①のつづき
僕が小学5年生くらいだったある時、学校から帰ってききたら、家には祖父が来ていて、父と母と、3人で口論しているのが聞こえてきました。
当時の僕はこの状況だけで
「なんだろう?」と思ったが、口論していたその風景は異様でした。
なぜなら、父が全裸みたいな姿だったからです。
一人だけ。笑
「えっ!?なにごと!?なんで一人裸なん?!」
って思いましたが、いやいや、みんな全裸だったら、もっと異様ですよね。笑
僕は父が一人だけ全裸みたいな状態で、マジな口論をしているという異様な光景を直視できないわけです、だって父は僕にとってはヒーローであって変質者じゃないですからね。
そんなもんで、とにかく僕は1秒でも早くそんな空間から逃げ出したくて友達の家に向かって家を飛び出すんですが、その場で何が話されていたかは正確には知りません。
唯一覚えている言葉で、母が言っていた
「そこまでする覚悟があるんなら」
という言葉と、後日、父が言っていた
「ある日、突然会社に行けなくなった」
という言葉から察するに、たぶん祖父が父に会社に来るように言ったんでしょう。
そして父が会社に行けなくなった理由は、祖父が父に何か仕事上の強要をしたからでしょう。
それからというもの、父はしばしば、会社に行かず家でゴロゴロ過ごしたり、パチンコに行くだけの日がありました。
しかし、中学に入るころにはより本格的に父の会社嫌いはエスカレートし、ほぼ会社に行かなくなりました。
僕は父が働かずに家にいることが凄く嫌だったんですよ。
それまでは母は自営業で、父は会社の共働きで、夜7時くらいまではごはんが出ないので、これ幸いとばかりに僕はいつも友達と遊んでいましたが、中学生ともなると、部活に勉強に忙しいじゃないですか。
それなのにゴロゴロしてるだけで、僕が学校から帰ってくるたびに
「学校どうやった?」
ってキラキラした顔で聞いてくる父が当時は気持ち悪くて、
「いや、あんたはどうやねん、なんで仕事行かへんねん」っていつも思っていて、でも直接言うことはなく僕の答えは「べつに」とか「ふつー」とかでした。
信頼関係が壊れていたし、というより、僕は理想の父親像を演じてくれないことに不満を持っていたんでしょうね。
この当時の僕の不満は、いろんな場面で僕の態度や言葉で出ていたと思うし、それは父の心に少しずつ確実に刺さっていたと思います。
今思えば、父がつらいときに支えられるような、父の弱さを許容できるような子供ではなかったということですね。
ヒーローはいつもヒーローであってほしいという、僕の利己的な欲求がそうさせたのかもしれませんね。
あるいは、母がよく言っていた
「男やったら」とか「この子の親やったら」
という言葉はよく覚えていて、そいう理想の押し付け思考や、「理屈的に・道義的に父親はかくあるべき」なんていう自分で勝手に決めた正義や倫理が、当時の僕にもすっかりなじんでしまっていたのかもしれません。
そんなもん押し付けられたらたまったもんじゃないですよね。
しかも、自分が弱っているときに。
自分がどうしようもなくそれを踏み外しているときになんてね。
タイトルに「救った母」と書きましたが、ここまで書いてみたら、母や僕が父をさらなる窮地に追い込んだ原因の一端を担いでますね。笑
そうすると、原因も家族みんなで、救ったのも家族みんなですかね。笑
話を戻して、僕はそうやって、父を嫌いになっていたので、なるべく父と同じ空間にいないよう、家に帰ったら自室にこもって勉強したり、友達の家に遊びにいったりしていました。
しかし、父と母のケンカがエスカレートしていき、父は食器を割りながら怒りをぶちまけるようになりました。
父の怒りのほとんどは、誰かが父にこうしろ、ああしろという自分の都合を押し付けた、という内容でした。
①にも書きましたが、元来父はめちゃくちゃ優しい男で、お願いされたら断れない人間なんですよ。
父が断らないと、お願いした人はどんどんお願いの内容がエスカレートしていき、父は奴隷のようになってしまいます。
父自身もお世話することが好きなたちなので途中まではいいのですが、自分のキャパを超えてもしばらくは断らないので、無理が蓄積されて一気に拒絶反応がでるんだと思います。
僕はそんな父を見たくなくて、逃げたかったから、内心とても怖かったですが、「ああ、またやってるわ。」くらいの我関せずな顔して、勉強してました。
しかし、ある夜、当時の僕らの家は、家族4人が同じ部屋で寝るような間取りになっていたのですが、みんな寝ていた深夜、たしか2時くらいに僕の名前を呼ぶかすれ声で、僕は起こされました。
何かと思って、寝起きでおぼつかない目を声のする暗闇のほうに向けると、母が寝ている布団に人影が座っていました。
母が起きているのかと思ったらそうではなく、実際は父が母の布団の上に馬乗りになって首を絞めていました。
父はうめくような低い泣きそうな声で母の首を絞め、母は
「mycelar、たすけて」
とぎりぎり発音していました。
この悪夢のような光景は、夢ならいいけど夢じゃないんだろうなと思い、見えているものすべてをぶち壊したい気持ちで父に体当たりをして父をひっぺがし、
僕がそのあと父に何か叫んだりした気がしますが忘れましたね。笑
こんな現実が嫌すぎたので割とさっさと布団にくるまって寝た気がします。
この時から、僕は両親のケンカの動向を僕が把握していないと、母が殺されてしまうという恐怖心が芽生え、我関せずから一転して常にケンカの動向や父の状態や気配に気を配る
ようになりました。
いざとなったら、母が殺されるまえに僕が父を殺さねばと思うようになりました。
つづく