前回記事から一カ月半。まぁ~のんびりと過ごさしてもらいましたわ。
3~4カ月経ったくらいの感覚をおぼえる。
そんな延長線上の昨日、クライアントさんとランチに行って、新たな視座を得た。
◆仕事とプライベートに、線を引いてもいいんですよ。
仕事と人格の融合を求めてきた自分にとっては、忘れそうになってた視点だ。
仕事の成果によって、いつの間にか自己評価を上げ下げして苦しんでた自分がいたようだ。
***
そもそも、ほとんどの人は「お金を得る手段」と「自分の人格」は別物としてとらえてるんじゃないかと思う。
そこから派生する思想は、「シゴトだから仕方ない」「お金もらってるんだからこれくらいガマンすべし」という、ツラいものも多かったように思う。
そのくせ、仕事の評価と自分を密着させる。
仕事で嫌われたら自分も嫌われた気になり、仕事で褒められたら自分もすごい人間なんじゃないかと思う。
果たして、どっちがいいのだろうか。
私は思った。プライベートで話が合う人って、お金を介在しなくてもエネルギーが釣り合う人だ。
配偶者しかり、女友達しかり。
お客さんから始まって、友達になった人もいるけど…そこに本当に正直な関係性がないと、バランスは容易に崩れる。
実際、崩れた人もいた。そこに私は失望したんじゃないかなって。
「自分らしく仕事をする」って言うと響きはいいけれども、それはあくまで仕事というフィルタリングがされていて、そのステージでできる自分なのかもしれない。
そして、それも自分の一つの側面なんだ。
ここで出たひとつの回答は…。
◆仕事とプライベートには線引きをする。それは、本当の自分がそうしたいからするのだ。
ということ。
私は、仕事を引き受けるからには、「仲いいから」とかじゃなくて、リスペクトされたいという気持ちがある。私が私である感性が必要ないなら、むしろお金を払ってくれるな、と。よしみとかで仕事をするなんてまっぴらごめんだ。この数か月の休息期間で、自分に出した答えはそれだ。
お金を払うからには、私と触れるそれ相応の覚悟と意識を持って接してほしい、と。
それは相手に対して、自分を押し殺すことを要求するものでもなければ、思ってもない褒め言葉を要求するものでもない。
純粋に、リスペクトしてくれるなら来てくれ。それだけだ。
だから私も、「私の出したものがお客さんにとって気に入らないものかもしれない」と思う必要はまったくない。←ココ勘違いしてたなー。ズレはあるにしても、私の感性を買って来てくれてるんだから、堂々と提示すればいい。依頼してくれるからには、私の持つ知見は彼らにはないからだ。それを出させようと躍起になることもない。
大事なのは、会話の時点で相手の話をちゃんと聞き、感性をキャッチすること。それだけだ。
そこに最大限の満足を持ってもらえれば、成果物は私の自由なんだ。
◆私はもっと、好きにやっていい。
これを自分に許可するだけでよかったようだ。
顔色を窺う必要もなければ、遠慮する必要もない。微塵もだ。
仕事を仕事として受ける意味がそこにはある。
プライベートではないからいいのだ。
3~4カ月経ったくらいの感覚をおぼえる。
そんな延長線上の昨日、クライアントさんとランチに行って、新たな視座を得た。
◆仕事とプライベートに、線を引いてもいいんですよ。
仕事と人格の融合を求めてきた自分にとっては、忘れそうになってた視点だ。
仕事の成果によって、いつの間にか自己評価を上げ下げして苦しんでた自分がいたようだ。
***
そもそも、ほとんどの人は「お金を得る手段」と「自分の人格」は別物としてとらえてるんじゃないかと思う。
そこから派生する思想は、「シゴトだから仕方ない」「お金もらってるんだからこれくらいガマンすべし」という、ツラいものも多かったように思う。
そのくせ、仕事の評価と自分を密着させる。
仕事で嫌われたら自分も嫌われた気になり、仕事で褒められたら自分もすごい人間なんじゃないかと思う。
果たして、どっちがいいのだろうか。
私は思った。プライベートで話が合う人って、お金を介在しなくてもエネルギーが釣り合う人だ。
配偶者しかり、女友達しかり。
お客さんから始まって、友達になった人もいるけど…そこに本当に正直な関係性がないと、バランスは容易に崩れる。
実際、崩れた人もいた。そこに私は失望したんじゃないかなって。
「自分らしく仕事をする」って言うと響きはいいけれども、それはあくまで仕事というフィルタリングがされていて、そのステージでできる自分なのかもしれない。
そして、それも自分の一つの側面なんだ。
ここで出たひとつの回答は…。
◆仕事とプライベートには線引きをする。それは、本当の自分がそうしたいからするのだ。
ということ。
私は、仕事を引き受けるからには、「仲いいから」とかじゃなくて、リスペクトされたいという気持ちがある。私が私である感性が必要ないなら、むしろお金を払ってくれるな、と。よしみとかで仕事をするなんてまっぴらごめんだ。この数か月の休息期間で、自分に出した答えはそれだ。
お金を払うからには、私と触れるそれ相応の覚悟と意識を持って接してほしい、と。
それは相手に対して、自分を押し殺すことを要求するものでもなければ、思ってもない褒め言葉を要求するものでもない。
純粋に、リスペクトしてくれるなら来てくれ。それだけだ。
だから私も、「私の出したものがお客さんにとって気に入らないものかもしれない」と思う必要はまったくない。←ココ勘違いしてたなー。ズレはあるにしても、私の感性を買って来てくれてるんだから、堂々と提示すればいい。依頼してくれるからには、私の持つ知見は彼らにはないからだ。それを出させようと躍起になることもない。
大事なのは、会話の時点で相手の話をちゃんと聞き、感性をキャッチすること。それだけだ。
そこに最大限の満足を持ってもらえれば、成果物は私の自由なんだ。
◆私はもっと、好きにやっていい。
これを自分に許可するだけでよかったようだ。
顔色を窺う必要もなければ、遠慮する必要もない。微塵もだ。
仕事を仕事として受ける意味がそこにはある。
プライベートではないからいいのだ。