自分が医師になれた事は本当に偶然という感じがあります。
まずは父のこと。
自分の父親はぼくが産まれたときにはすでに1型の糖尿病を患っていました。
だから、インスリンの自己注射は子どもながらに見慣れた光景でありました。
そして、低血糖に対する対応は子どもながらに見よう見まね、無我夢中でやっていたことがあります。
高校生のときには父はついに長年の闘病生活の果てに人工透析導入となっていました。
当時で20年以上も1型糖尿病として闘ってきて、自己節制もした上での人工透析となりました。
週3回、4時間半、仕事を終えた後に人工透析。
普通の企業であればおそらくクビでしょう。あるいはクビにはならなくとも非常に収入が限られた中での仕事となったでしょう。
その事がどういったことなのか。当時のぼくはまるっきり検討もついていませんでした。
のほほんとしていたぼくはあえなく大学受験を棒にふり、一浪してに浪人生として医学部を目指していました。
一浪したものの、なかなか現実は甘くなく、成績は伸び悩んだ状態で一浪もあえなく受験失敗。
二浪目に突入しました。
ここからが地獄の始まりでした。
まったく受かるような気がしません。
そして、その後には兄がまさかの統合失調症を発症しました。
兄を精神科の病院に入院させるのかどうか、家族中でおおきな問題となりました。
そのころは興奮状態になることもあったので体力的に父は抑える事ができず、やむなく僕が力づくで抑えるということもありました。
もう、正直受験をあきらめようとすら思いました。
そのときは二浪していて本当によかったとすら感じていました。
働いたりとかした方がいいのかもしれない。と親に相談した事もあります。
その後、なんとか精神科病院の閉鎖病棟に入院するという話となり、兄は落ち着きを取り戻して行きました。
実際にそこからは必死に勉強をしました。正直、勉強に対しての覚悟が足りなかったのかもしれません。
二浪の前期に落ちたときは人生が閉ざされるかもしれないというところまで考えてしまいました。
正直、中期の薬学部に進学する事も考えていました。
なんとか二浪の後期で某国公立の医学部に本当にギリギリで受かりました。
合格発表のときはうれしいというよりも家族に兄の病気のせいで落ちたんじゃないかという一生の傷を負わす事がなくなったという安堵感で一杯でした。
その後、大学一年生のとき燃え尽き症候群に悩まされすごくしんどくなってしまったのは別の話。
多分ちょっとした抑うつ気分だったように思います。
その時代の話はまたもう少し時がたてば書くときがあるかもしれません。
僕が大学に受かるまでは簡単に言うと上記のような状態でした。
だから、どこかの歯車が狂えば簡単にぼくは医学部には行けなかったし、社会的弱者の気持ちはとってもよくわかります。
そういう経緯もあって自己管理をがんばりながらも透析を続けている父の姿などを見ていると、自己節制もできないような人が威張り散らして透析を受けている姿を見るとちょっと文句のひとつでも言いたくなることもあるのです。
本当はそれだけではないのは十分にわかっているつもりなのですが、感情が追いつかないこともあります。
くだらない身の上話、最後まで長々とおつきあいいただきありがとうございました。
受験生の参考になれば?幸いです。
今ある幸せが続く訳なんていつだってないということをお伝えしたくなった次第です。
研修医はベッドサイドに足を運ぼうということはよく指導医の先生は言われると思いますが、それは具体的にはどういうことか。
例えば、診断がついた病気を研修医は担当します。
例えば「肺炎球菌性肺炎」
そういったときには簡単、簡単といってセフトリアキソン点滴ね。
ってなっていませんか。
ベッドサイドに足を運ぶとはどういうことか。
まず、入院されたときには酸素がどの程度必要なのか、呼吸音はどのようなものか、壁にかかっている吸引痰の量はどの程度のものか。あるいはその痰は粘性なのか。色はどうだろうか。
呼吸数はどうだろう。意識レベルはどうだろう。他に見逃していることはないだろうか。
などを確認する。
治療が始まって数時間後、それらの所見が改善しているかを見る。
僕は初期研修医のころは最低2回はベッドサイドに足を運んでいました。
今は忙しいときもありますが、だいたい1日1回は最低行くようにしています。
また、治療方針が変わったときはできるだけベッドサイドに足を運んで説明するようにしています。
閑話休題。ぼくのことはおいておいて。
そのように病気がどのように治って行くのか、あるいは治らずに悪くなって行くのか。
そういった状況をリアルにみていくことが大切です。
そして、それが疾患の自然な経過を見て行くということに他なりません。
だからこそ、本で勉強する事もそうですが、ベッドサイドで学ぶということはとっても大切なんです。
また、「肺炎」であればcoarse cracklesが聴診で聞こえるのかを確かめる事が大切です。
今後は自分が診断しなければならないのでこれがそうなんだと言えるようになっていくことが「研修」という意味合いなんです。
研修医のみなさま、PCに向かう事も時には必要ですががんばってベッドサイドでも勉強してくださいね。
例えば、診断がついた病気を研修医は担当します。
例えば「肺炎球菌性肺炎」
そういったときには簡単、簡単といってセフトリアキソン点滴ね。
ってなっていませんか。
ベッドサイドに足を運ぶとはどういうことか。
まず、入院されたときには酸素がどの程度必要なのか、呼吸音はどのようなものか、壁にかかっている吸引痰の量はどの程度のものか。あるいはその痰は粘性なのか。色はどうだろうか。
呼吸数はどうだろう。意識レベルはどうだろう。他に見逃していることはないだろうか。
などを確認する。
治療が始まって数時間後、それらの所見が改善しているかを見る。
僕は初期研修医のころは最低2回はベッドサイドに足を運んでいました。
今は忙しいときもありますが、だいたい1日1回は最低行くようにしています。
また、治療方針が変わったときはできるだけベッドサイドに足を運んで説明するようにしています。
閑話休題。ぼくのことはおいておいて。
そのように病気がどのように治って行くのか、あるいは治らずに悪くなって行くのか。
そういった状況をリアルにみていくことが大切です。
そして、それが疾患の自然な経過を見て行くということに他なりません。
だからこそ、本で勉強する事もそうですが、ベッドサイドで学ぶということはとっても大切なんです。
また、「肺炎」であればcoarse cracklesが聴診で聞こえるのかを確かめる事が大切です。
今後は自分が診断しなければならないのでこれがそうなんだと言えるようになっていくことが「研修」という意味合いなんです。
研修医のみなさま、PCに向かう事も時には必要ですががんばってベッドサイドでも勉強してくださいね。
一流ってなんだろうと最近思う。
一流の医師を目指して今はがんばっていますが、一流とか二流とかって何で決まるのだろう。
患者さんにとっては自分が満足いく結果であれば一流であろうが二流なのか関係ないかもしれない。
最近そんな悩みを抱えて生きています。
一流の医師を目指して今はがんばっていますが、一流とか二流とかって何で決まるのだろう。
患者さんにとっては自分が満足いく結果であれば一流であろうが二流なのか関係ないかもしれない。
最近そんな悩みを抱えて生きています。