塩見有輝の日本と海外のデュアルライフ

塩見有輝の日本と海外のデュアルライフ

シンガポールに12年住んでいました。現在は、月の半分が日本、半分が海外です。仕事ではインドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピンに行くことが多いです。2025年5月にマサチュセッツ大学を卒業しMBAを取得しました。(International Business専攻)

経済産業省様支援のセミナ-内の一コマです。(海外高度教育協会HPに記載)

人材不足なんて、
日本では本当は存在しない」

最近、そんな言葉を見かけることがあります。

給料をもっと上げれば人は来る
外国人を入れなくても日本人だけで回る」
「企業側の努力不足だ」

もちろん、そう感じる理由もわかります。

実際、私自身も若い頃は、
どちらかと言えば、
そのように考えていた側だったと思います。

ただ、
実際に海外で採用に関わったり、
面接や、ビザ申請をし、
現地スタッフと働いてきた中で、

私は、
理屈だけでは説明できない人材不足
というものを、
何度も見てきました。

今日は、
「人材不足とはどういう体感なのか」
ということについて、

現場で実際に経験した、
いくつかのエピソードを通して、

皆さまと一緒に
考えるきっかけになればと思っています。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

日本の話をしているのに、
なぜ海外の採用の話をするのか?と
思われるかもしれません。

ただ私は、
日本より早く進んだ「人材不足」の現場を
シンガポールなどで見てきました。

 

だからこそ、
今の日本で起きていることにも、
どこか既視感があります。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

当時、シンガポールマレーシア
採用に関わっていた頃、
人材確保に苦労していました。

特にシンガポールは、
少子化や人口構造の影響もあり、
慢性的な人手不足がありました。

ラーメン店のお皿洗いでさえ、
約30万円~の給料を出しても人が集まらない、
そんなニュースが新聞で話題となっていました。

企業は安い労働力が欲しいだけだ
という意見を聞くことがあります。

もちろん、
それは否定できないと思います。

ただ、
現場にいた感覚としては、


“安くしたい” 以前に、
“そもそも人がいない”

という感覚のほうが、
ずっと強かったのです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そういうわけで、
隣国のマレーシアからはもちろんのこと、 
中国本土からも、スタッフを採用しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリー(仮名)も中国本土から来ました。
彼女は本当によく働く人でした。

 


営業成績も、
毎月ダントツの1位でした。

リリーには中国に小さい子供が二人いて、
家族を養うために、子供を置いて
シンガポールへ出稼ぎに来ていました。

当時の
外国人労働者仲介エージェントは、
今振り返ると、
かなり厳しい管理をしていたと思います。

パスポートを本人に持たせず、
エージェント側が管理していました。

リリーの手取りお給料は、
シンガポール人スタッフの半分以下
セールスの歩合を入れない基本給比較なら
むしろ3分の1に近かったのです

私はまだ若く、
とても単純な見方しかできませんでした。

タバコを吸いに行ってしまう現地スタッフより、
誰よりも頑張って働くリリーの姿を見ていると、

どうしてこんなに
給料が違うのだろう
」と、
本当に切なくなったことを覚えています。

会社側に、
「もう少し上げられないのでしょうか?」
と思ったこともありました。

ただ、
今 振り返ると、
そこには単純な善悪だけではない、
複雑な構造がありました。

エージェント、
ビザ制度、
企業側の利益、
そして、国同士の経済格差です。

私はその時、初めて実感しました。


個人の能力だけではなく、
生まれた国の経済力もまた、
その人の人生に大きく影響するのだと。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


また、
外国人労働者を受け入れることは、
企業側にとっても、
決して簡単なことではありませんでした。

シンガポールには、
外国人雇用に対する厳しい制度があります。

外国人を雇えば、
レビーと呼ばれる追加負担金
を支払わなければならず、さらに、
現地人雇用との比率も細かく見られます。

つまり、
外国人を入れれば入れるほど、
企業側にもコストや制限
増えていく
のです。

それでもなお、
企業が外国人を採用していたのは

そのほうが安いから

という単純な理由だけではなく

“そうしないと現場が回らない”

という事情も確かに存在していました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

マレーシアを担当していた時も
私は似たような経験をしました。

例えば、
中国系のマレーシア人
雇用したいという場合、

もちろん、
人種条件を書くことはできません。
募集掲載を削除されてしまいます。

そのため、求人には、
「Chinese speaking」
つまり、
“中国語が話せる方”
というスキルを表現する形で
条件を書くことがありました。

ただ、
実際に応募してくる人たちは、
こちらの想像とはかなり違っていました。

しかも、
「外国人不可」「マレーシア人のみ」
と、
はっきり大きく書いていたとしても、

応募の大半は、
フィリピン、
ベトナム、
タイなど、
周辺国から働きに来たい外国人
たちでした。

正直、最初は驚きました。

「条件を読んでいないのだろうか?」
と思ったこともあります。

でも、
何度もそれを見ているうちに、
少し考え方が変わっていきました。

彼らは、募集条件を
読んでいないのではなく、

“それでも、ダメ元で応募したい”

のです。

もしかしたら、
どこかで可能性があるかもしれない。

一件でも引っかかれば、
人生が変わるかもしれない。

そんな必死さを、
画面越しに感じることがありました。

今思えば、
私はそこで初めて、


「生まれた国よりも
経済的に進んだ国で働く」


ということの重さを、
少し理解し始めたのかもしれません。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
などなど、etc etc


実際の採用現場は、
理想論だけでは進みません。

言語、
勤務態度、
ビザ条件、
対人対応、
継続性。

そういう様々な条件を見ながら、
さらにその中から、

「この人なら現場でうまくやれそうか」
「きちんと連携できそうか」
「長く働いてくれそうか」

ということまで考えなければなりません。

私は当時、採用とは、
人を選ぶ”ことだと思っていました。

でも実際には、

現場が崩れないように
必死でバランスを探す仕事”
でした。

穴を埋めていく感覚でした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

シンガポールでは、
外国人向けの就労ビザにも、
かなり厳しい区分がありました。

いわゆる現場系就労許可(work permit)と、
より高度専門職向けのEmployment Passは、
明確に分けられていました。

そして、
Employment Passは、
簡単には通りません。

学歴 (実際に基準となる
大学リストもありました)、
職歴、
給与、
ポジションなど、
細かく見られます。

日本人だから必ず通る、
というものでもありませんでした。

実際、私の経験では、
ある日本人管理職
Employment Pass申請をして、
7回却下され続けたことがあります。

「アピールレターを書けば通る」
というそんな大昔の時代は終わり、
できる限りの説明や資料は準備しましたが
ダメでした。

シンガポール政府は、無制限に
外国人を受け入れているわけではなく、

かなり、はっきりと線引きをしながら、
国としてバランスを取ろうとしています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

日本でも、
今とは背景は全く違いますが、
バブル期は、
企業同士が人材を奪い合う時代でした。

昔、新卒の就職活動で、
私は化粧品会社N社を受けました。

最終的には、
別の道を選ぶことになり、
内定辞退のお電話をしました。

もちろん、入社直前に
辞退したわけではなく8月頃でした。


採用担当の、貫禄のお姉さまは


なんなんですか、いったい。
から始まり、


第一希望の企業はどこかを執拗に聞かれ、
「他業種の会社の2次面接と重なり。。。」
と小声で答えたところ、

どうせ、記念受験でしょう?
と、女性らしい嫌味を言った後、


「そもそもあなた、
内定後のレクリエーションの時に
バスツアーなのに、
午前中面接行ってきました、
みたいなスーツで来ましたよね。
その時から、わかってました。」


いいです!あなたより、
もっといい人を採りますので!

いいです!」ガチャッ。


脚色無しで、この通りの会話でした。


常識がなかった若い私は、その時、
本当に意味がわかりませんでした。

なぜそこまで怒るのだろう?


と、ポカンと正直思っていました。

でも今なら、わかります。

人事部のあのお姉さまは、

採用人数、
辞退率、
現場からのプレッシャー、
欠員、
結果報告。


様々な数字と責任を背負いながら、
彼女なりに必死に仕事をしていたのだと。

そして、
ようやく見つけた人材に辞退される。

その時の焦りや疲弊が、
あの怒りの中にあったのだと、
今は思います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

昔の私は、
「人事=選ぶ側」だと思っていました。

ですが、実際に採用に関わると、

“人を採る側も必死に追い詰められている”

ということが、
少しずつわかるようになりました。

私は、「企業側に問題がない」
とは思っているわけではありません。

給料を上げる努力も、
働きやすい環境を作る努力も、
当然必要だと思います。

ただ、現場に立っていると、

「それだけでは説明できない不足

というものが確かに存在していました。

募集を出しても、
そもそも応募が来ない。

来ても、条件が合わない。

面接に来ない。

採用しても、すぐ辞めてしまう。

やっと定着したと思ったら、
3000円のお給料差で他社へ引き抜かれる。

そんなことが日常的に起きました。

私は、
人材不足」という言葉の裏には、

頭の中の計算だけでは見えない、

働く人の人生、
国の経済格差、
制度、
企業の事情、
そして、
現場の疲弊があるのだと思っています。

頭の中だけでは見えない景色が、
そこには確かにありました。

~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~


※感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。


本記事の内容を引用・ご紹介いただく際は、
出典として塩見有輝の名前、
あるいは、 下記リンクを ご明記いただけると幸いです。
https://jumpinghorse.red/labor-shortage/






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教育は大事だ」という言葉はよく聞きます。
でも、ふと思います。

本当に、今の日本で、教育の力が
そこまで信じられているのかな、と。

私は、
シンガポールが急成長していた時期に、
12年間、現地で生活していました。

 

 

 

 

 

 

 

年間のGDP成長率が毎年2桁で、
それが8%台に落ちると、
「経済が悪い」と新聞に出るような、
そんな成長中の時代でした。

当時のシンガポールは、
決して洗練された国という印象では
全くありませんでした。


経済的にもまだ発展途上で、
目立たない存在だったと思います。

でもそこから
英語を公用語にして浸透させ
金融、観光・物流で立国し、
世界の中で確かなポジションを築き、
小さな国でありながら
30~40年のうちに
輝く存在感を放つようになりました。

それは、まるで、
昔は全然目立たなかった子が、
ある日突然、
誰もが振り向くような存在に
なっていったのを、
隣で
見ているような感覚でした。


どうして、ここまで変わったのか。

私はやっぱり一つしかないと思っています。

それは、本当に、本当に、
教育の力を信じていたこと

建国者のリー・クアンユー自身が、
教育がもたらす力を信じて、
国の施策を立ててきたこと
あると思います。

 


もう一つ、
印象に残っている出来事があります。

以前、若い頃、
「シンガポール航空で働いています」
と話したときに、
日本航空の本社で働いている男性から、

「シンガポールのローカルな
フラッグキャリアですよね(笑)」

と言われたことがありました。

その言い方に、
少しだけ軽く見られているような
ニュアンスを感じて、
正直、驚きました。

その当時すでにシンガポール航空は、
サービス面で世界的に高い評価を受けていて、
特にビジネスクラスなどは
世界No1と評価されることが多く、
路線も広がりグローバルキャリアでした。

それでもなお、
そういう認識のままでいる人がいる。
しかも、その方は、
本社で働いている人でした。

 

人は、
自分が見ている範囲の中でしか

物事を判断できない。

そう感じた出来事でした。

そして、その「見えている範囲」を
広げてくれるものの一つが、
教育や学びなのではないかと思います。


最近感じるのは、
教育についての議論が、
どこか浅くなっているのではないか、
ということです。

例えば英語に関して、
今は翻訳ツールが発達しているから、
もう勉強しなくてもいいよね
という考え方も出てきています。

それは、正しい面もあります

でも、じゃあ本当にそれでいいのか。

言葉というのは、
単に意味が通じればいいものではなくて、
その人の考え方や空気感まで含めて
伝わるものだと思います。

それをすべてツールで
代替できると考えてしまうと、
どこかで何かを
切り捨てているように見えます。


それから、「届ける力」が大事だ、
という話もよく聞きます。

確かに、発信する力は重要です。

ただ最近少し感じるのは、
発信力があれば、OKということで
中身は偽造話でもなんでもありで、
それを見た人々も
また自信満々に同じく話すことに
違和感を感じるときがあります。


少し話がそれますが、

きれいになりたいと思ったときに、
すぐに結果が出る方法を選ぶことも、
今は簡単にできる時代です。

ただ一方で、
染み出る違和感
残ることがあります。

例えば手元を見たときに、
今では多くの人がネイルサロンで
人工的に整えたgelネイルをしています。

形も色も整えられているはずなのに、
それだけが浮いてしまうような感覚。

 

 

 

 

 

 

 

手全体の雰囲気に
どうも噛み合っていないように
見えることがあります。 


それらは、
積み重ねられていない即効的な
勉強や学びの話にも、
どこか通じているように思います。



私は去年MBAを取得しました。

すると何度か、

「それで収入は増えたの?」
「何のために取ったの?」

と聞かれました。

「学ぶことは、
お金に直結しないと意味がない。」

そういう前提でだけ、
多くの人々は選択をするのだと
感じました。


でも私は、
実際に見てきました。

教育によって、
国が変わっていく姿を

最初からお金を目的にしていなくても、
学びを大事にしてきた人たちが、
気がつけば経済的にも成功している。


1か月勉強して、
直後にお給料が上がることはなく
その力は信じにくい。

でも、
時間をかけて人を変え、
ときには国そのものを
変えてしまう力がある。


教育の力を、日本人の私たちは

今、本気で信じているでしょうか?


信じていないわけではない。

ただ、本気では
信じきれていないのでは
ないでしょうか?


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※感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。
本記事の内容を引用・ご紹介いただく際は、
出典として塩見有輝の名前、あるいは、
下記リンクを ご明記いただけると幸いです。
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桜の木がすぐ部屋の向かいにあって、
3月が4月になる頃は、
ベランダにかわいい花びらが落ちている。


薄ピンクでふわっと落ちていて、
とてもかわいいのだ。


まるで、
またね。来年ね。」と
挨拶しに来てくれているようだ。


臆病な私は、いつからか、
さようなら」ではなくて、ずっと
またね」という言葉に
こだわってしまってきた。


大事な家族達や友達たちには、
別れ際に、「さようなら」と
絶対言わないようにしていた。

外国のお友達が、片言でsayonaraと言ったり、
文字で書いたりすると、
"matane”と教えて言い換えさせていた。


でも、そのかいもむなしく、
「またね」と言っても
永遠の別れになったり、


“matane”と言っても、
先の見えない国境やVISAによる
長い別れになったりした。


何にも執着しないようにと、
人にも、思い出にも、
何にも執着しないようにと心がけるほど、
その心がけようとする意識自体が、
私の心の中の執着を浮き出させていた。

 

ちゃんは
私の方からこの部屋を去らないならば、
きっと来年も来てくれる。 

 

 

 

 

 

だからちゃんとの4月のお別れは
それほどは切なくはないんだ。

でも人間は違う。

どれだけ「またね」と言っても
戻ってこないことがある。
どれだけ言い換えても、
別れは別れのままだ。


それでも私は、たぶんこれからも
「さようなら」とは言わないと思う。

愚かだと思いながら、
それでも「またね」"matane"と
言ってしまう。


 

PS
今年も、ベランダに花びらが落ちていた。

(あのとき、切られてしまった桜の話)

https://jumpinghorse.red/?p=10576

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出典として塩見有輝の名前、あるいは、
下記リンクを ご明記いただけると幸いです。
https://jumpinghorse.red/?p=11092


感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。


もし心に響く部分がありましたら、
ぜひ引用元として、
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2021年、私はトルコリラ
900万円失った。
私にとっては大金で、
これを書くのは正直、気が進まない。

投資で損した人、ましてや、
トルコリラなんかで損した人は、
典型的な「情報弱者」だとか、
欲に負けた人」だとか、
そういう目で見られがちだからだ。

でも、このグラフを見てほしい。

トルコリラは、何年も、何年も、
下がり続けている。(90円が3円台に


(出典:世界の経済・統計 情報サイト)

これだけ長期間下落していれば、
どこかのタイミングで
ここが底だ」と思った人が、
きっと何万人もいるはずだ。

慎重な人も、情報を追っている人も、
経済ニュースを読んでいる人も。


「さすがにここまで下がれば、
 もう止まるだろう」

そう思った瞬間が、何度もあった。

でも止まらなかった。なぜなのか。


インフレが上がれば金利を上げる。
これは世界の常識だと思う。


けれどトルコのエルドアン大統領は、
インフレが加速する中でも
逆張りで金利を下げた


 


 


 


 


それがイスラム教的な倫理観
(→利子を望ましくないとする価値観)
から来るものなのか、
それとも主流派とは異なる
独自の経済観(≒思い込み?)
によるものなのかは分からない。

だが彼は、「金利は悪だ」と言い切った。
金利を上げようとする(常識を守ろうとする)
中央銀行総裁を解任した。


そのたびにリラは売られ、
市場の信頼は削られていった。


国のトップが何を信じるかで、
通貨の形は変わる。


私はそこで初めて、
国家の性格」というものを意識した。


あのあとから、
私は数字よりも先に
「人」を見るようになった。

GDPでも、人口でもなく、
その国のリーダーの考え方の傾向。

その人は、批判されたときに
どう振る舞うのか。

自分の信念と
市場の現実がぶつかったとき、
どちらを取るのか。

国家の経済は、結局、
トップの選択に引き寄せられていく。

そう思うようになった。


例えばマレーシア

出典:首相官邸公式アカウント(@kantei)より


2026年現在、マレーシア首相である
アンワル・イブラヒムは、
1991年に当時のマハティール首相に抜擢され、
財務大臣に就任した。


当時としては異例の若さだった。

英語も堪能国際感覚に優れ、
IMFなど国際機関からも
注目される存在だった。

国際金融の場でも評価される優秀な、
次世代リーダーと目されていた人物だった。

しかし、
1997年のアジア通貨危機をきっかけに
マハティールと路線対立したことで、
解任され、そして投獄へと至る。

(この経緯についてはこのブログで、
2023年4月19日の投稿で書いている。
長期にわたる敵対:人との衝突からの教訓

マハティール政権下で首都の、
クアラルンプールとシンガポールを結ぶ
高速鉄道計画も見直され、中止となった。


大型プロジェクトで、不動産業界でも
とても期待されていた鉄道だった。

表向きの理由は財政負担。
でも、このプロジェクトが、
自分が始めたものではなくて
前政権で開始されたものであったことも、
判断に影響したのではないか、
とも取れる動きだった。


国家の大きなプロジェクトが、
純粋な経済合理性以外のことで
曲げられたように見えた。

リーダーが何を優先し、
何を引き継ぎ、
何を自分の色に塗り替えようとするのか。
(これに関連する記事を、
2025年6月1日に
書いています。
「自分の足跡をつけるために、他人の足跡を消す」

そこにもまた、
国家の性格」がにじむのではないかと。


一方で、
2026年現在の首相であるアンワル首相は、
若い頃から経済分野に強みを持つ人物で、
市場の反応を意識しながら判断しているように、
私には見える。

派手なスローガンはない。
マレーシアのマレー人寄りでもないため、
人気もそこまでない。
でも、
自分の思想を証明するために
経済を使うタイプには見えない。

現在、マレーシアリンギットは
39〜40円前後。
為替相対的なものであり、
通貨の動きがそのまま
国内経済の強さを示すわけではない
それでも、ここ数年の水準と比べれば、
明らかに切り上げている。

トルコとは、どこか違う。


900万円は高い授業料だった。

けれど、その損失がなければ、
私は「国家の性格」という視点を
持たなかったかもしれない。

投資とは、数字を読むことだと思っていた。

今は違う。

 

その国のトップが何を信じ、
どこで意地を張り、
どこで現実と折り合いをつけるのか。

 

それを読むことなのだと、
思うようになった。

 

投資の世界に絶対はない。
経済というシステムにも、
もちろん絶対はない。

 

ただ、
リーダーの思い込みには、
驚くほどの持続力がある。

 

900万円で学んだのは、
数字の裏にある
“性格”の重さだった


~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~


本記事の内容を引用・ご紹介いただく際は、
出典として下記リンクを ご明記いただけると幸いです。
https://jumpinghorse.red/?p=11049

感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。



もし心に響く部分がありましたら、
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伝えていただけたらと思います。      





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最近、都内のお寿司屋さんでは、
カウンターに
外国のお客様が座っている光景が
珍しくなくなった。
ほとんどが外国人の場合もある。


日本に慣れていて、
友人を連れてきたり、
仕事の接待で店を選んでいたりする、
いわゆる
分かっている側の外国人客も多い。

そんな場面で、
何度も耳にした言葉がある。

ワタシ、ヒカリモノガ、チョットダメです

 

 

 

 

 

 

 

何か苦手な食材はありますか?
という質問に対して、
私は六本木のお寿司屋さんで2回、
渋谷のお寿司屋さんで、1回、
まったく同じこの答えを 聞いたのです。


これは流行りのフレーズなんですか?


その言葉を口にする人ほど、
この店の空気にも、日本の寿司にも、
十分に慣れているように見える。


お店に初めて連れて来られた側ではなく
相手をお店に連れて来た側の方が、
このフレーズを言っていた。


でも、


どれくらいわかっていて
そのフレーズを言っているのだろう。

もしそれが、
魚が光っているのが気持ち悪いとか、
酢の酸味が苦手だとか、
過去に体調を崩した経験があるとか、
そういう理由なら、
何も引っかからなかったと思う。

ただ実際には、
そういう説明はほとんど聞かれない。

光りものが、
なぜ扱いの難しい魚なのか。
なぜ昔は敬遠され、
同時に、職人の腕
試される存在だったのか。

そういう背景を
知っているようにも見えないまま、
「分かっている人っぽい選択」として、
その言葉が使われているように感じてしまう。

理由を知らないまま、
理解している側の立ち位置に立とうとして、
このフレーズが発せられているよう。

~~~~~~~~~~~~~


考えてみれば、
こういう振舞いは、
私たち自身も日常でよくやっている。

聞きかじった知識や、
誰かの正しそうな言葉を借りて、
自分で確かめないまま、
「分かっている」
という顔をしてしまうこと。


ワタシ、ヒカリモノガ、
チョットダメです」は、
その思考停止的・知ったかぶりを、
目の前で分かりやすく 見せてくれた。


それは成功法の踏襲とは違う。


 

今の世の中には、
「ワタシ、ヒカリモノガ、チョットダメです」
によく似た言葉が、あふれている。

知っているようで、
実はよく分かっていない言葉。

自分の判断のようでいて、
どこかから借りてきた言葉。

正しいと世の中が認めたらしい言葉を、
そのまま口にしているだけの言葉。


それは本当に正しいのだろうか。

今も通用するのだろうか。



そしてそれは、
本当にあなた自身の意見なのだろうか。

 

――あなたは、本当に、
ヒカリモノガ キライですか。ーー



 


 


 


 


 


 


 


 


 


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本記事の内容を引用・ご紹介いただく際は、
出典として下記リンクを
ご明記いただけると幸いです。
https://jumpinghorse.red/?p=11030


感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。


もし心に響く部分がありましたら、
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 2026年あけましておめでとうございます。


今日は、


シンガポールは移民に厳しい国だった。
でも、野蛮ではなかった。
という話をしたいと思います。


本年もよろしくお願い致します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最近、日本では
シンガポール移民政策に成功した国だ
という言い方を耳にするようになりました。


同時に、「あの国は
移民に対してとても厳しく
差別的なのではないか」
という印象を持つ人も
増えているように感じます。


確かに、制度だけを見れば、
そのとおりです。


シンガポールは経済のために
移民を受け入れ、
その条件から外れた人には
例外なく厳しい判断を下す国です。


人間的な事情(恋愛・妊娠)でも
例外はありません。


なお、ここで時々話題にされる、
シンガポールの外国人メイド
妊娠に関する事例については、
私はすでに 202210月23日 に、
このブログで取り上げています。


2022年10月23日公開
メイドさんの恋愛と妊娠


シンガポール人の雇い主と恋愛して、
たとえ子どもができたとしても、
そのまま結婚できません。


ビザは即時にキャンセルされ、
本人は母国へ帰国しなければならない
というケースです。


この事例は、
シンガポールの制度が、いかに
経済合理性を最優先し
個人の事情を考慮しないかを
端的に示しています。


ただ、私が12年間、
シンガポールで暮らしてきた中で
感じていた空気は、
いま日本で語られているイメージとは、
少し違うものでした。


私がシンガポールで学んだことは、
制度の厳しさと日常の態度は、
完全に切り分けられている事実です。


結論から言うと、
「制度としては外国人に
容赦なく厳しいが、
他民族を侮辱することは
タブー中のタブー」

という空気でした。


シンガポールで印象的だったのは、
リー・クアン・ユー
一貫して進めてきた
「民族の融合」の考え方でした。


それは、異なる民族同士が
無理に理解し合うことを
求めるものではありませんでした。


理解できない部分があっても構わない。
ただお互いを、けなしあわないこと。


逆に、無理に変に擁護したり
持ち上げることもしないです。
ただ、
そこに存在すること自体を認める。


そのようなスタンスが、
日常の空気としても、
はっきりと示されていました。


それは、多様性万歳や、
多様性が素晴らしいという
左寄り思想とは違いました。


いろいろな人々が違う文化で
狭いところで生活しているから
しょうがないよね、
でもお互い生活の為だよね
だから
誰にでもわかる公平なルールを
シンガポール人の為に作っておこう、


ということでした。


シンガポールの社会では
FAIR(公平)


という言葉が
とてもよく出てきます。


頑張ったら頑張った分だけ
得をするのがフェア、


誰かが他の理由で守られて
得したらアンフェア。


決まったルール内で、
努力して優れていたら得する。


負けても、頑張った分量の
ある程度のリターンはある。


それがフェアという社会でした。


 






日常の会話の中で、
もし少しでも他の民族について
否定的なことを
公の場所で口にすれば
周囲の人たちも
「そんなことを言うなんて信じられない」
という反応をする。


その感覚は、私が暮らしていた
当時のシンガポールでは、
ごく当たり前のものでした。


相手の国や民族に対して
しっかり距離や警戒心を持つことと、
言葉で貶めることは、
本来は同じではないはずです。


その二つが混ざってしまったとき、
議論はいつの間にか
感情の発散に近いものになってしまう。


政府もそうした懸念を明確に示していました



  • 公の場で他民族を貶めることは「最悪の行為」

  • 野蛮で、恥ずべきことだと教えられてきた

  • 冗談でもアウト、という空気

がありました。


シンガポールでは「言論の自由がなくて
民主主義的ではない」との反発もあり、
公園で国民がスピーチできるよう
制度が変わったことがありましたが、


スピーチ内容は事前報告し、
監視の下での発言でした。




それじゃあ「非民主的だ」という
批判があるのも理解できますが、


その国の成り立ちを見れば、
「民族・宗教の話題が暴発した時の破壊力」
を、
シンガポールは誰よりも知っていたのです。




 




リー・クアン・ユー
民族統合への強烈な意志と
それによって
国益を守る意思がありました。






経済で負けない制度を引いて
でも「悪口を言うこと=愛国」
ではないという
「線引き」が極端に明確な国でした。






経済政策と人間の尊厳を混同しない。




制度は冷酷なほど合理的。




しかし日常生活では、


人種・民族への敬意が絶対ルール


そんな国でした。
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感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。




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伝えていただけたらと思います。


 


 


 





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今日は予算3000円で、
素敵なクリスマスを過ごす具体案を
男性に向けて書いてみようと思います。


大変にシンプルでありますが、
大事なのは、
前置きと演出にありますので、
恥ずかしがらずに
口説き上手なイタリア人になったつもりで
小さな演出を全力で楽しんでみましょう。


3000円の内訳はだいたいこんな感じです。



  • 可愛いピースケーキ 2つで1,000円

  • 500円の無名シャンパン

  • バラ一輪 500円

  • 1,000円のアクセサリー

  • そして一番大事なのは、“前置き”の魔法



女の人が高価なプレゼントを欲しがるのは、
自分が愛されるに値する価値ある女だと
感じたいからです。


それを転売して換金したい訳では
ありません。


気持ちがどう立ち上がっていくかを
大事にする生き物なので、
前置きと演出を照れずにしてみよう。


12月23日までの前置き
「明日のプラン、もう完璧に作ったよ」
「ギフト買ったよ。何だと思う?」
「明日は3か所に行くよ。今は言わない」
など、
自分自身が計画を立てて
ワクワクしている様子を
相手に伝えましょう。


実際に行く場所が、
お金がかからない
もしかしたらありきたりの
イルミネーションスポットでも、


前置きをワクワクとしておけば、
「適当にミッドタウンでも行くか~」
とその日に適当に言われるよりも
全く見え方が変わります。




ギフトの形当てクイズ
ギフトはアクセサリーにしてください。
アクセサリ―が一番嬉しいです。


まさかこんな安いアクセサリー、
綺麗な彼女に笑われちゃうと
そういう心配を、
演出で消しましょう。


素敵なイルミネーションを見ながら
手つなぎお散歩をしながら、


アクセサリーを触らせて
「何だと思う?」「Guess?」と
言って女の子の気持ちを
盛り上げましょう。


ディスプレイ

三角のケーキではなく、
こういう形の華やかな形のものを選び
ペーパーをとってお皿にのせます。


ケーキ屋さんで、プレートに、
MY LOVE 〇〇
彼女の名前を書いてもらいます。



シャンパンのようなスパークリングワインは
ロゼでシュワシュワしていれば
それだけで素敵と思う女性が多いと思います。
プロの女性でなければディスプレイ次第で
素敵に見えると思います。

このようにディスプレイします。


バラは花びらにすると
一輪でもボリュームが出ます。




ギフト色当てテスト
女性のアクセサリーは店頭にも
ネットにも山ほど売られていて、


イヤリングネックレス
特に低予算でも見栄えがよくて
彼女の雰囲気にあうものを
見つけられると思います。


「何色だと思う?
間違えたら1回キスだよ」
とカラー当てごっこをして、
絶対に当たらない色を
正解にしましょう。


乳白色、クリスタル色、
オーローラ色など、
絶対にあたらないし、
どんな洋服にも合う色です。


彼女が色当てを間違うたびに、
「ノー」と言ってキスをしましょう。


相手が喜ぶ工夫
忙しく働いたあと、
限られた時間をなんとか作って
“3000円のロマンティック”を
恥ずかしがらずにやってみよう。


“今あるリソースで工夫する”
という姿勢は、
恋愛だけでなく、
仕事にもつながる。




私は昔、とある会社を見たことがある。
最初は誰もキラキラした経歴なんて
持っていなかった。


学歴も職歴も弱いと言われるような
人たちばかりだった。


でも、その社長は
“今いる人材と環境で何ができるか”
の天才だった。




リソースが弱い時期は、
やっぱりみじめになりがちで
カッコ悪い時期になりがちです


その時に当たり前でも工夫を実践して、
ひとりひとりが“必要とされている”
と感じる空気を作った。


その積み重ねで会社は伸び、
やがて本当に
キラキラした経歴の人たちも
集まるようになっていった。




それを見たとき、
最初の段階で工夫ができる人こそ、
本当に強いと感じた。






だから、3000円クリスマスで
相手を楽しませられる人というのは、
実は未来の伸びしろがとても大きい。




そのときはまだ
小さな世界にいるように見えても、
数年後、
いや実際は、そんなに簡単ではなく
もしかすると
十年かかるかもしれないけれど、


気づけば本当に素敵なレストランに
背伸びせず連れて行ってくれる
温かい大人の男性になっている。




お金がある時期が来たときに、
“どう使うか”を知っているのは、
こういう地味な工夫を
積み重ねてきた人たちだ。




そして、
二人で歩いてきた年月は、
誰にも見えないけれど、
静かで深い“物語”になっていく。




高級レストランのテーブルで
二人は思い出すだろう。




初めて一緒に過ごした、
あの小さな3000円のクリスマスのこと。




そして、心の中で静かに思うはずだ。
「ここまで一緒に歩いてこれてよかったね」





🎅 メリークリスマス



素敵な夜を。
あなたにとって
温かく幸せな時間でありますように。


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感じ方や言葉の紡ぎ方には、
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今日2025年10月21日に、
日本初の女性の内閣総理大臣
誕生しました。


そういうわけで今日は、
私にとって印象深い
2名の女性リーダー
の話を
させて頂こうと思います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今から20年も昔の話だ。
その頃はスマホ登場前のガラケー時代
そのガラケーのオンラインショップで、
DeNAが行っていた「モバオク」があった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


通信速度が遅くて、ガラケー画面に出てくる
主にアパレルの商品写真は
カクカクしていた。
(この表現では今の若い方にはわからないかも)


私は、未来を感じて


会社に勤める傍ら、副業
モバオクで洋服を売ることにした。


密かに自分の会社を設立し、
本業で行った台湾出張の空き時間に
洋服を縫ってくれる業者さん2か所を訪問し
よさそうな方と業務提携した。


モバオクで売れている洋服の写真を
台湾のお裁縫やさんに送り、
それと同じ生地とデザインで
同じように製作してもらって
日本へ送ってもらっていた。


DeNAという会社は、
今では野球チームさえも所有して、
知らない人はいない会社だが、


20年前は、一般には知られていなかった。


私が不在中に、
勤務している会社の自分の机の直通電話番号に
電話がかかってきても、


「ディーエネー??というような名前の
会社から電話がありました。」
という伝言メモが置いてあるくらいの
そんな知名度だった。


ある日、私は、DeNAの本社での、
モバオクのテナント向けのセミナー
参加した。


綺麗なオフィスで、
紺色のスーツを着たスマートな若い男の方々が
立派な講堂のようなセミナールームに
連れて行ってくれた。



40分か50分のセミナーの後、
社長の南場さん
(DeNA創業者、
現会長の南場智子さん)
が紹介された。


南場さんは、今から思い出しても、
当時もそのままの風貌で、


(DeNAホームページからお写真拝借しました↑)


セミナー中はずっと
講堂の一番後ろの壁の前で、
他の社員と一緒に立ったままだった。


紹介されると、ずっと頭を下げながら
後の壁からセンターのステージにつくまで、
2回くらい腰も曲げて
ゆっくりお辞儀しながら出てきた。


20年も前のその光景を覚えているくらい
私にとっては印象的だった。


お話の内容も、私たちを「テナント様」と
呼んでくださって、
とっても謙虚で、今まで見たり
頭の中でイメージしがちな、
勝気な女性リーダー像と
全然違っていて、

とてもびっくりした


その頃、私は会社の営業部にいて、
とても狭い「世界」とも呼べないような
とても小さな金魚鉢の中で、
数字競争をしていた。



 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


自分のことを有能だと思っていて
自分にも人にも厳しかったし、
周りにもそういうタイプの
女性リーダーしかいなかった。


人としての温かさ
という言葉を使って、
諭してくれたんだろうと、
今となって気づく男性上司の話も、
「ばかみたい~」とスルーした。


人としての温かさを持ったその男性上司は、
私に、はっきりと
「お前が欠如しているところだよ」
ということは優しさから言わないから、


なんだか、話に具体性がなくて、
核の周りをぐるぐる回るような話で、


いったい何の話で、誰の話で、
いったい何が言いたいのかが
当時の私には全然わからなかった。


「私のことを言いたいのかな」と思っても、
だとしても私も納得できないし、
一生懸命やっているし、はっきりしないし、
抽象的過ぎて頭の中に
?マークしか浮かばなかった。


そういう当時の私から見て、
南場さんの頭を下げながらの登場は、
新鮮でびっくりしたのだ。



金魚鉢の会社に戻って、
この「びっくり話」をしたかったのだが、
なんせ秘密の副業なので、
会社内の誰にも、感動をシェアできなかった。


とは言え、
会社の本業も頑張っていたので、
会社以外の友達に話す暇もなかった。


副業を始めたのだって、
「仕事で認められることが一番大事」
と当時の自分は思っていながら、
でも「お金」も大事だよな、という、
たぶん迷いが出ていたからだろうか。


少しの間、洋服を売っていたが
台湾から送られてくる洋服に、
あからさまに生地を節約して
短い丈になっているものが
混じってくるようになった。


極めつけは、


オフショルのトレーナー生地の
黒のミニワンピの大人気商品のはずが、


生地が節約され小さいサイズで納品され、
単なるダボダボの
ダサい黒トレーナーになっていたこと。


 


 


 


 


 


 


 


クレームの電話が何本もかかってきて、
謝罪して返金したり、
毎日の発送作業などなどで、
イライラしていた私は、
同居の彼と毎日喧嘩になって、
ハッピーになれなかった。


モバオクはやめたし、
家族や彼と一緒の仕事をするのは、
今後一切しないと決めた。


あれから20年以上たって、
悲しいこともいろいろ体験し、
そんな傷の中から、
私の温度を持った心が生まれてきた。


 



 


 


 


 


 


 


 


 



20代から付き合ってきた
バセドー氏病という甲状腺機能亢進症を、
放射線治療で直したおかげで、


とても早かった脈拍が、正常になったのも、
性格変化に少し貢献していると思う。


体と心がつながっているのを体験した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


高市さんを見たときもいろいろ感じた。


政治の方針についてはいろいろ考え方があるし、
そことは関係なく、外見から伝わるものに、
共感するものがあった。


をアピールした雰囲気ではないけれど、
ウィッグ眉のタトゥをしていた。


随分前のテレビで、
「緊急事態の際に、
15分で身支度を整えられるように
練習した」と言っていたのを見た。


確かにその佇まいは、


かわいく見せたい♡
若見せして票がほしい♡とか、


そういう感情からずっと離れて、


本当にすぐ準備するために
仕様を変えているように見えた。


危機に直面した場合に、
評論家ではなく
当時者として仕事する気概が見えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




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https://jumpinghorse.red/?p=10909


感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。




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インドネシアから、
毎朝の銀行口座のスクショとともに、
「幽霊が階段でスタッフを押した」
という一文が並んでいました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日は、
東南アジアでの宗教儀式などに絡む
具体的なエピソードをお話しながら、
考えや習慣が違う人々とのお付き合いについて
書かせて頂こうと思います。


「幽霊が階段でスタッフを押した」
「それ以外にも最近同じお店で、
不思議なことが起こっている」と
もし言われたら、あなたはどう思いますか?


日本だったら、きっと、


「私はスタッフから頭が悪くて
不安に脅かされがちな【情弱】だと
思われているのかな?」 

と不安になるかもしれませんよね。


あるいは、
dukun(ドゥクン。インドネシアの呪術師)
を呼んで現金払いしたことにして、


会社の現金をもらうつもりなのかな?
キックバックをもらうのかな?


と考えたりもします。


ですが、東南アジアでは時々
このような祈祷リクエストを
言われることがあります。


サラリーマンの時に
シンガポールで売上が下がった理由を
まじめに話しあっていた時に
「今年は、新年のドラゴンダンス
祈祷をしなかったからだ」
という話題になったこともあります。





ショッピングモールでは毎年、
ドラゴンダンス(獅子舞)を呼んで、
申込みをしたテナントのお店を回って
景気付けをしていきます。


お店の入り口に生の野菜をかけて
待っていると、ドラゴンが食べに来て、
お店の中を歩いて景気付けをしてくれます。


モール管理部からは上中下の3段階の値段の
御祈祷パッケージ案内があったりして、
会社が申込をして経費で支払います。


日本の営業会議で、
「新年の法人祈祷を今年しなかったので
売上が落ちた]と意見する人は
あまりいないと思いますが、
東南アジアでは、
そのようなこともたまにありました。


そんな言い訳を言える雰囲気にしていることに
自分にがっかりしたり、反省したりもしました。


そして、そちらに話が流れないように
「来年はちゃんと申込みをしようね」と
話題を切り上げたりしていました。


================




マレーシアでは、
2014年のマレーシア航空MH370失踪事件の時、
クアラルンプール国際空港で祈祷師が、
消えた飛行機を探すための儀式を行いました。

これは政府による「公式会見」ではなかったのですが、
大勢の記者団が見守る中で“公開儀式”をしました。

ココナッツや竹の棒、魚をとるかご(いけす)を
使って儀式を行って↓↓↓





それが、とてもなんというか
非科学的で笑ってしまう雰囲気でしたが、
世界の有力メディアで大きく報じられました。


墜落事件で各国記者が集まっている
KLIA空港で行ったため、
まるで政府公式会見に見間違うくらいに
話題になってしまいました。


この報道について、
マレーシア国内からも
「恥ずかしすぎる!」
「マレーシアが世界からバカにされる!」
との非難も多くありました。


さらには、
ここまでおかしなことをするということは、
逆に、この事件には政治的に
何か隠したいことがあるので、
あえてこんな突拍子もないパフォーマンスで、
気をそらせているのでは?
という陰謀論さえも出ました。


とは言え、このエピソードは、
こういった祈祷儀式が
マレーシアにも根付いているのを
表すものだと思います。


======================




マレーシアでは近隣諸国と比べて
イスラム教の戒律スタンダードがやや高く、


会社で食事会をするときには、
通常のレストランでチキン
メインメニューにするだけではなく、
イスラム教徒のハラルのケータリングを
レストラン内に設置する場合が
多いと思います。


レストランで出てくる、素敵なお皿に
ローズマリーとともに盛り付けられた
すてきなチキンよりも、



運ばれて、くちゃくちゃになった
銀色のビュッフェトレーのチキンに
行列しているムスリムのみんなを見てると、
それが
リクエスト以上のニーズだったのだと
認識しました。



ただ、あまりにこちら(私達)の方が
過敏に反応して頑張ってあわせても、
いろいろ支障が出やすいこともあった。


「なんでも【宗教】に絡めて騒げば、
自分たちの要求が通る」というふうな
雰囲気になってしまうと、
とっても困ってしまうので、


いつも淡々と振舞うようにしていて、
その方がうまくいくことが多かったと
個人的には感じています。


非公式な慣習のリクエストも
不正やコストのリスクを意識しつつも、
モチベーション低下や不信感につながるような
完全な否定はしないで、
受け入れた方が結果よくなりそうならば
淡々と受入れるときもあってもいいかなと、


前述した幽霊祓いは、経費でしました。


いくつかのレシートと、
dukun(呪術師)
儀式のビデオが送られてきました・・・・汗


 



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出典として下記リンクをご明記いただけると幸いです。
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感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。




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若い時に、こんなこと↓





 




 




 




 




 




 




を伝えられても、




「うわ~~~~、いかにも~なメッセージ。」




とウンザリ思っていた。




そういうあなたは、できていたの?とも。




でも、計算式でみると、




貯金でも何でも、こういうものなんだろうなと




納得できる。





今日、若い皆さまにお伝えしたいことは、




以上です。




 




 




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感じ方や言葉の紡ぎ方には、
その人だけの色があります。




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