普段から占いは見ないし、当てにもしないのだが、なんとなく今日はそういう日なのではないかと思った。つまり、運勢が悪い日である。ただ、運勢が悪いと言っても、何か深刻なことが起こったのではなく、星座占い9位くらいの絶妙な不運が私の身にふりかかったのである。
今日は、そんな絶妙に不運なことが三つ起こった。一つ目は「ロールケーキ焦がし事件」である。今日は時間に余裕があったので久しぶりにお菓子でも作ろうと決意した私は、朝からロールケーキ作りに取り掛かった。ロールケーキは案外簡単に作れるもので、卵を卵白と卵黄に分けそれぞれを別に泡立てる「別立て」という方法で生地を作る。純白で艶のあるメレンゲに卵黄を混ぜ合わせる時の、オレンジと白が混ざり合って優しい黄色になる瞬間はなんとも言えない。ただの黄色ではなく、卵の優しさが極限まで引き出されたような、うす黄色の生地は見るものをにっこりさせる。ここまでは良かったのだ。そんな完璧な生地を「いってらっしゃい」という気持ちでオーブンへと送り出した後、油断してしまった。あんなに美しかった生地は黒こげて帰ってきた。私のロールケーキ生地は、どんな激しい戦地から帰還してきたのだろうと思ったものだ。ちょうどいい小麦色の焼き色をとうに超えてしまった、黒茶色のこげが生地の真ん中を覆っていた。全てが台無しになってしまったようで、悲しい気持ちになった。このオーブンとはもう二年近くを共にしているというのに、一向に気が合わないようだ。ため息をつきながら、オーブンの扉をいつもより少し乱暴に閉めた。生地は焦げてしまったものの、食べられる程度のこげであると私は自主判断し、ロールケーキ制作は続く。後に「パイナップル缶事件」が起こるとも知らずに…。
生地ができれば今度はクリームだ。レシピにはパイナップルを生クリームに混ぜてパイナップルクリームを作るよう書いてある。私はスーパーで三百円のパイナップル缶を、悩んだ末に購入した。学生に三百円もするフルーツ缶は贅沢であることは言うまでもないだろう。そんな贅沢をして買ったパイナップル缶をいざ開けようとしたその時、はたと気付いた。うちには缶切りがない。缶切りがなくてはせっかくのパイナップルが使えない。私はスプーンやハサミやナイフやらで、なんとか缶を開けようと試みたのだが、どれも缶に浅い傷をつけるだけで、ついに貫通することはできなかった。すぐそこ、指先から一センチにも満たないところにパイナップルはあるはずなのに、アルミの装甲がパイナップルを外に放つことを阻む。文明に敗北した私はパイナップル缶をしまい、悔しさを紛らわすように生クリームの泡立てに取り掛かろうとした。ここで最大の悲劇が起こってしまった。
生クリームを冷蔵庫から雑に取り出すと、何かが生クリームを取り出すと同時に落下した。グシャッという鈍い音がして、恐る恐る下を見ると買ったばかりの生卵がパックごと落下していた。卵は無残に潰れ、どろっとした中身が冷蔵庫を伝っていった。これには私も頭を抱えるしかなく、久々に地団駄を踏みたい気持ちになった。泣きたいような気持ちで卵の後片付けをしたが、落下した卵のうち四個は無事だったのでほっとした。まさに不幸中の幸いだった。
一連のロールケーキ作りで起こった、三つの絶妙な不運を乗り切った後、少し焦げた、生クリームだけがぎっしりと詰まったロールケーキを頬張った。別にまずいわけではない、ただ、何かが足りないような、足りすぎているようなそんなちぐはぐな味がした。甘いクリームは私のお腹にずっしりと重さを残し、私は思わず缶に取り残されたパイナップルの爽やかな甘さを求めてしまった。