私が、始めて心療内科へ行こうと思ったのは、


過敏性腸症候群(IBS)の自覚があったからです。



公共の乗り物に乗るとお腹が下る。


試験会場や、会議など、人が集まる所に行くと


お腹が下る。


高速道路など、トイレに直ぐに行けない状況になると


お腹が下る。


等、緊張やストレスがかかる場所へ行ったりすると


お腹が痛くなるのです。



TVで過敏性腸症候群(IBS)のCMを目にするようになって


自分の症状と一致させ、ネット等で調べるようになりました。



丁度、親友が自律神経失調症になり、心療内科に


通っていました。


親友に相談した所、一度診察してもらえば楽になるかも


と言って貰えました。



それから、ネットで心療内科を探し


診察へ行ったのでした。



初診では、物腰の優しい看護師さん?が心理テストの様なものを


手に、チェックしたりしました。


その結果をもっての医者との問診で


社会不安障害(SAD)から来る過敏性腸症候群(IBS)


軽いうつと診断されました。(軽いパニック障害もあり)



自己の性格の問題だと思っていた


極度の上がり症と、悲観的考えは


どうやら病気から来るものだったようです。


病院へ行って、薬物療法をしてから


多少良くなって来てるような気がしますが、


色々と、前途多難です。


愚痴などを話す人がいない、と言うか話す事が


出来ないために、ストレスがたまってしまうのも


原因のようですが、なかなかその原因を


取り除くのも難しい所です。


しばらく、薬物療法を続けながら


いまの生活を続けて行こうと思っています。




実母との生活は、思ったよりも順調に行っていました。


ただ、なぜか実母は自分の旦那の事を


「オトウサン」と呼ぶように言いました。


ナゼ?


ナゼ?


理解不能だったけれど、幼い弟の混乱を


避けるためと、自分に言い聞かせ


旦那わんの事も、「オトウサン」と呼ぶことにしました。



アダナだと思えば、どおって事無い・・・


そう言い聞かせ・・・。


とにかく、母親に嫌われては行けない・・・


出来る事はなんでも、言う事を聞くように


「良い子だね」と言われるように、


自分なりに一生懸命頑張りました。




「オトウサン」は、良い人で、お休みの日には


色々な所へ連れて行ってくれました。


毎週毎週、色々な所へ遊びに行き


すごく思い出は残っています。


それはとっても、楽しかったです。


自分の実の子供(弟)と、私たちを


分け隔てなく扱ってくれて、


それなりに、楽しく過ごしました。




しかし・・・・


「オトウサン」の存在は一変するのです。




               つづく


間もなく小学校生活も終わろうとしていたある冬。


祖母の長期入院と言うことから、


5才の頃に分かれた実母との約6年ぶりとなる


生活が始まりました。



母方の祖父母の家で生活していたので


実母とは、たびたび会っていたので


母との違和感はほとんどなく、義理の弟(9歳差)とも


生まれた頃から遊んだりしていたので、すんなりと


うちとける事が出来ました。



しかし、母の旦那とは真っ赤な他人・・・。


しかも、見た感じちょっと気持ちが悪い。


それは、私の感覚だけれども・・・。


変な違和感と緊張感をもったまま、新生活がスタートしました。



まもなく、私は中学校に入学しました。


中学校も、住民票のある父の実家のそばの中学へ


進学しました。


もちろん、あのイトコも同じ中学です。



中学生になると、成績表でテストの順位も


発表になるので、父方の祖母の私とイトコを比べる


対象もはっきりとしたものになったのでしょう。


以前にもまして、酷く私を責め立てるようになりました。


自分では、そんなに悪い成績ではないし、


それ以上の成績になりたいとも思ってはいませんでした。


360人中 80~100位 そんなに悪くないでしょww


イトコは常に50番以内ですからねww


でも、目立つ事が苦手な私は、いたって普通の成績を


取れてればそれで満足でした。


しかし、父方の祖母はそれを許してはくれなかったのでしょうね。


恥ずかしいと言われた事もありました。



思い出しただけでも、虫唾が走り吐き気がします・・・。




                  つづく