古今亭志ん生師匠の「お直し」を聴く。「直してもらいなよ!」という声は、貧乏サラリーマンとして、現代に重ねてみるとドキッとする。あたしは行かないけれど、キャバクラでお気に入りの女の子とさあ盛り上がってきたところでこれを言われると、財布に余裕があるときはいいけれどなけなしの銭で飲んでる時は酔いも覚めるというものである。
廓噺で文部大臣賞をくれるなんて、大臣は粋だねぇとおっしゃる師匠のマクラでいきなり爆笑。蹴転(けころ)と呼ばれる今でいうボッタクリバーのような噺にお上が賞を出すとはよっぽどのものだ。落語好きで有名な鳩山由紀夫さんなら今でもありうる話だなぁとは思うが。
キャバクラでもカラオケでも、「延長なさいますか?」といわるより、「お直しされますか?」と言われてみたい。落語には今でも使ってみたい粋な言葉があるが、この「お直し」とは私の中で代表的なものである。粋がって「近いうち裏を返すよ」と六本木のキャバクラで使ってみたことはあったが、若い女性には通じなかった。付け焼刃ははげやすいので注意が必要だ。
先日NHK日本の話芸で五街道雲助師匠でこの噺を聞いた。サゲ方が、志ん生志ん朝の類似性とは一線を画した先代金原亭馬生師匠の雰囲気を残していて、私のようなにわか落語ファンにはたまらないものがあった。一番好きなのは志ん朝師匠のであると一応ことわっておく。
これまで「お直し」の志ん生師匠の音源は病後のものしか持っていなかった。これはこれで好きなのだが、絶好調の時の音源も欲しかったので杉並区の図書館で予約して借りだしてきたのである。これでコレクションがさらに広がった。落語ファンの先輩である我が母親にも聞かせなければならぬ。
話しは最初に戻るが、男として「お直し」を気軽にできるほど稼ぎたいものである。ホリエモンほど稼げば可能なのだろうが、実際の男はそうはいくめぇ。「幾代餅」に出てくる清蔵のように、男はなけなしの金で遊びにいくのだ。だから、「お直し」するにはそれ相応の女でなければならない。男を粋な心持ちにさせてくれない女なら、帰って彼女やカミさんになにかプレゼントをしたほうがよっぽどましだと男は分かっている。
延長するか、しないのか。男は懐具合と薄っぺらいプライドを考慮しつつ、酔っ払って処理速度の落ちたCPUで判断しているのである。
廓噺で文部大臣賞をくれるなんて、大臣は粋だねぇとおっしゃる師匠のマクラでいきなり爆笑。蹴転(けころ)と呼ばれる今でいうボッタクリバーのような噺にお上が賞を出すとはよっぽどのものだ。落語好きで有名な鳩山由紀夫さんなら今でもありうる話だなぁとは思うが。
キャバクラでもカラオケでも、「延長なさいますか?」といわるより、「お直しされますか?」と言われてみたい。落語には今でも使ってみたい粋な言葉があるが、この「お直し」とは私の中で代表的なものである。粋がって「近いうち裏を返すよ」と六本木のキャバクラで使ってみたことはあったが、若い女性には通じなかった。付け焼刃ははげやすいので注意が必要だ。
先日NHK日本の話芸で五街道雲助師匠でこの噺を聞いた。サゲ方が、志ん生志ん朝の類似性とは一線を画した先代金原亭馬生師匠の雰囲気を残していて、私のようなにわか落語ファンにはたまらないものがあった。一番好きなのは志ん朝師匠のであると一応ことわっておく。
これまで「お直し」の志ん生師匠の音源は病後のものしか持っていなかった。これはこれで好きなのだが、絶好調の時の音源も欲しかったので杉並区の図書館で予約して借りだしてきたのである。これでコレクションがさらに広がった。落語ファンの先輩である我が母親にも聞かせなければならぬ。
話しは最初に戻るが、男として「お直し」を気軽にできるほど稼ぎたいものである。ホリエモンほど稼げば可能なのだろうが、実際の男はそうはいくめぇ。「幾代餅」に出てくる清蔵のように、男はなけなしの金で遊びにいくのだ。だから、「お直し」するにはそれ相応の女でなければならない。男を粋な心持ちにさせてくれない女なら、帰って彼女やカミさんになにかプレゼントをしたほうがよっぽどましだと男は分かっている。
延長するか、しないのか。男は懐具合と薄っぺらいプライドを考慮しつつ、酔っ払って処理速度の落ちたCPUで判断しているのである。