最近の高校の修学旅行は『海外』も普通にあるようですが、(ちなみにわが母校はオーストラリアです)わたしの頃は『信州・長野』でした。


行きは東京まで新幹線で行き、あとはひたすら北上…


しかし、信州…田舎ですよねぇ~


ただ田舎と言っても『さびれた田舎』じゃなくて、『風情のある』『凛とした静かな』田舎と言う印象でした。


飛田・高山を散策し、受験前の心やすらぐ旅行でした。


いや、そうなるはずでした。


中・高一貫の学校でしたから、同級生のほとんどが、中学の時の『いまわしい』事件を覚えています。


そう、私たちに石を投げたよその中学生は忘れていても、投げられた方は決して忘れないものです。


『今回は無事終わりそうやねぇ』と高山市内で最後の買い物をしていた私たちの目の前に息を切らせて走ってくる先生が…


『先生、どうしたんですか?』


『ちょっと予定が変更になったので、至急集合場所に行きなさい』


『はぁ?』


ブツブツと言いながら集まっている私たちに説明された『予定の変更理由』とは…


『えー、先程連絡が入り、JR新幹線の線路内で飛び込み自殺がありました。現在全ての新幹線が運行しておらず、復旧のメドも立っていません。明日朝の新幹線に乗る予定でしたが、今現在どうなるかわからず、万が一朝になっても復旧していない場合のことを旅行会社及び学校と話し合いをしました。』


『………』


『その結果、本日の夜行ならこの人数(約250人)でも全員一緒に帰れる事がわかりましたので、今から帰ります!』


『えぇ~?(゜ロ゜;』


最終日は高級ホテルだったのに…


夕食はフルコースだったのに…


旅行前にナイフとフォークの練習もしたのに……


こうして高校の修学旅行は半日早く終わりました。


『夕食の弁当はこの駅で一番高い2000円の分です』といくら添乗員さんが叫んでも、私たちの気持ちが盛り上がる訳もなく、『やっぱうちらの修学旅行は呪われとる…』と変に納得したのを覚えています。


翌朝6時にひまわり市の駅に着きましたが、驚いた事にママさんが迎えに来てくれていました。


聞けば、昨夜『今頃最後の夜を楽しみよるやろうねぇ~』と話しながら晩御飯を食べていると、学校から緊急連絡の電話が入り、朝駅まで迎えに行ってくれと言われたらしい…


生徒240名の家に電話かけまくった居残り先生たちが一番大変だったかも?!


こうして、ある意味『一生忘れることの出来ない』修学旅行の思い出が幕を閉じました。


今思えば、『あの頃は携帯なかったんだ…』


年がばれますね(>_<)