塩見有輝の日本と海外のデュエルライフ

塩見有輝の日本と海外のデュエルライフ

シンガポールに12年住んでいました。現在は、月の半分が日本、半分が海外です。仕事でインドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピンに行くことが多いです。1年間にその他10か国以上旅行して、美しい景色、文化、人々に会うことを楽しんでいます。

経済産業省様支援のセミナ-内の一コマです。(海外高度教育協会HPに記載)


2022年が明けまして、
おめでとうございます。
本年も皆様とブログを通じて
お話するのを楽しみにしております。


毎年、年末になると、
素晴らしく驚異的に
仕上がっている郷ひろみさんの
2億4千万の瞳」を聞きながら
日本のミステリーを感じております。


下記は、今から7年前の2015年3月に
書いた投稿です。


状況は、2022年も変わらずで、
現在もミステリー続行中なり。



 

 


 


 


 


 


(2015年3月22日初公開記事↓
※印部分は、2022年に加筆)


皆さま こんにちは!


東南アジアコンサルタントの塩見有輝です。


昨日、日本の人口のことを考えている時、
ふと、郷ひろみを思い出しました。


皆さんは、郷ひろみさんの
2億4千万の瞳』という曲、
ご存知ですか?


「億千万、おーくせんまんの~胸騒ぎ~」
「エキゾティック~、エキゾティック! ジャペーン!!」


というアレです。
1984年の2月にリリースされました。
今から31年前です。
(※202Ⅰ年現在からは38年前


JRがまだ国鉄だった頃。


国鉄の、
国内鉄道旅行促進のCMと
タイアップして、


時の売れっ子作詞家である、
売野雅勇が作詞した曲です。


2億4千万の瞳って、
とても印象的なタイトル。


日本の人口が1億2千万だから
2億4千万の瞳になる訳ですよね。


あれ?
今、31年もたって、
日本の人口が、未だ、
1億2千万人台。


対して、シンガポールは、
1984年の人口は、273万人


2014年は547万人と、
(※2021年568万人)
ちょうど
ぴったりほぼ倍
になっています。


無題8


マレーシアはどうでしょう?
やはり2倍になっています。


1984年は、1,533万人

2014年が、3,046万人
(※2021年 3,200万人)


フィリピンはどうでしょう?
やはり2倍になっています。
1984年は、5,335万人

2014年が、9,943万人
(※2020年 1億903万人)


インドネシアは、
もともと多いところに
さらに1億人増えて、


1億5,950万人

2億5,149万人
(※2020年 2億735万人)


ベトナムはどうでしょう?
やはり2倍になっています。
5,857万人

9,063万人
(※2020年 9,734万人)


タイ36%アップ
5,058万人→6,855万人
(※2020年 6,618万人)


東南アジアが勢いがあって
当たり前ですね。


先進国のアメリカは、
どうでしょう?


2億3,631万人
→3億1,852万人
(※2021年 3億3,290万人


中国が、
10億4,357万人
→13億6,752万人
(※2020年 14億1,178万人


インド
7億4,300万人
→12億5,970万人
(※2021年 13億5,500万人


日本の1984年時点で、
1億2千万人の人口が、
40年弱経過した2021年も、
→今も1億2千万人。


これは、


1955年10月生まれの郷ひろみが、


1984年(29歳)から31年たち、
今年2014年60歳なのに、
(※2020年では満66歳


まったく外見に変化がないのと


同様レベルの、


非常にレアなパターンです。


不変のもの。


38年間、
変わらない顔と身体の郷ひろみが、


38年間変わらない日本の人口、


「2億4千万の瞳」を歌っている!!


なんというミステリーなんだ。



私はアンチエイジングに対しての、


女性個人としての希望と、


少子高齢化に対しての


国家規模の不安が入り混じって、


なんとも不可解な気分になった。



 


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結婚に至るまで、
いろいろと2人で努力をした。
協力者を得て、特殊なアイデアを得て
特別な手配をたくさん使った。


私は、ルール違反をしていない。
ルール違反をしない為に、
ルールを変えただけだ。
そうする力が私には、あったので。
これは、まっとうな道ではないのか。


それを国民は、私がまるで
ルール違反をしたかのように
責め立てた。
掲示板の書込みが、
私関連の1つのニュースで50万件。
いいねの数ではなくて、
書込みの数が50万件。


そこで、掲示板のルールも変えた。
Youtubeのルールも変えた。


私が顔を曇らすだけで、
勝手にルールは変わる。


私はルール違反をしていない。


結婚会見でKが
「たった一度の人生なので、」
という言葉を使った。


たったひとつ、
この一部分の言葉だけが、
会見の中でKが話した言葉の中の、
たった、ひとつ、の、真実、で、本音、だと、
私は隣りで感じていた。


その後の、
「愛する人と~」という部分は、
他の意図があっての発言だと
自分の心根ではわかってはいる。


Kのメンタルの強さは、
世間でも批判の対象だったり、
それを通り越した賞賛の対象だった。


Kは、いつだって、
「何をしても、命までとられない。」
そう思っているようだった。
小さい時に経験した、
父と祖父母の死による死生観のせいか、
人生は1回だけで、
だから、プリンスになる夢を
私の気持ちをつかむ方法で、
叶えた。


天皇陛下の弟である
皇族の父に対してだって、
大学の卒業のことも、
司法試験の手ごたえのことも、
「大丈夫です!」と
本当に平気で嘘をついているのを見て、


「命までとられない。」
そう思っている男の強さを
私は、感じて若干驚きはした。


Kはなぜ、
その強さをこんな風にしか
使えないのか、


持っているものをそんな風にしか
使えないのか、


Kも私に似て、不器用なのだろう。


私たちの結婚騒ぎの発端になった、
Kの母親のことについて、
法的に事件として攻めようとしている
ジャーナリストSもそうだった。


時代が違ったら、
1947年より前だったら、
とっくに不敬罪で逮捕だ。
彼は、元共産党員と聞いた。


「蟹工船」を書いた、
小林多喜二と同じだ。


教科書で、蟹工船が出てきて、
不当な扱いをされて苦しむ労働者たち、
プロレタリアートを表現した、
著者の小林多喜二がその後、


この作品が、
「皇族に献上するカニの缶詰を作っている」
という記述によって、不敬罪となり、
思想犯となり、特攻警察に拷問されて、
死んでいったと知った。


皇族がそこまでの力を持っていることに
恐ろしさと嫌悪を一瞬持ったのと同時に、


なんで、この人は、
拷問で死ぬような待遇が待っているのに、
思ったことを言ってしまうのか?


なんで、もっと俗っぽく
賢く生きられないのか?
とも同時に感じた。


ジャーナリストのSも、
小林多喜二も、
それに、会見で言わなくていいことを
発言してしまい、
自ら損してしまう私自身も。


そこは同じく、彼らと似ていて
不器用だ。


私の中の、
この血に入っていて、
離れることができない権力を、
私は、今もまだ、
怒りにまかせて、
使おうとしているのか。


父も、私のせいで、
その力を振り回そうと
しているのか。


いつからこんなに
不器用な生き方になってしまったのだろう。


そして、Kは、
初めて手にしたフォースを
振り回したくて仕方がないみたいだ。
意味深にダースベーダーを
気取っている。


ブータンのワンチュク国王が、
2011年の震災後、
来日中に、日本の、ある小学校で


「自分の中には龍がいます。
その龍をどうやって操るかが大事です。」


そういう話をしていた。


NYの空をみながら、
その言葉を思い出した。


龍の国の皇族として生まれながら、
私は龍の扱いを習ってこなかったのかな。


父は、龍の扱いを教えてくれるのかな。


これからの私の未来は、
幾通りもあると思う。


私の龍の使い方によって。


それがわかったとき、
私は品を取り戻す。


そんな気が、
うっすらと湧いてきた。



 


 


 


 


 


 


こちらの完全フィクションは、エピソード4に
後日つながります。


エピソード1はこちら→https://bit.ly/3pdejTI
エピソード2はこちら→bit.ly/3rgt22B



※上の龍の絵は、草場一壽(くさばかずひさ)さんのものです。
 


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弱さを武器にすることは
Kから教わった。
Kは、それを母親から?
たぶん、そうだ。


権力をもつ皇族の私に対して、
他者が気重になりすぎないようにと、
「配慮としてのパワーダウン」として、
「弱さを見せる」というのではなくて、


他者に勝つために、
弱さを武器にするのだ。


CPTSDという病名は
センセーショナルに発表され、
ある程度の効果を得た。


NYで一人で大荷物を抱えて
迷子になる様子も同じくだ。 


俗世間でも、
装った弱さを武器にする手法は
品を捨てて個人の利益を守る、
下品な手法だとは感じる。
ただ、それほど私は、
切羽詰まった状況にいた。


これまでは駄々をこねて、
すべてが手に入ってきたのに、
今回は、9分9厘ぎりぎりの
がけっぷちに立たされた。


この手法が最も効果を出したのは、
それまで結婚を反対していた両親や、
さらに位の高い存在に対してであった。


権力の使い方については、
皇族内でそれぞれ考えられて、
戦争という過去のこともあり
慎重であった。


国家のためであってでさえも
権力を使うことに慎重だった。


皇族とK家との関わりを
婚姻として書面上に残すことは、
2600年の歴史から見て
小さくはない事件だというのが
大方の世論だった。


それでも、
私を止めることができる、
数少ない高位の方々は、
「皇室の曇り」に繋がる婚姻を、
権力を使って阻止してはこなかった。


「黙して語らず」を通して
品を保っていたのだ。


結果として、
高位の方々は、
静かに事態を見守ったままで、
「生きていくのに必要な選択だ」と
生死をかけて駄々をこねた私が、
現実の表面世界では
勝って欲しいものを得た。


もしかしたら、高位の方々に
私の「弱さ攻撃」が効いたのか、
それとも、
私にはまだ理解できない
高次元の思慮によって、
何もしなかったのか、
どちらだったのだろう。


これがもし、民間だったら、
企業だったら、
権力の腐敗が目下で起きている時に
No1が制裁を下さずに
事態を見守ることは、


組織の為にこそ正しく使われる権力
待っていた人々を、
心底がっかりさせることなのだろうか。


いずれにしても、
皇室という特殊なエリアで、
高位の方々の品位によって、
逆に私は思いを遂げることができた。


Kの留学関連の手配や、
キャリアの手配や、
数々のことに権力を使って、
その後にすぐ、
「権力を使っていない偽装」をするために、
また さらに、権力を使って、
体裁を保とうと必死だった。


今から思えば、
自分の彼氏の為にした
特殊手配や特殊操作が
世間に明らかになってしまっても、
そのままにしておけばよかった。


その後に、
そんな特殊手配はなかったと
「辻褄合わせ」さえしなければ、


男の人に入れ込んだ、
ちょっとイタい、
世間知らずの弱いお嬢様として、
自分を受け入れていれば、
同情されて
批判は受けなかったのかもしれない。


私は、そんな自分は、
絶対に認めたくないし、
受け入れるつもりはない。


武器として弱さを装うことはしても、
自分の本当の弱さを認めるほど
強くはなかった。


私は、素晴らしく価値がある女だし、
彼氏も、素晴らしく素敵な人なんだ。


ヘンリー王子がメーガンと結婚した時
英ロイヤルには、
自分の立場のこともあり、
興味があったので、
メーガンが出ているドラマ「Suits」を見てみた。


悲しい家庭環境の主人公のマイク・ロスと
Kを重ねてみたりした。
マイクは、ハーバードは出ていないが、
データベースの改ざんをして、
卒業したことにして、
弁護士資格がないまま
弁護士として事務所で働いたり、


もう一人の主人公の、
マイクの上司であるハーヴィーは、
若くてパッとしなかった頃、
弁護士事務所のジェシカ・ピアソンに
見込まれて、
事務所が学費を融資して、
ハーバード大学を卒業させた。


2011年から2019年に渡るシーズン9までの
大ヒットドラマを見ているうちに、
マンハッタンの街で
英語の能力を生かして、
Kが仕事をしたらどんなに素敵だろう・・・
マイクと結ばれたレイチェルを演じた
メーガンのように、
私もKと結ばれて、 
あの2013年の海外旅行の時のように、
エキサイティングなNYマンハッタンで
2人で生きていけたら、
どんなに幸せだろう・・・
そう思い描いていた。



 


 


こちらのフィクションは、エピソード3に続きます。
エピソード3はこちら→https://bit.ly/3lMWycE


エピソード1はこちら→https://bit.ly/3pdejTI


 


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2月の試験は、
どんなことがあっても合格させる。
プリンセスの「彼氏」という
不安定な立場ではなくて、
「正式に婚姻した」立場のKなら、
どんな融通もきかせられる。
私が毛嫌いした権力を持って。


1回目の失敗によって、ちょうど世間が
「米司法試験には忖度が効かない」と、
信じ込んでいるので、
それは2回目の成功を際立たせるのに
とても都合がいい。
あと1回だけ辻褄合わせを押し切ったら
権力を使うのは終わりにしよう。


私には、もう、権力の使い方や、
品とか品性というものが、
どんなものだったかも、


わからなくなっていた。


幼い頃から、いつも私の隣りにいる妹が
写真を撮られたり、何かと話題になったり
世間でもてはやされてきた。
妹は、はつらつとして純粋で、
私にとって宝物のように大事な存在だ。


そんな妹に嫉妬するはずも、
敵対視するはずもなかったけれど、
「私は、どんななのかな。」と
思うことはあった。


母は私の顔を、公家顔でとても品があると
いつもほめてくれた。
皇族らしい、公家顔の特徴ある目元は
何千年も受け継いだ血統を表して、
とても品があると、
その血を持たない母はよくほめてくれた。


それでも私は、もっと俗世間にうける
今どきの美がほしかった。
通販で売っているような、
ペラペラの生地の「安っぽい」服。


生地が悪くても、デザインが可愛い服。
多少痛んでも、カラーした薄茶色の髪。


なんでも手に入ると思われている特権には、
手に入らないものが多かった。
例えば、品のない安っぽい俗っぽいものだ。


でもそれらは、魅力的なことが多かったし、
公家顔の私よりも、妹の方がよっぽど
俗世間うけしている理由なんじゃないかと、
思ったりもした。
日本一貴賓高い私が、
心の中で好きだと思っていた人が、
他の俗っぽい女と仲良くしているのを見ると
とても解せなかった。


私は、自分はまるで
生地は超高級シルクだけれど、
誰も見向きもしない地味な洋服みたいだ、
そんな風に感じていた。


大学に、フェイクファーのセーターと
太腿の半分まで見えるくらいの
フレアのミニスカートと、
モコモコブーツのコーデで行った時、
すごく嬉しかった。
安っぽい俗っぽいものを着るのが
楽しかった。
週刊誌でその自分の写真を見た時、
我ながらドキッとするくらい
チープで下品な感じがしたけれど、
同時に、こんな自分こそ
結構気に入っている。


Kの俗っぽさに惹かれたのも、
そんな私の傾向があったのかもしれない。
「海の王子」という何とも言えない
俗世間でのあいまいな称号でも、
自信満々に話しかけてきた。


Kとマンハッタンで暮らすことになるまでの
この数年で、私の権力と品についての混乱が
はっきりと起こっていった。


結婚報告の会見で、
私は嫌味を連発したのだけれど、
予想以上に世の中を敵に回してしまった。
喧嘩の仕方がよくわからないのだ。


他の子どもたちは、荒々しい教育の中で
人との喧嘩の仕方を
覚えていくのだろうけれど、
私はどのように喧嘩したらいいのか
わからない。


権力があるから、品よくおとなしく
子供の頃からパワーダウンして
振舞ってきた。その反動で、
怒ったら行き過ぎなレベルまで
パワーアップしてしまう。
この調整具合がいまだにわからない。


私が一番言いたかったことは、
Kが私のことを、
私が持つ権力と切り離しても、
大事に思ってくれている、
ということだった。
私は、そのことにこだわっているし、
そのことで頭がいっぱいなのに、
世間は、違う視点で私を策士として
批判した。
私の言いたいことは、
そんなレベルまで達してさえいないのに。


ある意味、そんなに策士と認定されて、
むしろ高評価されているようだ。


私が、
「Kが一人で決定したことは何もなかった」
そう言ったのは、
Kが、勝手に3年半も、
Kの意志で私から離れていたのではなく、
私が決めたことだったのだと、
そう言いたかっただけだった。


彼氏の話を夢中で1時間以上も、
友達にしたとき、
友達に「いつ最後にあったの?」
と聞かれて
「3年半前」と答えると、
「え?」と
会話が途切れる。
そんな時に、自分の中の疑いやおそれが
雪崩のように心を覆った。


私は愛されている、
ほおっておかれているのではない。
Kは私の権力を目当てにしていない。
私は、女として、価値がある。
私はきれいなお洋服のように、選ばれた。


私はそう皆に認めてほしくて、、
Kのスピーチに、愛しているという言葉を
入れてもらった。


一時金をもらわなかったのも、
Kが権力と地位と富と関係なく、
私を選んだんだと、世間に証明するためだ。


Kとおしゃべりしながら、
ドアに寄りかかり東横線に乗ったり、
街を歩くのは、楽しかった。
私に怖気づく事もなくて、
英語が得意で海外の話はよく知っていて、
私がする外国の地名やお料理やドラマなどを
知っていて話が合って、話題が豊富だった。


道を歩くときには、外国人のように
いつも私を道の内側に誘導してくれたり、
100円の缶コーヒーをおごってくれたり、
そういうことが楽しかった。
今から考えると、それは実際、
Kには何の痛みも伴わないこと ば・か・り、
なのだけれど、
その時はそれがうれしかった。


「お金のかからない範囲の」
可能な限りのポーズは
全部してくれるけれど
皇居まで会いに来て、というと
「タクシー代がないから、出してよ」と
平気で言えるようなところも、
付き合ううちに徐々に出てきた。


皇族として生まれた私は、
人に富を見せてステータスを得る必要など
当然全くないわけで、
お金をひけらかすようなことは
して来なかった。


ただ、
イギリス留学した後に周った旅行中に
宮内庁職員バッチをつけて同行したKは、
私がどれくらいのお金を
動かすことができるのかを、
隣りで見て知ってしまったようだ。


私は、権力と離れて、
私を魅力的に感じてくれる愛を
欲していたのに、
Kの喜ぶ顔をみていると
もっと喜ばせたくなって、
ファーストクラスに一緒に乗ったり、
最高級ホテルのスイートに泊まった。


イタリアのミラノ、ローマ、フィレンツェ、ベネチア、アマルフィー、ポジターノ、
スペインのバルセロナ、アンダルシアのグラナダ、トレド、マドリード
ポルトガルのリスボン、
北欧に上がって、デンマークのコペンハーゲンとフィンランドのヘルシンキ、
スウェーデンのストックホルム、
そこからトルコのイスタンブールに飛んで、コンヤ、カッパドキア、
そして、アフリカ大陸にも行ってエジプト、モロッコを周った後、
スペインのバルセロナに戻って、
船旅を何泊か入れて、
フランスのパリとニースに行ってから、
イギリスに戻って、
北西部の湖水地方に行って、
アイスランドまで行った。
6000万円かかったと、
世間が計算している。


海外の美しい景色の中を
Kと一緒に過ごしたのは
本当に楽しい思い出になったし、
Kも本当に楽しそうで、
その旅行の直後に
私はプロポーズを受けた。


1か月一緒に過ごした私たちに、
かけがえのない美しい思い出と
愛の絆が生まれたんだと
私は、今も思い込むつもりだし、
そのように思い出として
今後も記録する予定だ。


ただ、正直なところ、
この旅行をきっかけに、
Kが、私のもつ権力範囲を
すっかり把握して
それに目を見張るようになり始めた。


2013年の頃にすでに、だ。
こちらのフィクションは→エピソード2に続きます。
エピソード3は、こちら




 


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「結婚するんだったら縁切るから」
そんなドラマみたいな言葉を
母から聞くとは思わなかった。


シンガポールに住んで3年たってから、
そこで出会った身長190cmの
グリーンの目の外国人と、
一瞬にして恋に落ちてしまい、
出会った日の1年後の4月の同じ日に
結婚すると決めたのだ。


その1か月前にシンガポールから
日本の母へ電話で伝えたものの、
「外国人はダメ。
日本人ならどんな人でもいい。」
とのことで、
大反対をされてしまった。


25歳だった私は、
両親の反対が気には、なっていたが
そのまま決めた4月のその日に
籍を入れた。
その日にすることが、
私たちの大恋愛の尊さと、
初めて出会った日から
1年で進んだという、
愛の深さの証明になる気が、
本気でしていて、
こだわりを持った。


ただ、籍を入れ終えたことは、
まだ母には電話では言えないままだった。
そして、同じ年の12月の結婚式に
出席するのを、お願いしていた。
出会って次の年の間に、結婚式も
終えることに、意味を感じていた。
その時までに、両親を説得する予定で。


「ダメ、絶対ダメ。」
とのことだったのだが、
6月に日本に2人で帰って、
1週間実家に滞在した。


Andrewというその人は、
母には「アンドちゃん」、
父には「アンド」と呼ばれて、
両親は表面上は私たちに優しかったけれど、
私には、
「アンドちゃんと付き合ってもいい。
でも、籍は入れちゃダメ。」
と言われていた。


母は、きっとそのうち、
私たちがうまく行かなくなって
別れると、期待していたのだと思う。


私たちは、その時にはもう2か月も前に、
すでに籍を入れてあるのだけれど、
それは怖くて言えなくて、
「アンドちゃんがすきなのォ」と
私はひたすら、だだをこねていた。


結婚に反対されたまま12月の結婚式が
近づいてきて、
11月になって、
(いよいよヤバいな)と
思ったので、日本に頻繁に電話して
12月の頭にやっと、
母がいつもと違うとても低い声で、
「じゃあ、何日に、
飛行機でどこで降りるの。。。」と
仕方なく言った時に、
私はほっとした。


両親と叔母と妹夫婦と、大学時代の親友が
来てくれた。
結婚式をする島までの手配は、
その親友が旅行会社に勤めていたので、
全部手配してくれていたので
家族のケアは任せっぱなしで、
私はただただ、
自分のドレスや身の回りのものを
ワクワク選んだり、準備していた。


当日、車で結婚式の教会に着いた時に
そこで打ち合わせするのかなと思って
父とスタスタ歩いていたら、
それがすでに入場だったと、
途中で気が付いて、父も
「あれ、あれ?なんだよ、なんだよ~」と
笑いながら2人で歩いた。


両親は英語もできないし、
外国に慣れていないし、
事前の打ち合わせも何もしていないのに、
披露宴のホテルで、MCが紹介したときに、
両親が2人で前に立って、
ぴったりそろって、深々とお辞儀をした。
ほんとに2人でぴったりお辞儀がそろって、
会場が、Ohhhと少しどよめいた。


その時、私はすごく有難くて、
そのお辞儀がきれいで誇らしくて、
その時に罪悪感のようなものと、
あんなに反対していたのに、
今こうして、
娘をよろしくとお辞儀してくれて
両親の大きな愛情を感じた。


かと言って、私はひたすらに幼稚で、
それに対して涙も出たりせずに、
自分の幸せに浮かれていた。。。。


昨今(2021年秋)の結婚報道で、
いろいろなことを思い出して、
こんな話までブログに書いてしまったが、
母にも、「あの時はほんとにごめんね~」
と先週末に言った。
相変わらず母は「ぐふふ~」と
入れ歯を入れ忘れた口元を開けて
笑っていた。


私は結局7年で離婚してしまったのですが、
やっぱり
人生で幸せを感じられた期間だったので、
それはよかったのですが、
やはり、自分の希望をかなえるときに、
「やり方」は考えればよかった
反省しています。


「どんな手段をつかっても」
という言葉や、強引さは、
目的達成に対しての強い思いを表していて
その思いの強さが、尊いことだと感じたり、
それが人よりも頭1つ飛び出た
「努力」だと、
思ったりすることもあると思います。
目標達成意識が高くて賞賛に値する
と思うことさえもあります。


でも、それがほんとにそうなのか、
大事な人々が受け入れてくれるような、
他のやり方がないか、
考えたいと、今は、思っています。



 


 


 


 


 


 


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ANAの機内で読んだeブックで、
寓話をまとめた本があり、
タイトルと著者のお名前を忘れてしまって
残念なのですが(※)、
為になるいくつかの寓話と
その解説がありました。
(※)たぶん、戸田智弘さんの「座右の寓話」
だったと思います。


「壺の中に大きな岩を一杯に入れても、
その後に、小石も砂も水も入るけれど、
大きな岩は、最初にしか入らない。


だから大きな岩(大事な物)を、
最初に埋めるべきなんだ。」
という有名なお話や、


象の話が書いてありました。




6人の盲人が、象に触ります。
鼻を触った者は「ヘビのようだ」
耳を触った者は「うちわのようだ」
足を触った者は「木の幹のようだ」
胴体を触った者は「壁のようだ」
尾を触った者は「ロープのようだ」
牙を触った者は「ヤリのようだ」


と話し、象がどのようなものだったかを
言い争うという話でした。


「まさに、あるあるだよな~」
と、感じて、
この話は、私の頭に長く残っていました。


 


それから数日してTVのクイズ番組で、
「インド象の体の表面積を、
前足の太さと身長から計算することができる」
のを知りました。


計算式)
インド象の体表面積= 8.245 6.807x身長 + 7.073 ×前足の太さ


ということで、この式が
インド象の体の表面積を求める式だと、
東大生が当てていました。
かっこいい~。


「象は、うちわみたいなんだ」
と思い込んで喧嘩する人もいれば、


「象は、ロープみたいなんですよ、実は」
と新鮮な切り口で、大声で語って、
商売する人もいれば、


「象にはインド象もアフリカ象もいて、
インド象の場合の、体表面積なら、これ」と、
その計算式を作ったりする人や、
それを知っている人もいるということで、
世の中がまわっている。


==============


今日は、実学(偏重)主義について
書きたいと思います。


最近「実学重視」が加速してきて、


学校教育でも、
社会に出て役立つ勉強」を重視して
いく傾向のようです。


例えば、小説を読む授業を減らして、
実用文(商品解説書)などを読む授業
増えたりするのでしょうか。


実際に直近(の生活)で役立つことだけが
必要ということで、
他を切っていくのでしょうか。


実学の偏重になると、


象の鼻先に、指が届きそうになったことを
「実体験」だと勘違いしていて
体験を味わってもいないのに、
それが真実だと
実体験は、他もだいたいこんなものだと
決めつけたりしがちでも、
その偏狭さに気づかなかったり


全部が見えている人が、先に進んで、
象の体表面積を計算する式さえも
作っていたりしても、その人に対して
「そんなの、実生活に必要ないじゃん、
勉強ばっかりしていてバカみたい」
と一蹴してしまったりします。


本来の実学主義というのは、
象を実際触ってみて実体験をもとに
「私の時はうちわみたいだった。
あなたの時はどんなかんじだった?」
「それが、ヘビみたいだったんだよ」
と話をしながら、
体感と想像力を持って
人や本との対話で全体像を作っていったり
することだと思います。


「実際に目の前に起こっていること以外は
存在しないということで、
切り捨て、終了~」という価値観は、
本来の実学主義や合理主義ではないと
思っています。


私は、実学偏重によって
社会や個人が経済的に豊か
なるとは思いません。


もちろん、
例えばゆたぼんのようなレアケースはあって、


 


 


 


 


学校に行って勉強しなくても、
毎日多くの大人達と話したり、
普通の学生ではしないような体験をしたり、
Youtuberとしてあんなに、はきはきと
活舌よく堂々と自分の考えの話ができて、
実体験の素晴らしさを表現していて、
あの年齢で報酬もたくさん稼いで
ゆたぼん自身はすごいなと思います。
このようないい結果になる場合も
あるとは思いますが。


本来の実学主義なのか、
見えないものを切り捨てる実学偏重なのか、
ちょっとしたとらえ方の違いで、
これからの日本の教育が大きく変わってしまうかもしれないので、
今日は、


実体験の素晴らしさ
VS
実体験を疑ってみる視点


や、


実学主義の楽しさ
VS
実学以外を切り捨てる価値観への違和感


について書かせていただきました。



こちら


 



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2021年9月7日現在
世界各国でコロナのワクチン接種率
どのようになっているのか見ながら
思うことを書きたいと思います。
(※データ提供元: Our World in Data)


ワクチン接種という
共通のミッションを、
各国がどのように進めていくのか、
興味がありました。


お仕事や投資をするときに
参考になったりして?


主要国の
◆1回目接種率(※2021/9/7現在)
◆2回目接種率(※2021/9/7現在)
◆接種開始時期
(1回目接種率が人口の1%を超えた日)

接種率1%を超えた日を調べて
表にしてみました。
(データの一番最初が抜けている場合は
その最初の日と、完了%を記載)




「きちんと」物事を進めることができる
日本の
国と日本人


欧米諸国(表の黄色、肌色)
2020年の12月や2021年1月から
ワクチン接種を進めていましたし、


アジア(表で緑色)インドネシアも、
2021年3月には打ち始めていました※。
  ※関連ブログ 2021/3/10に投稿
   ⇒【若い人からワクチンを打つ国】


その頃には、
「日本は、ほんとにやること
遅いよな~。
前例がないことに弱いよな~。」
「こういう時、成長国は攻めるな~」
などと、思っていました。


ところが、日本は、
主要国の中でスタートは遅くても、
3か月以上前にスタートしたアメリカと
同じような接種率にほぼ追いついています。


日本は、とても慎重で
物事を検討するのに時間をかけますが、
その分、しっかり計画して
走り出したら、早い、


ということでしょうか。


私は自分以外にも、
家族などの3名の付添いで
全部で4つの接種会場に行きました。


1.小さくて古い公共の場所
2.新しめのショッピングセンター内
3.区のスポーツセンター
4.アメリカンクラブ


で、全部、全く様子の違う箱ですが
こんなに多くの様々な会場を決めたり
どこへ行っても、入口から出口まで
動線がとてもわかりやすいし、


スタッフの方々がそろってとてもご親切で、
今回の接種会場のオペレーションは、
これを仕切った公務員の方々の能力


日本人の助け合い精神が素晴らしくて、
今後も、こういった面を生かして
成長をして行けると思います。


◆中東===

アラブ首長国連邦79%90%2021/1/10に8.6%
カタール78%83%2021/2/17に3.5%

以前にカタールのドーハに行った時に、
英語ができて効率的で話が通じやすく、
そういう面はシンガポール
共通していることが多く


行く前のイメージと違っていた国なので、
帰って調べたら
1人あたりGDPも世界11位※でした。
( UAE26位、
シンガポール8位、
日本23位
※2020年データ) 


  関連ブログ 2016/5/19に投稿 
  ⇒【カタール航空のSafety Videoにメッシが!】



 


 


 


 


 


カンボジアについて===
タイフィリピンが以前から
もうそろそろもうそろそろ、
と言われながらも、
なかなかバブらないのは
上の表を見ても、感じました。


今回、カンボジアが、
いいペースで接種を進めているのが
意外でした。
今まで全く関わりなく
見ていなかった国ですが、
興味が湧いてきました。
映画「Killing Field」や
「FIRST THEY KILLED MY FATHER」など


 


 


 


内戦やクメール・ルージュの虐殺の
イメージが強いのですが、
2021年はコロナ注射を3月から初めて
9月7日までに人口の69%が2回完了しています。


カンボジアシノバックス、シノファーム、
アストラゼネガをミックスで使って
3回目を、1,2回目と違うブランドを
打つようにして、
他の東南アジア諸国と比べて
この2週間(2021/8/28~9/10)は
感染者数も死亡者数も
断然少ないようです。


TOPの力が強かったり
中国と近かったりするのが、
影響しているのでしょうか。


マレーシアシノバック製ワクチンについて===
マレーシアは、ロックダウン政策で
厳しくコロナと向き合ってきた国で
2021/9/7までに、
人口の50%以上が2回目の接種を完了しています。


にもかかわらず、
この2週間(2021/8/28~9/10)
の感染者数は、
人口3200万人の中の278,037人です。


2回目接種完了率がたった14%の
インドネシアのこの2週間の感染者数は、
人口2億7千万人の中の102,377人です。


フィリピンは263,309人
ベトナムは179,051人
タイは213,302人


ということで、絶対数で見ても、
積極的にワクチンを打っている
マレーシアの方が感染者数が多く、
死亡者数も、インドネシア以外の
アジア諸国より多いのが、
この14日間の状況です。


マレーシアでは、


シノバック製ワクチンは、
現在ある在庫が終了次第やめて、
今後はファイザー
切り替えることにするとの発表が
ありました。
また、モデルナは、広くはまだ
使わないけれど、緊急時にのみ
使用するために認可されました。



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小さい時に見た、当時の横浜中区は、
大人になってから見た、
海外の美しい街と匹敵するくらい
私の胸を行く度にいつも熱くした。


ベイブリッジができたり、
ちょっとアウトローでおしゃれな
新山下が人気になるより、
ずうっと前の話だ。


 


山手町外人墓地の前の通りを
夕陽に照らされて長い金髪と脚で、
前傾姿勢でロードバイクにのって
疾走するインターナショナルの女の子。




舶来品と呼んでいた、
遠い外国から運ばれた、
美しい品物がそろった、
お店が立ち並ぶ元町通り


などなど、etcetc


ワクワクした気分で
元町を歩いていた時、
それまで見たこともない
形と大きさの動物を見た。


ブルートパーズのような洗練された 
うすい水色のセーターを着た、
藤竜也みたいなかっこいい人が


連れていたその美しい犬が、
アフガンハウンドという犬種だと
後で知った時、
どうしても名前が覚えたくて、
何度も「アフガンハウンド、
アフガンハウンド・・・」
と頭の中で繰り返した。


初めてアフガンハウンドを見た時、
こんなに素敵な生き物がいるのかと
感動して、目を丸くしていた。


自分は人間だけれど、
この一頭のアフガンハウンドより
価値があるなんて、
到底思えなかった。


小学生の私は、自分でも
何が「とりえ」なのかわからないし、
何も考えていないというか、
何を考えたらいいのかなどが
そもそもわからないというか、
ぼんやりとしていた。
当然、自信なんかあるわけなかった。


その日は、とても驚いて、
アフガンハウンドが颯爽と
私の2メートル横側をすれ違うまで
ずっと見ていた。
憧れと劣等感みたいなものを感じた。


その時に、隣りにいるお母さんに、
「あの犬と私がどっちが大事?」
と、もしも聞いたら、
「決まってるでしょう~。」
と笑って、私を撫でてくれただろう。


じゃあ、世の中にとっては?


人間だから、という
その1点の設定のみで、


私の方が価値があるなんて、
そんな回答で慰められても
自分自身が納得できないし、
もやもやしたままだろう。


それから何十年もたち、
いろいろな経験を重ねて、
向上心があるから
人間なのかな。」
自尊心があるから
人間なのかな。」
と考えるようになった。


その後、
シンガポールゴールデンリトリバー
ストーム君と一緒に生活していた時、
初めて近所の海岸に行ったときに
波打ち際を何度も何度も50回以上、
お昼から行ったり来たり繰り返して、
夕方に泳げるようになったのを
見た。


全てが自主的な行動であったので、
向上心があるんじゃないか、と
思った。


白文鳥を飼っていた時には、
鳥かごのお掃除のときに
捕まえかけたら、
私が触れた羽を
毛づくろいしていた。
なんだかそこに自尊心を感じた。


動物が好きなので、
思い込みがあると思うので、
その分、大きく差し引いたとして、


じゃあ、どのくらいの動物まで
向上心や自尊心があるのだろう?


もしも、そういう心が全くなく、
本能のままに生きているだけであっても、
だからと言って、その生き物に、
苦痛だけは与えないように
自分は絶対したいし、
みんなもしてほしい。


でも、それを言語化して
声高に主張できないのは、
私がベジタリアンでもないし、
無理やり脂肪肝にさせられてできた、
フォアグラを食べたり、
明らかに矛盾しているところが
あるので、だ。


「ロジカルには説明できないけれど、
心情的には、そうしましょう」
なんて、通用しそうにない。。。


「そんな愚かな言い方ってないよな」
他の話題ではそう思うのだが、
この件に関しては、そう言いたい。


「人間の命は動物の命より
大事に決まっている」と、
その揺るがない一点の見方により、
それがエスカレートして、
動物が人間の犠牲になって
苦痛を味あわないように祈っている。


元町で初めてアフガンハウンドを見てから
何十年もたって、東京で住む町で、
スカーフをしてお散歩する令嬢を
時々見かけている。


私は、小学生の頃と同じような感情を
抱いている。


まだまだだな。
自己肯定感を持つのには。。。


自尊心向上心を与えられた
人間として努力はしていきたい。
使用するために認可されました。



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今日は、
センスがお金と同じくらい大事だね
という話を、
そう思うきっかけになった
個人的なエピソードとともに、
書いていこうと思います。


センスという言葉は、
例えば経営センス営業センス
など、様々な物への向き合い方で、
幅広く使われますが、今日は、
あの人、服のセンスいいよね~」などと
一般的に使われる時のセンスについてです。




私は以前、シンガポールに住んでいた頃、
不動産エイジェントを約7年間していて、
主に日本人の駐在員の方々のお住まいや、
会社様のオフィスや倉庫や工場を
探すお手伝いをしていました。


日本ですと、特に賃貸住宅の場合は、
まだその物件に居住者がいる場合は、
基本的に内見はできないようですが、
シンガポールでは、積極的に内見が
行われます。




最初の賃貸契約の中に
退去前の2か月(あるいは1か月)前から、
内見に協力すること、という条項が
書かれているのが普通です。


居住者は、もちろん都合によって、
断る権利もありますが、
日本のように居住者の権利が強くなく
基本的には、reasonableな頻度
(例えば、週3回、時間をくぎってなど)
で、協力しないといけないことに
なっているのが普通です。


そういうわけで、
私は新しいお客様をお連れして、
たくさんのお宅にお邪魔させて頂きました。




少し奥まった場所の、緑の多い
低層コンドミニアム(Low Rise Condo)や

高層コンドミニアムの場合でも、
見える景色が2,3階のちょうど
緑の葉が見えてきれいな場合は、
高層階よりもそちらを選ぶことが
欧米の方は多かったと思います。




モデルルームではない、
リアルな生々しい生活空間
数多く拝見しました。


当たり前かもしれませんが、
同じコンドミニアムの中で
同じ家賃の部屋にもかかわらず、
居住するそれぞれの人のセンスによって、
部屋の様子は、全く違うのです。


シンガポールには、
いろいろな国の方々が移住しているので、
それぞれの部屋の違いは想像以上で、


同じ経済レベルで、
同じ場所に住んでも、
それぞれの人が見ている世界は、
まったく別世界のようです。


日本人の方々は傾向として、
よく言えばクリーンでナチュラルな、
可もなく不可もない普通の雰囲気
落ち着く場所として好まれました。

壁が普通に白くて
癖がないシンプルな家具を
オーナーさんに準備してもらう
パターンがほとんどでした。
(Rent with fully furnished)


欧米の方々は、
オーナーさんから予算をもらい、
自分で好きな家具をそろえる契約
好むパターンがほとんどでした。
このパターンの契約だと、
予算が思ったほどの額には届かなくても
超過分は自分で払って、
好きなカーテンや家具を選んで
そろえて好きな住空間を作っていました。
(Unfurnished, or partially furnished)






日本人の場合は、
場所がMRTの駅に近ければ近いほど
いいなど、利便性1番で、
高層コンドミニアムの場合は、
(実際の部屋からの景色の良しあしと
関係なく?)
少しでも上の階を選ぶことが
多かったと記憶しています。


毎日の内見の中で、
美しいお部屋を見たとき、
エイジェント同士で興奮して
よくおしゃべりしました。


「○○ガーデンの○○号室見た?」






「古いコンドミニアムだけれど、
あのEuropean wife,
すごくセンスいいよね。
間接照明とか全部自分で
そろえたんだって。
次回、日本の○○さんに
お見せしようよ。
予算内だよね。
きれいだからきっと決まるよ。」




そうは言われても、
そういうお部屋は、
日本人のお客様とは
成約しません。


「日本人は、新しくて、駅近で、
高層タイプでなるべく上の階で、
家具は普通っぽいのでシンプルだと
契約しやすいから、それ意外は
だめだと思うよ~。」




よくこのような会話を
現地のエイジェントさんとしました。




シンガポールの中華系のオーナーさんや
中国人のオーナーさんは、時々
ご自分の趣味で、
ローズウッドの家具でまとめて
そろえていることが多々ありました。





こういうお部屋は日本人の方には
ほぼ、選ばれないので、
きっと高い家具かもしれないのですが、
オーナーさんには、
全部買いなおして、内見準備を
していただくことがありました。


IKEAのシンプルな家具に変えたら、
すぐに入居が決まったりしました。


ローズウッドのアンティーク調は、
好き嫌いが大きく分かれるので、
日本人テナントを探している場合は、
変更もやむを得ないと思いますが、


素敵な暖色のライティングを、
入居前に全部蛍光灯に変える
というリクエストを、
日本の方から受けることが
本当に大変に多く、
それは、オーナーさんが時々
お気の毒に思える瞬間でした。


仮契約書に
*fluorescent light(蛍光灯)
変更すること
それから、
*Hard coil spring mattress
(固いスプリングマットレス)
をリクエストするのは、
私の日常になっていて、
fluorescent lightのスペルは
バッチリ覚えました。


オーナーさんからは、
「なんで素敵なライトをつけてあるのに、
蛍光灯に変えるの?おかしくない?
別にいいけれど、おかしくない?」
と聞かれることが多々ありましたが、
面倒なので、we just like it
いつも答えていました。 


さて、




先日、2021年7月23日の
オリンピック開会式と、
8月8日の閉会式に対して、
つまらなくてがっかり。
ダサい、センス悪い。」と
国内で酷評がされました。




165億円もかけていたのに、
ということで。




お金と同じくらい、
センスって大事だよな、
そんなことを感じながら、
このエイジェント時代の思い出が
よみがえってきました。







こちら




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今日は、
センスがお金と同じくらい大事だね
という話を、
そう思うきっかけになった
個人的なエピソードとともに、
書いていこうと思います。


センスという言葉は、
例えば経営センス営業センス
など、様々な物への向き合い方で、
幅広く使われますが、今日は、
あの人、服のセンスいいよね~」などと
一般的に使われる時のセンスについてです。




私は以前、シンガポールに住んでいた頃、
不動産エイジェントを約7年間していて、
主に日本人の駐在員の方々のお住まいや、
会社様のオフィスや倉庫や工場を
探すお手伝いをしていました。


日本ですと、特に賃貸住宅の場合は、
まだその物件に居住者がいる場合は、
基本的に内見はできないようですが、
シンガポールでは、積極的に内見が
行われます。




最初の賃貸契約の中に
退去前の2か月(あるいは1か月)前から、
内見に協力すること、という条項が
書かれているのが普通です。


居住者は、もちろん都合によって、
断る権利もありますが、
日本のように居住者の権利が強くなく
基本的には、reasonableな頻度
(例えば、週3回、時間をくぎってなど)
で、協力しないといけないことに
なっているのが普通です。


そういうわけで、
私は新しいお客様をお連れして、
たくさんのお宅にお邪魔させて頂きました。




少し奥まった場所の、緑の多い
低層コンドミニアム(Low Rise Condo)や

高層コンドミニアムの場合でも、
見える景色が2,3階のちょうど
緑の葉が見えてきれいな場合は、
高層階よりもそちらを選ぶことが
欧米の方は多かったと思います。




モデルルームではない、
リアルな生々しい生活空間
数多く拝見しました。


当たり前かもしれませんが、
同じコンドミニアムの中で
同じ家賃の部屋にもかかわらず、
居住するそれぞれの人のセンスによって、
部屋の様子は、全く違うのです。


シンガポールには、
いろいろな国の方々が移住しているので、
それぞれの部屋の違いは想像以上で、


同じ経済レベルで、
同じ場所に住んでも、
それぞれの人が見ている世界は、
まったく別世界のようです。


日本人の方々は傾向として、
よく言えばクリーンでナチュラルな、
可もなく不可もない普通の雰囲気
落ち着く場所として好まれました。

壁が普通に白くて
癖がないシンプルな家具を
オーナーさんに準備してもらう
パターンがほとんどでした。
(Rent with fully furnished)


欧米の方々は、
オーナーさんから予算をもらい、
自分で好きな家具をそろえる契約
好むパターンがほとんどでした。
このパターンの契約だと、
予算が思ったほどの額には届かなくても
超過分は自分で払って、
好きなカーテンや家具を選んで
そろえて好きな住空間を作っていました。
(Unfurnished, or partially furnished)






日本人の場合は、
場所がMRTの駅に近ければ近いほど
いいなど、利便性1番で、
高層コンドミニアムの場合は、
(実際の部屋からの景色の良しあしと
関係なく?)
少しでも上の階を選ぶことが
多かったと記憶しています。


毎日の内見の中で、
美しいお部屋を見たとき、
エイジェント同士で興奮して
よくおしゃべりしました。


「○○ガーデンの○○号室見た?」






「古いコンドミニアムだけれど、
あのEuropean wife,
すごくセンスいいよね。
間接照明とか全部自分で
そろえたんだって。
次回、日本の○○さんに
お見せしようよ。
予算内だよね。
きれいだからきっと決まるよ。」




そうは言われても、
そういうお部屋は、
日本人のお客様とは
成約しません。


「日本人は、新しくて、駅近で、
高層タイプでなるべく上の階で、
家具は普通っぽいのでシンプルだと
契約しやすいから、それ意外は
だめだと思うよ~。」




よくこのような会話を
現地のエイジェントさんとしました。




シンガポールの中華系のオーナーさんや
中国人のオーナーさんは、時々
ご自分の趣味で、
ローズウッドの家具でまとめて
そろえていることが多々ありました。





こういうお部屋は日本人の方には
ほぼ、選ばれないので、
きっと高い家具かもしれないのですが、
オーナーさんには、
全部買いなおして、内見準備を
していただくことがありました。


IKEAのシンプルな家具に変えたら、
すぐに入居が決まったりしました。


ローズウッドのアンティーク調は、
好き嫌いが大きく分かれるので、
日本人テナントを探している場合は、
変更もやむを得ないと思いますが、


素敵な暖色のライティングを、
入居前に全部蛍光灯に変える
というリクエストを、
日本の方から受けることが
本当に大変に多く、
それは、オーナーさんが時々
お気の毒に思える瞬間でした。


仮契約書に
*fluorescent light(蛍光灯)
変更すること
それから、
*Hard coil spring mattress
(固いスプリングマットレス)
をリクエストするのは、
私の日常になっていて、
fluorescent lightのスペルは
バッチリ覚えました。


オーナーさんからは、
「なんで素敵なライトをつけてあるのに、
蛍光灯に変えるの?おかしくない?
別にいいけれど、おかしくない?」
と聞かれることが多々ありましたが、
面倒なので、we just like it
いつも答えていました。 


さて、




先日、2021年7月23日の
オリンピック開会式と、
8月8日の閉会式に対して、
つまらなくてがっかり。
ダサい、センス悪い。」と
国内で酷評がされました。




165億円もかけていたのに、
ということで。




お金と同じくらい、
センスって大事だよな、
そんなことを感じながら、
このエイジェント時代の思い出が
よみがえってきました。







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