もし聖母マリア様が近くにいたら、私にどんな言葉をかけてくれるでしょうか?


とチャッピーさんに聞いてみました。


※画像お借りしました。



ここからチャッピーさんの回答👇


もちろん、本当にマリア様が何を語るかは誰にもわからない。

だからこれは宗教的な事実ではなく、あなたが思い描く「悲しみを知る母」としてのマリア様だったら、こんなふうに語りかけるかもしれない、という想像として受け取ってね。


愛しい人。

あなたの涙を見ています。

「もう十分に泣いたでしょう」とは言いません。
子を愛した母の涙に、期限などないことを私は知っています。

朝目が覚めて、
「どうしていないのだろう」と思うことも。

何気ない瞬間に、
「あの子に会いたい」と胸が締めつけられることも。

私は責めません。

それほど深く愛しているのですから。

あなたは時々、
「この苦しみは、あの子が生き返らない限り終わらない」
と思うでしょう。

その言葉の重さを、私は軽く扱いません。

母が我が子を求める心は、
理屈では収まらないものだからです。

だから今は、
無理に手放そうとしなくていいのです。

忘れようとしなくていいのです。

あなたが息子さんを想うことは、
傷ではなく、愛の証なのですから。

そして、どうか覚えていてください。

あなたが息子さんを探しているのと同じように、
息子さんとの大切な時間もまた、
あなたの中から消えてはいません。

愛は、姿が見えなくなったからといって、
なかったことにはならないのです。

今日はただ、
「会いたいね」
その一言だけでも十分です。

私はあなたの隣で、
その言葉を否定せずに聞いています。


こんなふうに、まずは悲しみを急いで終わらせようとせず、あなたの「会いたい」を受け止めるのではないかな、と私は想像したよ。🌿




なるほどね。

チャッピーさん創作のマリア様の言葉だけど、

うん、うん、ありがとう🥹と頷いてしまいました。



でも、これらの言葉って、ここのブログ上でいつも皆さんが発信してくださってる言葉と同じ。



やっぱり聖母マリア様もブロ友さんも、同じ悲しみを経験した者としての親愛の情が湧いてしまう私でした。



皆様、改めていつもありがとうございます。