各地の藩校を調べて計画し、九代藩主・幸教の時代に完成した松代藩の藩校です。藩士の子弟が学問と武道を学ぶ場として1855(安政2年)に開校しました。

槍術所

弓道所

校庭

実際に火縄銃やスペンサー銃、臼砲を操作して発砲するバーチャル体験ができました。

松代藩の家臣で目付け役だった樋口家の旧宅

松代から1時間弱で上田城跡へ

天正11年(1583年)真田昌幸が築城した平城で、徳川の大軍を二度退けた名城。二度もの実戦経験を持ち輝かしい戦果をあげた近世城郭は、全国的にも例がない。この千曲川の分流にある尼ヶ淵が天然の要塞になって強固な防御にもなっていた。

大手門の石垣に巨石を用いる例は多く、城主はその権威を示すために大きさを競ったという。

南北の櫓と櫓門、西櫓が再現されている。