「―ジャンブールの街、か」
横から飛んできた声に、ライナは振り向いた。
「―アンドルさん」
「ジャンブールは蜃気楼の街と呼ばれるほどだから、君が見たのはきっとあの街だろう。…さて、どうやら『竜の眠り』の儀式は成功したみたいだな?」
美しい青年は二人に微笑んだ。アシュアは明るく答える。
「はい、ありがとうございます!これから南に行くことが分かって―」
だがライナは、怪訝そうな表情を抑えられなかった。彼女が夢の中で見たものは、何だったのか?遠い未来?近い未来?だとしたら、倒れていたのは―
「―あの、『竜の眠り』が見せるものって…」
我知らず、疑問を口にしていた。アンドルが振り向いてライナをじっと見る。ライナは、慌てて首を横に振った。
「いや、見たものが本当に起こることで、もう全部決まってることなのかなと」
彼女が見たものに言及されないよう、言葉を濁す。
「―いや、あれはあくまで一つの可能性。変えられないわけではないが…」
アンドルは一瞬眉をひそめたが、直ぐにもとの表情に戻った。
「さて、そろそろ出立の時間だ。出口まで送ろう―」
「あ、…はい」
アンドルは立ち上がり、アシュア達に道を示した。
入ってきたとき同様に真っ暗な道を、三人はほぼ無言で歩く。
「―…では」
重い扉をアシュアがくぐり抜けたあと、ライナはぺこりと頭を下げた。
「あぁ、ロイ君…だったか」
「?」
アンドルはライナを呼び止めた。
「―悩みに耐えられなくなったときのために、これを」
ライナは、一枚の白い紙切れをうけとった。星読みの、手紙…
「―ありがとうございます」
ライナは再び頭を下げ、扉をくぐった。
倒れ込んだ人物の胸には、見覚えのある形がくっきりと刻まれて―
…
「…イっ!ロイ!」
「!!」
アシュアの呼び掛けに、ライナは驚いて目を開けた。
「…大丈夫か?何を見たんだ?」
なにが、と聞き返そうとしたが、ふと右手が触れた自分の顔に涙で濡れた跡があることに気付き、はっとする。
そうだった、夢で示された『未来』はあまりにも…
ライナは、嫌な記憶を振り払うようにぶんぶんと頭を横にふる。
「何でもない、大丈夫」
疑いの目を向けるアシュアに、ライナは努めて明るく問う。
「アシュアには、何が見えた?」
「―オレには」
アシュアの目はまだ疑いを含んでいたが、自分が見たものを話したいという気持ちには負けたようだった。
「砂漠に浮かぶ街が見えた」
「蜃気楼、ってやつ?」
「ああ、きっと水のある場所だ。でも、イルーファじゃない、あれは…」
「ゼシェリアの一番、南…」
…
「…イっ!ロイ!」
「!!」
アシュアの呼び掛けに、ライナは驚いて目を開けた。
「…大丈夫か?何を見たんだ?」
なにが、と聞き返そうとしたが、ふと右手が触れた自分の顔に涙で濡れた跡があることに気付き、はっとする。
そうだった、夢で示された『未来』はあまりにも…
ライナは、嫌な記憶を振り払うようにぶんぶんと頭を横にふる。
「何でもない、大丈夫」
疑いの目を向けるアシュアに、ライナは努めて明るく問う。
「アシュアには、何が見えた?」
「―オレには」
アシュアの目はまだ疑いを含んでいたが、自分が見たものを話したいという気持ちには負けたようだった。
「砂漠に浮かぶ街が見えた」
「蜃気楼、ってやつ?」
「ああ、きっと水のある場所だ。でも、イルーファじゃない、あれは…」
「ゼシェリアの一番、南…」
自覚のある夢の良いところは、何が起きても特に動じずに済むところかもしれない。
実際、ライナが数歩足を進めただけで、辺りの景色はみるまに後ろへ流れていった。体はあっという間に緑色の草原を超え、遠くにあったはずの岩山をすり抜ける。もっとスピードを感じても良いはずだが、まるで雲の上をゆっくり歩いているような、ふわふわした感覚だった。
「…雪?」
岩山の向こう側は、豊かな草原とはうってかわって、一面が雪に覆われ真っ白に染まった世界だった。
大量の雪の結晶がひらひらゆらゆらと澄んだ空気に漂い、地面に新たな化粧を施しながら舞い落ちる。
ライナが育った町、シェルハでは、雪は一年に一度見られるかどうかの大イベントだった。はしゃぎたい気持ちがむくむくと頭をもたげたが、ここでは雪は珍しくない、そもそもこれは夢の中だと自分に言い聞かせた。
この果てしなく白い大地で、一体何を見ることになるのか、ライナには想像出来なかった。
辺りをきょろきょろと見回したが、目立つようなものは何一つ見当たらない。とりあえず、ここに止まっていても仕方ないか、と思い、歩みを進める。
いつの間にか歩くスピードは普段並みに落ち着いている。淋しげに立つ彼方の枯れ木を目指し、厚い雪の層に足跡を残しながら、ライナはただ歩き続けた。
それは、一瞬の出来事だった。
ガゴォォォォォォン!
ライナの背後で、とてつもない轟音が響いた。驚きのあまり、悲鳴をあげて地面に伏せる。夢だと知っていても、刹那に芽生えた恐怖心はライナの足をすくませた。
「…な」
後ろを躊躇いがちに振り向いたライナの目に飛び込んできたのは、恐ろしくも美しい光景だった。
真っ白な大地に大きく空いた穴。
穴から立ち上る、白い炎の柱が雲を突き抜けて燃え盛っている。
「―綺麗」
恐怖に震えながらも、思わず、呟かずにはいられなかった。
やがて、炎の中から、黒い人影がゆらりと現れた。
人影は数歩よろよろと歩いた後、バランスを崩したのかがくりと膝をついた。
今にも倒れ伏しそうな危うさで、しかし人影は両手を高々と上げる。そして、空に向かって何事かを吼えた。
その様子はまるで、死闘の末勝利を勝ち取った英雄のようだった。
固唾を飲んで見守るライナの目の前で、炎の柱が揺らぎ、幾何学的な線を描き出す。何処かで目にしたことがあるような―
―しかし、考えが記憶に辿り着く前に、人影の動きに目が奪われる。
高く掲げていた両手が地に落ち、同時に上体がぐらりと傾き地面へと倒れ込んだように見えた。
「あっ!」
ライナは人影を助けようと、走り出して―
―思わず、立ちすくんだ。
実際、ライナが数歩足を進めただけで、辺りの景色はみるまに後ろへ流れていった。体はあっという間に緑色の草原を超え、遠くにあったはずの岩山をすり抜ける。もっとスピードを感じても良いはずだが、まるで雲の上をゆっくり歩いているような、ふわふわした感覚だった。
「…雪?」
岩山の向こう側は、豊かな草原とはうってかわって、一面が雪に覆われ真っ白に染まった世界だった。
大量の雪の結晶がひらひらゆらゆらと澄んだ空気に漂い、地面に新たな化粧を施しながら舞い落ちる。
ライナが育った町、シェルハでは、雪は一年に一度見られるかどうかの大イベントだった。はしゃぎたい気持ちがむくむくと頭をもたげたが、ここでは雪は珍しくない、そもそもこれは夢の中だと自分に言い聞かせた。
この果てしなく白い大地で、一体何を見ることになるのか、ライナには想像出来なかった。
辺りをきょろきょろと見回したが、目立つようなものは何一つ見当たらない。とりあえず、ここに止まっていても仕方ないか、と思い、歩みを進める。
いつの間にか歩くスピードは普段並みに落ち着いている。淋しげに立つ彼方の枯れ木を目指し、厚い雪の層に足跡を残しながら、ライナはただ歩き続けた。
それは、一瞬の出来事だった。
ガゴォォォォォォン!
ライナの背後で、とてつもない轟音が響いた。驚きのあまり、悲鳴をあげて地面に伏せる。夢だと知っていても、刹那に芽生えた恐怖心はライナの足をすくませた。
「…な」
後ろを躊躇いがちに振り向いたライナの目に飛び込んできたのは、恐ろしくも美しい光景だった。
真っ白な大地に大きく空いた穴。
穴から立ち上る、白い炎の柱が雲を突き抜けて燃え盛っている。
「―綺麗」
恐怖に震えながらも、思わず、呟かずにはいられなかった。
やがて、炎の中から、黒い人影がゆらりと現れた。
人影は数歩よろよろと歩いた後、バランスを崩したのかがくりと膝をついた。
今にも倒れ伏しそうな危うさで、しかし人影は両手を高々と上げる。そして、空に向かって何事かを吼えた。
その様子はまるで、死闘の末勝利を勝ち取った英雄のようだった。
固唾を飲んで見守るライナの目の前で、炎の柱が揺らぎ、幾何学的な線を描き出す。何処かで目にしたことがあるような―
―しかし、考えが記憶に辿り着く前に、人影の動きに目が奪われる。
高く掲げていた両手が地に落ち、同時に上体がぐらりと傾き地面へと倒れ込んだように見えた。
「あっ!」
ライナは人影を助けようと、走り出して―
―思わず、立ちすくんだ。
