自分が興味のある何かを学んでいても
理解できない、腑に落ちないっていうことありますよね。
それって、
身体の方がもうすでに知っているからこそ
それに興味が沸き、学ぶことを始める
のだけど、そこに脳が追いついていない、処理できていない
という可能性はないか、、
理由のない涙が溢れる、というのもこれで説明がつくような気がしています。
一瞬を切り取れる道具(カメラ)ってすごい![]()
遠い昔なのですが、いつか行ってみたいな、と思っていた国に行くという夢が叶った時、自分が身を置いている環境、見るものすべてが新鮮で、とても貴重な時間だと感じた。
そんなことを思いながら歩いていると、
今、踏み出した一歩でさえ
次の瞬間にはすでに過去になっているんだなぁ、
とぼんやり思った記憶が今でも残っています。
新鮮で貴重な時間をできるだけ長く味わっていたい、
という願い、それに反して一瞬で過ぎ去っていく切なさみたいなものを感じていたのだろうけど、、
今というのは一瞬で、、だけど、それがずっと連続している、、
つまり、今しかない、という何度も聞いたことがある言葉の真意をその時すでに知っていた、のかもしれない、、と。
今日の記事は何かというと、
真理といわれているもの
今、この瞬間、とか
今しかない、とか
いまここ、とか
よく聞くけれど、よくわからない(体感がない)っていうのが正直なところで、、
ただ、これを聞いた時になぜか気になるっていうのは、
実は、身体がもうすでにその真意を知っている
ってことなんじゃないかな、と思ったのです。
その証拠に
私が興味を持って探求していること、皆それぞれのキャラクターが違うから、やってること、伝え方は違うけど、元は同じ場所からで、同じことを伝えてくれようとしてる、という確信が最近また強くなったのです![]()
分からない、から腑に落としたい
ってエゴは、焦ったり、騒いだりするけど、
身体はすでに知っている
という前提があると、焦る必要もないのかな、と思えて少しホッとしませんか?
