円周率は約3である。πである。私が小学校のころはしっかり、3.14で計算した。中学に入るとあっさりπで片付けられた。世の中には3.141592なんとかと、何万桁も覚える人がるらしい。どういう脳みそになっているんだろうね。

円周率に限らず、この人の記憶はどうなっているの?と思うことがある。まわりの人ですごいなと思うんが野球のデータが脳みそにつまっている人である。◯◯選手は◯◯高校出身で、甲子園でどのように活躍し、ドラフト蹴って六大学入って逆指名してどうのこうのと延々に語れる。

そんな野球データマンの何が凄いかというと、新しいデータも日々アップデートされていることである。プロ野球の試合は毎日のようにあるし、甲子園も春夏あって、とにかく情報が氾濫している。しかしそれをインプットして綺麗に脳みその中で整理しているのである。野球観戦するときはそのようなデータマンに横に座ってもらって解説してもらいたいものだ。

私がデータとして脳みそにいれているものはあまりない。落語家の系統くらいか。古今亭がどうのとか、柳家がどうの、三遊亭とはみたいなことを落語を知らない人の前で知ったかぶりすることはあるが、アップデートのスピードは野球にくれべれば圧倒的にゆっくりなので、情報のインプットは楽だ。

一方円周率というものは、未来永劫変わらないだろう。一応永遠に続く数字らしいが、3.14が約3と丸められることはあっても、実は4以上でしたということはないだろう。円周率を覚えようとする人は、もはや変化することを無いもので、情報量が無限なものを追っているのだ。

野球、落語、円周率。どれも情報量といえば無限だが、データを脳みそに入れるということに入れば、情報の種類がどうやら異なるようだ。私は野球のようにアップデートのスピードが早過ぎるものは苦手だ。円周率のようにもはや変わらないものも苦手だ。そう思うと、落語のようにやんわりと変化しているが、早すぎないものがちょうどいい。

好きなモノはなんでも覚えるというが、覚えるものも好みがある。30歳を超えてくると、はやり脳みその稼働の仕方に変化を感じる。脳の衰えは仕方のないものらしい。が、ま、しかし、こんかクダラナイことを考えながら楽しく生きていきたいものだ。