すっきりしない天気がつづく。休みというのに一日家にいた。晴れているとつまらないが、雨だとそうでもない。
昔の同年の知り合いがたずねてきて、むずかしい話をした。彼は、ものみの塔の伝道をしている。中学時代に野球で対戦してから知っている。高校も別だが他校の友達といったところだ。今日で三度目の訪問になる。別に勧誘するわけではないが(と、本人は言っている)小冊子を持って、聖書に書いてあることを伝えにくる。(伝えることが彼らの使命だ)
木材会社の息子だったが、いまはやってない。奥さんも娘も伝道師をしている。
活発なスポーツマンで材木屋の若旦那というイメージがなくなった。今はネクタイ締めてスーツを着ている。

私は話を聞いてやる。意見も言ってやる。真剣に。
大学時代に友達に誘われて、統一神霊協会に首を突っ込んだことがある。河口湖で研修もして、日本武道館で全国集会、九段会館で決起大会みたいなのも参加した。
しかし、入信しなかった。なんでや?酒、たばこが駄目だった。(堕落論)

また、違う友達に誘われて、創価学会に入信した。御本尊もいただいた。
でもすぐやめた。どうしても信じることができなかった。
いずれも大学1年~2年の頃だった。それからは無かったが・・・。

彼らは独自の真理感を持っている。それに基づいて話すからスジが通っているようで自信たっぷりに話す。
しかし、私には真理がない。こまったものだ。
だが、自分はこの世界に、宇宙に真理はないと思っている。
あるとすれば、生まれて生きる。ということだけである。
これは万物に共通だ。宇宙も、地球も、動物も植物も、太陽も・・・。
その中から、人間だけが、考える能力をもち、言葉を持ち、その言葉によって宗教がうまれた。
人間だけに真理があるというのはおかしい。だからこれが絶対真理だなんていう宗教はない。
ただ、より良く生きたい、幸せになりたいという道理を持つために、心の拠り所として、人生の指針としてその自分が選んだ宗教を真理に置き換えて生きていくのもまた良し、ということだと思う。
だから、なんでもいいんです。野球もしたい、サッカーもしたい、いや俺は野球一筋だ、私はサッカーしかない。スポーツと一緒ですよ。
正月にはいろんな神社に行って、神頼みして、お盆には寺に行って、ご先祖さまをお参りし、クリスマスにはキリスト生誕を祝って聖なる夜を過ごす。
自分はこれがいいなあ。ひとつに絞りたくないです。
ひとつに絞ろうとする国ほど戦争をしている。宗教戦争だ。
日本は多宗教国家だから平和なんです。    と思う。