これは潤智妄想物語です。腐要素有。潤智好き、大ちゃん右なら大丈夫な雑食の方向き。勿論、完全なフィクションですので、登場人物、団体等、実在する人物とは無関係である事をご了承下さい。尚、妄想ですので苦情は受け付けません。以上を踏まえてからどうぞ




























其の八
櫻井翔紅が大川端に駆けつけた時、丁度菅井善次郎が部下の上田竜之進と睨み合っている所であった。「今月の月番は南町だぜ!北町がしゃしゃり出て来んじゃねぇ!こいつが心中なのかどうかはてめぇなんかじゃなくウチの親方様が決める事だ!分かったらとっととその不細工な面引っ込めやがれ!!」
語気を荒げて追い払おうとする上田を、菅井善次郎はしゃくれた顎を偉そうにそびやかせつつ鼻で嘲笑った。「親方様ってなぁ与力の櫻井の事か?あいつぁ親父の七光りで与力になった青瓢箪(あおびょうたん)じゃねぇか。あんな若造に何が分かるってんだ」「抜かしやがったなこの野郎!♭」まさに一触即発の時、現場に到着した櫻井の一喝で、一瞬にして静かになった。
「上田も菅井もいい加減にしろ!ホトケさんの前で罰当たりも大概にしやがれ!!」おとなしくなった二人に軽く睨みを利かせた櫻井は、両手を合わせてから筵を捲り、男女の心中死体を確認した。
足と足、手と手を縛って確かに一見心中の様に見える。だが櫻井は、千代と結び合わせていない方の新吉の手首に、明らかに縛られた痕跡があるのを見つけた。「上田、菅井、先に連絡を受けたのはどっちだ?」櫻井の問いに返事をしたのは菅井善次郎だ。菅井は半笑いの表情のまま、小馬鹿にした様な口調で言った。
「俺だよ。非番なんで朝飯でも食おうかと町を歩いてた所を、大ぇ工の半助が慌くって声を掛けて来てな。大川に土左衛門が浮かんでいるから来てくれって言うからこうして駆けつけてやったのさ。どう見ても心中だろうが?」
自信満々に言い放つ菅井に櫻井は「一見…そう見えるがな…」と、含みのある言い方をして筵をかけ直し、二人の遺体を番所に運ぶ様上田に命令してから、改めて菅井に告げた。「非番の所申し訳なかったな菅井。あとはこっちで調べてみるからもう休んでくれ」
だが菅井は立ち去ろうとする櫻井を呼び止め、強引に食い下がった。何を慌てているのか、その長細い顔は微かに冷や汗をかいている。「待て♭いやお待ち下され櫻井殿♭一見とはどう言う意味なのだ?♭先に検分したのは俺だぞ♭いささか気になるではないか♭」
羽織の背中を掴む菅井の手をゆっくりと外し、櫻井は振り向きざまに言い放つ。「確証のない事だ。もう少し調べてみぬと説明は出来ん…が、不審な点がある事だけは確かだ。芸妓の梅乃が惨殺されてからも間がない事だしな…」後は何も言う必要がなかった。放って置けばこの男は勝手に動くに違いない。
野次馬に混じり、この様子を眺めていた雅にちらりと目配せした櫻井は、そのまま番所まで歩き去って行った。「くそ…♭櫻井の野郎…。一体ぇ何に気づいてやがる…♭」悔しそうに口元を歪め、菅井善次郎は人目を憚る様にせわしなく周囲に視線を泳がせながら、せかせかした足取りで大和屋の方角に向かっていく。
やがて大和屋の裏口に到着した菅井は、かなり警戒した様子で辺りをぐるりと一瞥し、裏口の扉を開けると、急いで中に侵入した。そんな菅井を背後からこっそり尾行して来た雅は、物音を立てぬ様、ゆっくりと扉を開いて大和屋の中庭へと入り込む。
大和屋の中庭には丁度身を隠すのに都合のいい松の大木が聳えており、雅はその大木に隠れて菅井善次郎の様子をじっと観察した。「大和屋、居るか?」菅井の声掛けに奥間の襖がすっと開く。「これはこれは菅井さん。どうしました?」
白髪混じりの髷もさることながら、枯れ木の如く痩せた貧相な体躯と、皺の多い浅黒い顔は、この男を七十代かそれ以上に老けて見せているが、ややねちっこい喋り口調の声音は若く、実年齢を推察し難くさせている。悪評名高い大和屋利兵衛はそんな掴み所のない男であった。
「どうも雲行きが怪しくなって来たぞ大和屋♭南町の櫻井って与力が例の心中死体を怪しんでいる♭その前の芸妓もだ♭よりにもよって月番が南町の時にやらなくても良かったんじゃないか?♭」困惑する菅井に大和屋は狡猾そうに笑って白髪頭を掻いた。
「まあそう言いなさるな菅井さん。私だって大目付の村垣様に早く準備をせいとせっつかれて困っているんですよ」大和屋はぬけぬけとそんな事を言い、手文庫から取り出した切り餅を一つ菅井に握らせた。
「心中の見立ては良く出来たじゃありませんか。梅乃の件は『季の屋』での村垣様との密談を聞かれてしまい、急遽黒帯組の皆さんに始末して頂きましたが、『蕎麦鶴』の時だって鈴江の後追いって事にしてくださいましたでしょう?
まあ、事実互いに憎からず思っていたみたいですし、無理心中ってやり方でも良かったんでしょうけど、板前の源二がねぇ…。途中で騙しのからくりに気づいてしまって…。あれは思っていたよりも目端の利く男でしたね」
「あれは丈太郎様が馴染みの女に偽の証文についてうっかり口を滑らせたからであろう?まさかあの女が源二の親類だったとはご存知なかったのであろうが、丈太郎様が女共々源二を斬り捨ててしまわれたので鈴江との無理心中が見立てられなかったのだ♭
全く♭あの時は苦労したぞ大和屋。源二と女を辻斬りの被害者に見せ掛けて、弔いを終えた鈴江を後追いの首吊りに見せ掛けて…♭丁度北町の月番だったから良かったものの、あの時の月番が南町だったら事が露見したやも知れぬぞ♭」
まるで懐かしい思い出話でも語る様な調子である。松の陰に身を隠す雅は、二人の会話のあまりの軽々しさに、沸き上がる憤怒を懸命に抑えねばならなかった。
「ですから菅井様へのお礼の方はたっぷりとさせて頂いたではありませんか?それにいかに南町の与力が疑ったとしても私達には大目付の村垣様が付いておりますからね、ご心配には及びません。
さて、常磐津の千代も上手く片付いた事ですし、あと残っているのは『錦屋』と『京庵堂』と『清流亭』だけでしたね。確か『清流亭』の仕掛けは失敗されたとか…」
恐らく先だって潤紫郎が遭遇した『黒帯組』と女将との揉め事の事を言っているのだろう。ならば、もし潤紫郎があの場に居合わせなければ『清流亭』の女将はとっくに殺され、店も潰されていたに違いない。
潤紫郎の派手で軽薄な感じのする所は気に入らないが、潤紫郎が直参旗本と言う身分でなかったら、黒帯組は『清流亭』であっさりと引き下がったりしなかったんじゃないかと思うと、雅は少し潤紫郎に感謝したい気分になった。
何にせよこれで今まで起こった無惨な死の全てに、大和屋利兵衛と黒帯組。同心菅井善次郎と大目付村垣主膳が関わっていたと判明した訳である。これで漸く本丸の元締めも本腰を上げてくれるであろう。
実は今朝の千代の死を一番最初に目撃したのは雅であった。和との約束に浄泉寺へと向かっていた時、人目につかぬ様大川端の叢(くさむら)を歩いていたら川の中に浮かぶ千代と新吉を見つけたのだ。
新吉は既に息絶えていたが、千代は瀕死ながらも未だかろうじて息があった。身を切る様な冷たい川だったが、雅は腰の辺りまで川に浸かり、千代の今際(いまわ)の声を聞いたのである。「雅さんごめんよ…折角化粧箱を直して貰ったのに無駄にしちまったねぇ…」千代は苦しい息の下、そんな風に雅に詫びてから途切れ途切れに言った。
「雅さん..の忠..告を真面..目に聞いておけば…良かったよ…。まさか…本当に…黒帯組の連..中に目をつ..けられていた…なんてねぇ…。あい…つら..常磐津を習いたい…だなんて…いきなりやって…来て..ね…。あたし…を誘い..出し…やがっ..たのさ…。
あれはどっか…のお屋敷..の座敷…楠木..と表札…に書いて…いた…よ…。若い…旗本が四人…。黒帯組…と分かった…時…にはもう…首を…絞められ..て…水桶に..顔を…。座敷…の…奥には…商人みたい…な若い男の…亡骸が…両手を…縄で縛られて….。
雅さん…あたしは…悔しいよ….。あたし..の家の…化粧箱…中に…お金が……。雅さん…始末屋の話…知って..いるか..い…?そのお金…本所…深川…じょう…せん…じ…に…文と…一緒に置き…。お願…い.…怨み…晴らして….…」青ざめた頬に一筋の涙を流し、事切れた千代をあえてそのままにしたのは、人の気配を感じたからだ。
雅は素早く川から上がって叢に身を隠し、そこにやって来た同心の菅井善次郎が千代と新吉の遺体を大川端に上げて、千代と新吉の手と手、足と足をしごきで縛って心中に見せ掛ける小細工をしていたのをはっきりと見届けた。
いつもの作業着に着替え、その足で千代の家へと赴いた雅は、千代の遺言通りに化粧箱の中から金を取り出し、それを持って浄泉寺に向かったのである。到着が遅れたのはそのせいだ。
直ぐにでも始末をつけたいといきり立つ雅をどうにかなだめたのは櫻井だった。今までに集まった頼み人達の文と金。血と涙と憎しみにまみれたそれをしっかりと受け取った櫻井は、必ず元締めに届けると約束した。
「これで大体の関係は分かった。後は芸妓梅乃が何故殺されたのかを探り出し、俺に報告してくれ。裏仕事はそれが全部分かってからだ」櫻井はそう雅に念押ししてから大川端に向かったのである。もっともらしい理由をつけて現場に居残っていた菅井を軽く脅し、その行き先を雅に尾行させたのも全ては裏仕事に掛かる為の準備だったのだ。
そして菅井と大和屋の会話をはっきりと聞いた雅は、気づかれない様慎重にその場を離れ、南町奉行所へと報告に向かったのである。
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南町奉行所。『御用受付所』と看板のある町人の為の御意見場で順番を待っていた雅は、受付の役人に「牛込から参りやした『雅緑屋』でございます。与力の櫻井様から道具入れの修理をご依頼されたのですが、櫻井様はいらっしゃいますか?」と、商人らしい愛想笑いで聞いた。
櫻井の名前を聞いた受付の役人は急に緊張して「少し待て」と雅に言い置くと、早足で廊下を歩いて行った。暫くすると櫻井が柔和な笑顔で御意見場に顔を見せ、「待っていたぞ『雅緑屋』悪いが俺の書院まで来てくれ」などと、わざとらしい小芝居で雅を招き、奉行所内にある与力専用の書院に連れて行った。
同心も与力ともなると個人の書院が与えられているのか、四畳半程度のこじんまりとした座敷には、書棚に入り切らない程大量の書物が所狭しと積み上げられ、文台には使い込まれた硯や筆が沢山の書類と共に置かれていた。
「凄い量の書物だなぁ♭俺には題目だけでも何が何だかさっぱり分からねぇ♭一時(いっとき)もすると窒息しちまいそうだ♭」周りの書物を見回し、げんなりとした顔つきをした雅は先程大和屋の庭先で聞いた事を包み隠さず櫻井に報告した。
「…そうか…。梅乃はやはり聞いてはならない事を聞いてしまったのだな…。それにつけても『蕎麦鶴』の鈴江が自害ではなかったとは…♭鈴江はきっと板前の死に大和屋や黒帯組が関わっているのだと感付いていたのだろう…。
だから浄泉寺に金と文を置いた…。後追いの首吊りに見せ掛けたのは菅井善次郎の小細工だったか…。助かったよ雅、これで漸く芹沢様に報告が出来る」櫻井は大きく頷き、白紙の巻紙を書箱から取り出してさらさらと以下の条文を書き記した。
後始末之誼(あとしまつのこと)
頼み人並び頼み料
・小物問屋 栄屋嘉市郎 二両
・喜右衛門長屋 五兵衛 一両二分
・旨乾屋手代 新吉 三分五朱
・蕎麦鶴女将 鈴江 一両二分三朱
・常磐津師匠 千代 三両
合計 六両七分八朱
標的
・大目付 村垣主膳
・息子丈太郎
尚、丈太郎は黒帯組頭の事、合わせて記し置く。
・以下黒帯組 旗本楠木輪九郎
・旗本滑川玄馬
・旗本館脇釆目
・北町奉行所同心 菅井善次郎
・金貸し 大和屋利兵衛
上記の者に関わる詳細は別紙記述にて御報告致す物成り。最早一刻の猶予も無き事故、何卒御早急に御検討の程、御願い申し上げ奉ります。
南町奉行所与力 櫻井翔紅
櫻井は他の者に疑われぬ様、本当に修繕が必要な道具入れを雅に手渡すと、何事もなかったかのように奉行所を去らせた。そして書き記したばかりの数通の書と頼み人達の文、同封された金子を文箱の中に潜ませ、奉行の芹沢が公務を行っている座敷へと赴いたのである。
さあ、次回はいよいよ始末屋さん達の裏仕事が始まります

チャララ~
と言うお馴染みのテーマ音楽を頭に浮かべつつ、楽しんで頂けましたら幸いでございますm(_ _)m