罪を犯せば逮捕される。

それは子供でも知っている当たり前のことだ。


そして逮捕を重ねると刑務所へ行くことになる。


好きな時間に食べたいものを食べる。

風呂へ入る。欲しいものを買う


そんな当たり前のことを全て抑制される。それは耐え難いことだ。


だから人は刑務所へ行くことを恐れる。当たり前の日常が当たり前でなくなるからだ。


普通に生活をしていれば当然ながら刑務所へ行くことはない。

多少不真面目に生きていても刑務所へは行かない。


刑務所へ行くということは、それ相応のことをしたからだ。


万引きなら何度も許されては捕まり続ける。

覚醒剤だって数回やったくらいで捕まる人はごく少数だろう。

一度捕まっても、所持や使用なら執行猶予判決がつく。

性犯罪だって強制性交は別だが、強制わいせつや窃盗(下着)や盗撮などいきなり刑務所へ行くことは少ない。

障害だって大怪我をさせなければ刑務所へは行かない。


でも直ぐに刑務所へ行かないと、罪の意識も薄れる。外へ出て自由になった途端に、全て許されたような気になる。


そしてほとぼりが冷めた頃にまた再犯を重ねていく。



刑務所へ服役する人達は、初犯であっても一般社会と比べると、考え方も人間性も、問題がある人が多い。


そういった連中が集まり、抑制された中での生活を強いられると、そのストレスからいろいろなトラブルが起こる。



そこで働く刑務官の仕事は、受刑者達を更生させるというよりかは、受刑者を管理指導するということに重点を置いている。


最近は法改正があり、教育にシフトしてきているが、裁判所や検察官の対応を聞く限りまだ日本に置いて、教育や医療との連携の重要性は認知されてはいないと思う。


そんな刑務所の中で、得られるものはほとんどない。


内省を深めて自分自身を知ることは多少できる。


だが、限られた生活の中で何か見出すことはとても困難であり、刑務所の中に幸せなどはない。



何が食べたい。

何をしたい。

どこへ行きたい。

早く出たい。




受刑生活が過ぎていくごとにそういったことが頭の中を埋めていく。


刑務所生活も仕事の内なのは堅気で生きる我々には通用しない。


もう本職の人達だって刑務所を出たり入ったりを繰り返す時代ではなくなっているんじゃないだろうか。


そのくらい今の世の中、社会を不在にする期間が長くなると、取り残されてしまう。

社会の中に居場所が見出せないと、いつかは刑務所へ戻ることになる。


逮捕、服役


当然のことながらこういったことは一番避けなければいけない。


リスクに対して得られるリターンはとても少ない。


努力の方向性を見直さなければならない。



俺は刑務所へ入って変われた。よかった。


そこまで考えられる人はいるだろうか?


そう考えられる人は、きっかけが服役だっただけで、どんな状況でもきっかけがあれば変わることができる人だ。


自分自身いろいろなことがあり、努力を忘れてしまっていると感じることがある。


人生をどう生きるかは自分次第だから、少し襟元を正して生き直そうと思う。