「有吉とマツコの怒り新党」という番組を録画して見てみた。歯切れの良い「毒舌家」の二人のトークは、疲れた精神を癒すのにいい。「マツコの部屋」が終わってしまったので、マツコ・デラックスに最近餓えていた。早速Digaで毎週予約設定をしたところである。
トークのテーマで、「霊感とかで飯を食っている芸能人ってどうなの?」という話が面白かった。私は全く霊感という霊感が無いので二人のトークに心から笑えてしまった。
もはや最近のバラエティ番組は「仕事」として視聴者も冷静な視点を持っているので、ああ、このフェーズの芸能人はこういう番組も引き受けてリアクション術を身につけていかなければいけないんだなぁとある種覚めたところから観ざるを得ない番組が多い。
悪霊退散シリーズや、占いシリーズ、風水、スピリチュアル等、数を数えれば枚挙にいとまがない。某宗教団体にご熱心だと噂される芸能人ですら臆面も無くいいリアクションをする。いいリアクションを出演者がすれば、この人はプロだなぁと感心し、リアクションが悪いとKYだなぁとなる。本当に芸能人とは大変な仕事である。
ま、霊ものを生業にされている方の邪魔をしたいわけではないので、その考えを否定することはできないが、押し付けてくるのはカンベンしてねという感じである。ただ、悪霊も霊もいったいどれだけあんねん!とツッコミを入れるのは許していただきたい。
宗教ひとつにしろ三大宗教のキリスト教、仏教、イスラム教で全く別種。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つに限れば、同じルーツを聖書から感じられるが、私にとってはもうその段階で処理不能。ましてや、日本の中だけでもあるいろんな種類の神様や霊にうんざりである。
宗教と、霊的な流行りものを一緒に語るわけにはいくまいが、どうしても日本のバラエティ番組の構成はどうしても「テレビショッピング」と同じ物のように感じてやまないのだ。結論は視聴者に「買え。金を使え。」というだけだ。ジャパネットの高田社長のように使って見せて、おお良いなと思えば買ってしまうので、まだテレビショッピングの方が分かりやすい。霊的なものは、演じて売っている方もよくわかっていないし、受け入れていないものを、「テレビショッピング」での出演者の技法で紹介するだけでは視聴者として辟易である。
ああ、この芸人さんがこういうリアクションができるようになったか、と感心し、成長を見守る楽しみを持つのは寄席で聴く落語だけでよい。芸能人らしい手法満載の霊的番組はもうザッピングにも値しないってなもんだ。
小さいころに映画「エクソシスト」を観て思った。「キョンシー」を観ても思った。「ゲゲゲの鬼太郎」を観ても思った。幽霊とか悪霊とかにも外国人がいるんだなぁと。もともと多神教の土壌にある日本人は、あれこれ神様や悪魔が出てきても楽しめてしまうものなのかもしれない。
霊とかって、いるかいないかっていったら、いるのかもしれない。見える人には見えるのだから、その人の「認識」の世界に存在するのだろう。そうなると脳科学の話になる。もうボキュにはついていけない。神はうちのおかんで十分である。そして、そのうち嫁というカミさんに改宗するのだろう。霊がどうのでお金を使うよりは、家族と旨い飯を食おうと思う俗物な私なのだった。
トークのテーマで、「霊感とかで飯を食っている芸能人ってどうなの?」という話が面白かった。私は全く霊感という霊感が無いので二人のトークに心から笑えてしまった。
もはや最近のバラエティ番組は「仕事」として視聴者も冷静な視点を持っているので、ああ、このフェーズの芸能人はこういう番組も引き受けてリアクション術を身につけていかなければいけないんだなぁとある種覚めたところから観ざるを得ない番組が多い。
悪霊退散シリーズや、占いシリーズ、風水、スピリチュアル等、数を数えれば枚挙にいとまがない。某宗教団体にご熱心だと噂される芸能人ですら臆面も無くいいリアクションをする。いいリアクションを出演者がすれば、この人はプロだなぁと感心し、リアクションが悪いとKYだなぁとなる。本当に芸能人とは大変な仕事である。
ま、霊ものを生業にされている方の邪魔をしたいわけではないので、その考えを否定することはできないが、押し付けてくるのはカンベンしてねという感じである。ただ、悪霊も霊もいったいどれだけあんねん!とツッコミを入れるのは許していただきたい。
宗教ひとつにしろ三大宗教のキリスト教、仏教、イスラム教で全く別種。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つに限れば、同じルーツを聖書から感じられるが、私にとってはもうその段階で処理不能。ましてや、日本の中だけでもあるいろんな種類の神様や霊にうんざりである。
宗教と、霊的な流行りものを一緒に語るわけにはいくまいが、どうしても日本のバラエティ番組の構成はどうしても「テレビショッピング」と同じ物のように感じてやまないのだ。結論は視聴者に「買え。金を使え。」というだけだ。ジャパネットの高田社長のように使って見せて、おお良いなと思えば買ってしまうので、まだテレビショッピングの方が分かりやすい。霊的なものは、演じて売っている方もよくわかっていないし、受け入れていないものを、「テレビショッピング」での出演者の技法で紹介するだけでは視聴者として辟易である。
ああ、この芸人さんがこういうリアクションができるようになったか、と感心し、成長を見守る楽しみを持つのは寄席で聴く落語だけでよい。芸能人らしい手法満載の霊的番組はもうザッピングにも値しないってなもんだ。
小さいころに映画「エクソシスト」を観て思った。「キョンシー」を観ても思った。「ゲゲゲの鬼太郎」を観ても思った。幽霊とか悪霊とかにも外国人がいるんだなぁと。もともと多神教の土壌にある日本人は、あれこれ神様や悪魔が出てきても楽しめてしまうものなのかもしれない。
霊とかって、いるかいないかっていったら、いるのかもしれない。見える人には見えるのだから、その人の「認識」の世界に存在するのだろう。そうなると脳科学の話になる。もうボキュにはついていけない。神はうちのおかんで十分である。そして、そのうち嫁というカミさんに改宗するのだろう。霊がどうのでお金を使うよりは、家族と旨い飯を食おうと思う俗物な私なのだった。